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厨二病は冒険したい

 この世は弱肉強食。

 権力、暴力、知力──力ある者が有利な人生を歩む。


 生憎、僕は何の変哲もないただの人間だった。だから憧れたんだろう。

 勇者を苦しめる、悪役の強き魔王に───


「……が、どうしてこうなった」


 目を開けば、視界に飛び込んできたのは──子供の喧嘩のようなものだった。


「あー!! ロゼ、また私のパフェ食べたのです!」

「知らないよ! 私は君のパフェなんて! というか、離せ! じゃないと【ロストバン】っちゃうんだからな!」

「嘘つくなです! というかなんなのです! ロストバンっちゃうって、おかしいのです!」

「おかしいとまで言われる筋合いなくない!?」


 美少女同士の喧嘩。強すぎて辺り一帯が吹き飛びそうな勢いだ。


「ねぇ、バイオレット! このリップ良くない? 絶対似合うと思うの!」

「……面倒」

「ダメ! 可愛いんだから!」

「嘘つき、シャトレーゼの言うこと当たったことない」

「嘘じゃないわよ! というか、シャトロンよ!」

「バンバーはうるさい……」

「原型はとどめなさいよ!?」


 美少女が引きずられながらメイクされていく。

 え、混ざりたい。なにこれ、幸せ空間すぎる。


 ──僕が憧れた魔王の世界は、もっと荘厳で血なまぐさいはずだったのに。

 目の前はパフェとリップで戦争している。


「なんでこうなった……」

「気持ちは分かりますよ、クーダ」


 隣で微笑む少女、シャーレ。

 直属部下の一人──だが今はただ、僕を誤魔化すように笑っている。


「クーダって……僕そんな名前、言ったっけ?」

「いいじゃないですか。名前なんて、世界を繋ぐ符号にすぎません」


 怪訝な顔をしながら、僕は心の中で思う。

 こんなの、僕の想像した異世界ファンタジーじゃない……と。









「んっ……ふぁ」


 ピリリリリリリリリリリリリ、となる逆さまの目覚まし時計。頭に残る少しの痛み。

 そこからわかる結論はベットから転げ落ちていた事実だった。

 目覚まし時計をとめた後、ベッドの上に上がって布団を被る。


「……あと、十分…………ぐぅ……」


 即座に落ちる眠り、けれどそれを阻むように浴びせられる腹に重い一撃。

 衝撃波だけでお腹一杯になりそうなくらい重い一撃に眠気なんぞとばかりに僕を目覚めさせる。


「ドワッフゥッ!?」

「いつまで寝てんだい! このバカタレ!!」


 般若の形相で殴ってくるモンスターの名前は「マザーオブパール」、血も涙もない鬼のような僕の母親である。


「いってて……なにするの! このバカ!」

「今日は塾に行く日だろ! いつまで寝てんだい!」

「だからってこんな風に起こさなくてもいいだろ!?」


 僕の名前は黒霧 蓬(クロキリ ヨモギ)。普通の高校二年生で、親が厳しいこと以外は優良物件だと思う。


「ワンっ!」

「おぉ、よしよしミケ、餌が欲しいのか?」


 蓬のところに駆け寄る白いチワワ。

 それを抱きしめるようにし、蓬は顎の下を優しく撫でてあげる。最初こそ噛んでいたが、今ではすっかり無くなっている。


「アンタ、犬につける名前じゃないだろ……」


 なんて、ドン引きもされたが。

 今でこそ、蓬の母親もドン引きじゃなくて呆れていたりする。一個下の弟はミケのことをゴジラなんて呼んだりしている。


「ったく、朝から晩までゴロゴロして……さっさと降りてきなよ」


 そうして、ミケを連れて、ようやく邪魔者が消えた。そうして、扉を閉める。

 今からは、僕の時間だ! 


