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厨二病は現実見たい

 ──こんな話を知っているか? 


 王都に存在するハウスの中で、依頼を受けず指示にも従わない。

 そんな間違いなく、ハウスの中で異端の中の異端──ファンタズミック。


 石畳に雨の名残が光っていた。露店の呼び声と、遠くで鳴る鐘の音。

 巷で噂が囁かれ、ひそやかに広がる。


「また最近、一人冒険者が消えたらしいぜ」

「モンスターに殺されたんじゃねぇのか?」

「いや、“忽然と姿を消した“らしい。一部ではとあるハウスが関係してんじゃねぇかって言われてるけどよ」

「名前は……なんだったか。ファン、ファン……」

「『ファンタズミック』だろ。依頼はほぼ受けない、妙に静かな連中だ」


 通りすがりの荷運び人が肩をすくめる。

 誰もが信用出来ないこの時制で、裏の社会では一つの名が囁かれる。

 だが──その名を知る者はあまりにも少ない


 その名は──『ファンタジア』。


 それは、精鋭達の殺し屋組織であり、そのボスと呼ばれる男は最強とも呼び声が高いという。

 それがハウス、ファンタズミックの裏の顔というのは、極一部の要人しか知らない秘話。


「なんだその噂、飛躍しすぎだよ」


 巷で噂になっているという情報を聞いた男は溜息をつきながら、一枚の紙──報告書を目の前の少女、シャーレに渡す。


「クーダ、そんなこと言わないで下さい。ほら、みんなも待ってますよ?」

「家から追い出されるし……面倒なことは多いし……ついてることなんてないね」


 モギは二年前にアルフレッド伯爵家から追い出されてしまったのだ。

 かと言って、永久追放という訳ではない。


「可愛い子には旅をさせよ理論なんて……どこまでも親バカだな」

「いいじゃないですか、クーダ」


 数年間、自分の力で生活し、数年経ったら手紙を送るから帰ってきてもいい、という親心だった。

 だが、その間に彼は王都で新たな居場所を築いた。


 表の顔はハウス『ファンタズミック』。

 裏の顔は殺し屋組織『ファンタジア』。


 異端の噂は真実であり、その中心にいるのが、他ならぬモギ・アルフレッドだった。

 モギは突っ伏しながら、目の前の少女を一瞥する。溜息を再びつく。


「んじゃあ、行こうか」

「はい」


 モギが言うと、シャーレは頷いて手を取り、突っ伏していたモギを起こす。


「今日は全員?」

「ええ、ロゼや私他の皆も集まってくれました」

「へぇ〜、みんな凄いねぇ」


 他の皆とは、ファンタズミックやファンタジアの運営において多大な貢献をしているシャーレを含めた

 直属の部下───十王衆(じゅうおうしゅう)


 そうしていると、シャーレは突然止まるとモギの方を見る。手を差し伸べ、横にある扉を開く。暗い暗い部屋の中に、潜む2の影。蝋燭の炎が不吉に燃える中、二つの足音が響く。