「ヒャッハ──!!!」


 僕の部屋はごねりにごねの防音室であり、オートロック式に改造済みである。

 そして、部屋を暗くして紫のお香を焚く。

 もちろん換気はしておいく。

 ここの部屋の資金は僕の懐から出されている。この支配者部屋を作るのに今までのお年玉をつぎ込んだのだ、その甲斐があったと言えるだろう。


「あ───ポチッとな」


 ピーンっという音がしたら、部屋の壁が反対方向に回転を始め、現れたのは──

 ドクロマークの時計に十字架の照明がぎっしりと並んだ収納スペースが壁の向こう側から現れた。


「やっぱりこれだよなぁ!!」


 テンションが上がりまくる蓬。

 かっくいいポーズを取りながら、眼帯をはめる


「フハハハハ!!!」


 蓬は隠しているつもりだが、重度の厨二病だ。

 蓬母や兄弟は──蓬が装置を戻さずに出かけたりするから──知っているのだ。

 中学時代は厨二病が今より酷く。

 人前で「グッ、僕の魔眼が、疼くッ!」と、ALTの教師に言って、ソレハスゴイデスネ、と理解していないのに言っていた。


「ん?」


 その時、ドクロケースに入ったスマホが鳴った。それは、よく知ったヤツからだった。


「ふむ……これは、いい」


 相手は保育園からの幼なじみだ。

 幼なじみ、といっても腐れ縁のようなものだ。だが、カッチョイイものを見つけてきてはこれいる? って聞いてくるから助かっている。


「お! これいいじゃん!」


 盾と剣のキーホルダーだった。銀色に剣の柄には水色の宝石のような部分がある。


「えっと……『これくれ』」


 スマホを手に取って、ベットに寝そべりながら画像を選択し、返信する。

 すると、一分と経たずに『▒▒▒』と返ってきた。


「(返信早〜)? ……って…………見間違えか?」

『OK』

「ん、スタンプ地味に可愛」


 いつも通りの会話をテンプレのようにこなす。


「ふむ、でもなぁ……どうしようか」


 正直、外に出るのはめんどくさい。夏休みだし、家から一歩も出ずにダラダラしていたい。

 それに、どうせアイツが持ってきてくれるんだ。わざわざ玄関まで迎えに行く必要もないだろ。


「……あ、そうだ。悠に取りに行かせればいいじゃん」


 蓬はニヤリと笑い、スマホを操作する。

『弟に渡しといて』と幼なじみに送信しようとしたが、ふと考え直す。


「いや、待てよ。悠に渡したら、絶対『お兄ちゃんまた人使いしてる』って母さんにチクるな……」


 結局、面倒くささとリスクを天秤にかけて、蓬はベッドに寝転がったまま考える。


「……まぁ、寝よ」


 そう呟いて、結局何もせずにスマホを放り投げた。ベットに寝そべり、少しの仮眠を貪った。

 そして、十分ほど経ったあと、インターホンが鳴る。


「よっ、届けに来たぞ」

「おぉ、ありがたく受け取ってやろう。……って、わざわざ持ってきてくれたのか」

「まぁな。お前が取りに来るわけないし」


 二人は顔を見合わせて笑った。くだらないやり取りも、もう何年も続けている仲だ。


「でもさ、これカッコいいだろ? 剣の柄に宝石がついてるんだよ」

「お前、ほんとこういうの好きだよな。俺も嫌いじゃないけど」

「でしょ? こういうのは集めてこそ意味があるんだよ」


 軽口を交わしながら、しばらく部屋の中で雑談が続いた。ゲームの話、塾の愚痴、くだらないネタ。気安さが心地よく、時間が過ぎるのも忘れる。


 ──だが、ふとした瞬間に空気は一変する。


「……お前って、いつも人任せだよな。今日もどうせ弟に取りに行かせようと思ってただろ」

「……まぁ、そういうの考えたことはあるけど、結局やめたんだよ」

「ま、だと思ったわ。お前は面倒くさがりだからな」


 友達の声は怒鳴りではなく、少し呆れたような調子だった。

 それに蓬もムキになって返す。


「まあね、僕王だし。それに僕が行くより、お前が持ってきた方が効率いいでしょ」

「王、王っていつも言うけど所詮俺達は平民だろ」


 言い合いは次第に熱を帯び、笑い合っていた空気が少しずつ崩れていく。


「なんだよ、夢を見たっていいだろ……」

「夢を見て、人に迷惑かけるのやめろよ」


 友達は冷淡な様を崩さずに言い放つ。

 熱を帯びてる言い合いは、時間が経過する事によりヒートアップしていく。


「心が狭いなぁ、王を支えるのも臣下の務めだろ」


 友達はため息をつき、部屋から飛び出した。


「はぁ……」



 手を伸ばそうとしてやめた。


「ん……って、アイツめ、キーホルダー持っていきやがった!?」