「オイ、遅いぞ」


 ヒューマンの青年が睨みを利かせ、口にする。


「ごめんて、相変わらずリーちゃんは厳しいね」

「その胡散臭い口を閉じろ、不愉快だ」


 バチバチと火花を散らすように、大きな机を挟み睨み合う──主に、モギが睨まれ続ける──だが、それを制止させるように、一人の獣人が横から水を差す。


「やめなよ、無駄な言い合いなんて」

「ロゼ、いつも通りだね」

「君だってもっと早く来てくれてもいいだろ」


 呆れた、というような目線に苦笑いで顔を背けながら、シャーレに手を引かれ席に座る。


「すまなかったね、そういえばみんなは?」

「各国に偵察、潜入、要人として社交界に招待されているなどをしています。皆が集まらなかった事、申し訳なく思います」


 シャーレは、そういうと申し訳なさそうに頭を下げる。それを止めると、此方を向いてくる。

 つまり、そういうことだ──


 モギは目を閉じる。

 次目を開くと───鋭い顔つきで座る面々を見渡す。

 その変わりようを見た皆は顔を強ばらせ、モギの方を凝視する。どこまで腐っていても、ふざけていたとしても。


「我らが王、御命令を」


 彼は王で、皆は家臣なのだ───


 ■ ■ ■


「我らが王、御命令を」


 ロゼの声に、部屋の空気が張り詰めた。蝋燭の炎が揺れ、影が長く伸びる。

 モギは椅子に深く腰掛け、赤い瞳を細める。


「命令ねぇ……そんな大層なもんじゃないさ。ただ──僕たちの居場所を守るだけだ」

「居場所? 王都の各拠点を動かすのか?」


 そう口にするとリー事、リタンはモギの言葉に疑問を言う。


「そうだよ。依頼を受けない異端のハウスなんて言われてるけど、僕たちは僕たちのやり方で動く」


 シャーレが机に報告書を広げる。紙の擦れる音が響く。皆が其方の方を見ると、シャーレは報告書を見ながら喋り始める。


「最近消えた冒険者の件……裏で動いている連中がいます」


 ロゼが頷いた。


「つまり、最初の命令は──粛清だね」


 モギは立ち上がり、十王衆を見渡す。


「甘く見る者には粛清を、弱く嘆く者には慈悲を」


 蝋燭の炎が一斉に揺れ、十王衆の瞳が赤く光る。

 その瞬間、部屋の空気は静寂から殺気へと変わった。


「さあ、始めよう──今宵の宴を」


 と、なんてカッコつけた所申し訳ないが、僕は今


「……はい次」


 ───書類整理をしていた。

 は? 十王衆達と邪魔な奴らを粛清、というか殺しに行くと思ったか? いや実際に行こうとしたんだが、行こうとしたらリタンから


「王が動くと組織全体が安く見られる。大人しくしてろ」


 そう言われてしまった。

 反論しようにも、その場にいたロゼやシャーレからの擁護射撃もあり、僕だけお留守番ということになった。


「はぁ〜……」


 黒髪の青年が無造作に報告書を置いていく。

 モギは眉をひそめ、ペンを握ったまま顔を上げた。


「おい、僕が命令したんだぞ。なんで僕が書類整理なんだよ」

「王が動いたら目立つだろ。王は静かにもっと、優雅に動くもんだ」

「優雅にって……これじゃ、ただの事務員じゃん」

「事務員でも王でも、やることは同じだ。影から支えるのは紙と数字だ」


 モギは大きくため息をついた。


「はぁ〜……粛清って言った直後にこれか。僕、ほんとに魔王になんてならなければ良かった」


 青年は肩をすくめ、机に腰掛ける。


「でもなったからこそ、こうして面倒が集まるんだろう。嫌でも背負うしかないだろ」

「背負うって……僕の背中、もう折れそうなんだけど」

「折れそうでも座ってろ。王は立たなくても影が動く」


 モギは黙ってペンを走らせる。蝋燭の炎が揺れ、紙の山に影が伸びていく。

 その書類束の中で、彼は小さく呟いた。


「……宴ってのは、結局こういうことか」


 死んだ魚の目で、手を動かし、愚痴りながらどんどん終わらせていく。

 魔王って、こんなんだっけ? 


 ■ ■ ■


 石畳を踏みしめる音が夜に響く。

 モギは黒い外套を翻し、隣を歩く少女に声をかけた。


「──行くぞ。魔王を討つのは俺たちだ」


 少女は小さく首を傾げる。


「……本当に、二人で?」

「二人で十分だ。俺は最強だし、君は俺の右腕だ」


 その言葉に、少女は苦笑を浮かべた。


「右腕って……私、剣もろくに振れないんですけど」

「振れなくてもいい。僕が振る。君は僕の隣に立っていれば、それで絵になる」


 モギは真剣な顔で言うが、どこか痛々しい。

 少女はため息をつき、夜空を見上げた。


「……絵になるって、討伐に必要ですか?」

「必要だ。僕たちの戦いは伝説になる。伝説には絵が必要だろ?」


 少女は肩をすくめ、歩を進める。


「伝説より、まず生き残ることを考えましょうよ」

「生き残る? 僕がいる限り、負けることはない」


 モギは胸を張り、街の外へと歩みを進める。

 その背中は確かに頼もしい──だが、どこか滑稽で、痛々しくもあった。


 蝋燭のように揺れる街灯の下、二人の影が長く伸びる。 石畳は延々と先にある魔王の城へと続いていた。


 これが、幼い時の記憶。

 人生の転機であり、出来るならばやり直したい。


「はぁ……」


 書類の束を片付け、溜息をつきながら整理をしていると、不意に一枚の書類が床へ落ちる。


 そこに書かれていたのは

【新魔王!? 流星の如く突然現れた超新星】

 という文面と共に貼られた顔写真


「あー、ダーク・オブ・マスターの世界は懲り懲りだ」


 新魔王───ダーク・オブ・マスター


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