 だが、机に置いていたはずのキーホルダーが無くなっていたのである。

 持っていったのは誰かなんて、明白だ。


「仕方ない、追いかけるか」


 パーカーを着て、下はジャージを着る。

 簡易的だが追いかけるならば、と考えて部屋を出る。


「何やってんだい、友達帰っちゃただろ?」

「うん、少し出る」

「塾には行きなね」

「ん」


 それだけを言うと、靴を履いて家から出る。


「いってらっしゃい」


 外に出ると、夏の空気がむわっと押し寄せてきた。蝉の声が耳を埋め尽くす。

 道路の向こうに、友達の背中が見えた。キーホルダーを握りしめたまま、足早に歩いている。


「おい! 返せよ!」


 蓬は声を張り上げる。だが、友達は振り返らない。

 その背中が、どこか拗ねたように見えて、蓬は思わず苦笑した。


「ったく……ガキかよ」


 そう呟きながら、蓬は駆け足で追いかける。

 ちょうどその時、友達が道路へと飛び出した。


「──っ!」


 車のライトが近づいてくる。

 友達が立ち止まった瞬間、蓬の心臓が跳ねた。


「危ない!」


 反射的に蓬は走り出す。

 伸ばした手が、友達の肩に触れる。突き飛ばそうとした、その瞬間



 ────轟音。



 視界が白く弾け、世界が反転した。


 痛みも、声も、何もかもが遠ざかっていく。

 最後に見えたのは、握りしめられたキーホルダーの銀色の輝きだった。


 ■ ■ ■


 ──光に包まれたあと、僕は真っ白な空間に立っていた。


 目の前には銀髪を揺らす美しい女性。女神らしい雰囲気を漂わせている。 柔かに微笑む彼女は清廉と言うに相応しいと、さえ思わせる程だった。


「ようこそ、黒霧蓬。私は女神テミス」


 女神。そう名乗られた瞬間、僕は思わず胸を張った。


「おぉ……! やっぱり来たか、女神イベント! 僕は選ばれし器なんだろ?」


 テミスは一瞬黙り込んだ後、肩を震わせ始めた。

 次の瞬間──


「ぷっ……あはははははっ! はぁっ、はぁっ……あっはははははは!! 馬鹿じゃない? 今どきの子供でも言わないような“妄言”!! ひぃっ……はぁっ、はぁっ……あーっははははは!!」


 女神テミスは笑いすぎて涙を流し、必死に息を整える──所謂呼吸困難に陥りながら、さらに追撃してきた。


「ぷっ……ふぅ……はぁっ……! 器? 王? ……っひひひ! あなた、母親に殴られて起きる程度の人間でしょう? そのどこが器なのか、説明してみなさいよ!」


 お腹を抱えながらこちらを煽ってくる女神。


「僕は王なんだ! 器なはずだ!」

「弟にお使いを押し付けようとしてたのは誰かしら? あぁ……ひぃっ……! ほんと、死んでもなお痛い妄想を続けるなんて……ゲホッゲホッ……あー笑いすぎて死ぬかと思ったわ!」

「性格悪いなお前ッ!」


 思わず突っ込んでしまう蓬。

 その様にまた笑ってしまうテミス。


「女神ですもの、人間をいじるのが趣味なのよ。あなたなんて、最高のオモチャじゃない 」

「最悪だよ! このクソババア!!」

「────は?」


 その瞬間、底冷えするような声が響く。


「ババアって言ったんだよ! 性悪クソ女! いいのは外見だけじゃねえか、なんだ? 神様パワーで繕ってるだけなの?」


 ここがチャンスとばかりに畳み掛ける。勝ち誇った顔を浮かべながら悪口のオンパレード。


「何億歳と生きてるから普通も忘れたのか? この年増!!」

「女神に対してなんて暴言……やっぱり醜い」


 そう言って、テミスは僕の額に指先を触れた。


「空っぽの頭でどこまで持つか、見ものね。恥晒しにならないようにね、黒霧蓬」


 その瞬間、蓬の下の床が抜ける。


「────は?」

「そして、死ね」


 空に落ちていく感覚が全身を包まれる。

 意識は薄れゆく中、渾身の力を使って見下ろしてくる女神(おんな)に向かい叫ぶ。


「こ、こんのくそ女神がぁぁぁぁあああああああ!」


 視界が再び白く弾け、再び白い世界へと落ちていく。


 ■ ■ ■


 生まれ変わりなんて、あるのだろうか。

 そう言われたら、君は即答するだろう。


 ない


 と。でも、僕は違う。

 あると思うというか、僕は生まれ変わってしまったかもしれない。


「バブぅ……?」


 ───ゲームの世界へと!! 


「ほらほら、いないいないばあ!」

「……あう?」


 僕は面白い世界に来てしまったかもしれない

 なんせ、僕の父親があの、『ダーク・オブ・マスター』というゲーム内キャラと瓜二つだからだ! 

 黒髪短髪にモブofモブのこの顔! 


「ステューピィド、モギは怖がってるんじゃないの?」


 この世界での僕の名前はモギ・アルフレッドらしい。何とも言えない普通の名前だ。

 実につまらない。

 どうせなら『エクス』とか『カリバー』みたいな名前が欲しかった、と切実に思う。


「えぇ……そんなはずは」

「大丈夫よ。貴方はこの子の父親なんだから、いずれ怖がられないわよ。それよりも、この子を愛して欲しいの……」


 この世界は『ダーク・オブ・マスター』の中である、とは思う。が、母親のキャラが分からない。


「(ま、クソゲー過ぎて1日でやめたゲームなんぞのキャラを覚えてるわけないか)」

「愛しい君との子、愛さない訳ないだろ?」

「キューン♡ステューピィド//私は貴方が好きよ」

「おいおい、今更だろ///」


 何故か、自分たちの世界に入る新たな親を見つめながら、このままではマズイと考える。


「(いかん、このままでは、僕の出番が少なくなってしまう)」


 なんてことを考えながら、二人の気を引くため、泣き喚く。すると、スピードなんちゃらを押し飛ばして現実に戻る母。


「オギャー! オギャー!」

「あら、大変! 大丈夫、大丈夫よ! ごめんね……」


 放置していたことに気づいてすぐさま駆けつけてくれるこの母親、優しすぎると思うモギだった。


「(マザーオブパールにも見習って欲しいものだな)」


 何処からか「あぁん?」なんて声が聞こえてきたが、幻聴だろう。しらんしらん。

 というか、怖いから考えたくもない。


「可愛いなぁ、ネリアの次に……」

「は?」

「あ、やべ……」


 おっとー? 不穏な空気に一瞬にして転じたぞ? 何故だ何故。このバカオヤジは何をやらかしたんだ。


「違うんだ! マイハニー! 僕は君一筋で……」

「ネリアって、誰? 私、マーガレットなんだけど? また、歓楽街に行ってきたのね!」

「違うんだ!」


 ここは何も言うまい。

 僕の実の親、というのはおかしいか。前世の父親もそんなやつだった。


「セバス、この子を預かって!」

「はい、奥様」


 マーガレットが言うと、奥から待機し待っていた執事が出てきて蓬を預かる。

 すぐさまステューピィドに飛び掛る様を見ると、どうやら中々にバイオレンスらしい。


「ま、待ってくれ!」

「問答無用!!」


 全く、とんでもない人生になりそうだと、蓬は心の中で思ってしまった。


 ■ ■ ■


 あれから時は過ぎて僕は八歳になった。

 どうやら、伯爵家の生まれで中々いい暮らしをさせて貰っている。

 実はステューピィドは伯爵家だったらしく、マーガレットは公爵家。

 爵位の序列の違いでの婚約。所謂逆玉の輿である。


 それでも、僕の地位はステューピィドからの継承であるため、伯爵家の子息という立場になるが。


「この街並みは……まさにゲームのフィールドだ!」


 そんな事はどうでも良くて、今僕は、街にお忍びで遊びに来ていた。

 お忍びと言っても勝手に抜け出して、という注釈が付いてしまうが。


「ねぇ、老婆! ここはポーションなんかを売ってるんだろ!」

「失礼なクソガキだね、帰りな。ここは八百屋だよ」

「その顔で!?」

「顔は関係ないだろう!? 営業妨害だよ! 帰りな!!」


 街を見て回っては、NPCに話しかけている。


「ねぇおじさん」

「なんだ、坊主?」

「お前のかーちゃん、でべそ!」

「……殺すぞ、クソガキ」


 どうやら、クソみたいなバクのオンパレードだったダーク・オブ・マスターも進化したらしい。

 生きているみたいに話してくれる。


「どうしたんだ?」

「お兄さんは、プレイヤー?」

「ぷ、れ……? んだそれ、俺は冒険者だぞ?」


 受け答えもしっかりしていて、首が90度に回っていることなんかない。

 これぞ、神ゲーと言えるだろう。まあ、出来るのならば、プレイしている間にして欲しかったものだが。


「信じていたぞ! 運営!!」


 なぜか、周囲からやや冷ややかな視線を感じてしまうが、それも運営の努力ということだろう。


「ふぅー、大きな声を出しすぎた……」


 それでも尚、この興奮が収まることは無かった。

 ───その時だった。


「!! ッ……なんだ?」


 森の方から銃声と共に大きな衝突音がした。

 鳥が羽ばたき、動物達が逃げ惑う様が遠くのここからよく見渡すことが出来た。


「……これは、もしや……」


 モギは下を向く、知っている人が見れば怖がっているようにも見えるだろう。

 だが、モギ興奮気味に顔をあげる。


「プレイヤーに会えるチャンスじゃね!?」


 ガッツポーズとも言える拳を高らかに突き上げる。


「プレイヤーに出会えなくても、ネームドキャラクターに出会えるよね〜」


 邪な思想を抱きながら、モギは衝突事故があったであろう現場に向かうのであった。

 そして時を少し遡り、衝突現場にて


「動くな」


 一人の男乗り馬が引いていた荷車がひっくり返り、苛立つ男の前に立ちつくす黒ローブを着た集団が立っていた。


「誰だ、お前達は。人の荷車をダメにしやがって」


 訝しげに睨みながら、警戒を解くことなく男はローブの集団に問いかける。


「我々は、深淵」

「何より深く」

「飽くない探究心をもった」


 そして、一刻の間を置いて。


『我ら、インジティブス』


 瞬間的に男は武器を取り、自分に襲いかかるローブの奴らを迎撃にかかる。

 インジティブスと名乗った奴らの仲間と思わしきもの達も含め、伏兵諸共全員で襲いかかった。


「ッと、お前らが巷で有名なインジティブスか!」


 槍を逆手に持って横振りをし、牽制するも当然の如く全員に回避されてしまう。

 今いる人数だけで十は超える。

 まだ茂みの中に伏兵が潜んでいるのなら、より激しい戦闘を求められてしまう。


「どうやら、噂が一人歩きしたってことじゃねぇな。お前らの評価は改める必要があるらしい」

「ふっ、お前程度に何が」

「舐めてると───ちょっと痛い目に、あうかもよ?」


 その瞬間、一瞬の刹那。


「……え?」


 血飛沫が上がる。


「なっ─────」


 そして、胴体と頭が一刀両断された。一や二ではなく十を超える、自身以外の全員の頭が飛ばされた。


「ありゃ、全部ぶっ飛ばしたつもりなんだがな」

「ば……化け物……」

「おいおい、お前らが仕掛けてきたんだろ?」


 槍を肩に乗せて、まるで()()()()()()()()()()()()、平静を装う男にローブ集団のリーダーは震えが止まることはなかった。

 この男は、狂人だと。

 この男こそ、深淵と呼ぶに相応しいとさえ考えた。恐怖で体が動かず、息が止まるとさえ錯覚した。

 血の匂いが濃く漂う中、ただ一人だけが生き残っていた。

 震えるローブの男は地面に膝をつき、必死に呼吸を整えている。

 周囲には仲間の屍が転がり、槍の男だけが飄々と立っていた。


「……さて、残りはお前だけか」


 槍を肩に担ぎ、男は軽く笑った。

 その笑みは愉快でも残酷でもなく、ただ淡々としたものだった。


「運がいいのか、悪いのか……どっちだと思う?」


 ローブの男は答えられない。声を出せば殺されると本能が告げていた。

 だが沈黙もまた、死を招く。


「黙るか。まあいい、尋ねるだけだ」


 槍の穂先が地面を軽く叩く。乾いた音が響き、男の声が続いた。


「“深淵”インジティブス、お前らは何を探っている?」

「……っ、わ、私は……ただ命令で……」

「命令で動くなら、命令を出した奴の名を言え」


 飄々とした声。だがその瞳は冷たく、逃げ場を許さない。

 ローブの男は震えながら口を開いた。


「……総司令官、カル……」


 槍が一閃した。

 言葉の途中で、男の片腕が地面に落ちる。悲鳴が空気を裂く。


「最後まで言え。途中で止めるな。俺は中途半端が嫌いだ」


 血を滴らせる槍を軽く振り、男は再び問いかける。


「もう一度だ。誰の命令だ?」

「……カ、カルマ様……です……!」


 その答えに、槍を持つ男は小さく頷いた。


「なるほど。ようやく口が回ったな。賢い選択は俺は好きだぜ?」


 そして、飄々とした笑みを浮かべながら、槍を肩に担ぎ直す。 けれど、尋問に苦悶の表情を浮かべていた男はその言葉に希望を見る。


「よし、十分だ。お前の役目は終わりだ」


 次の瞬間、刃が閃き、残された唯一の命も絶たれた。

 男は何事もなかったかのように背を向け、血の海を後にした。


「っ────」

「……茂みに何か……」


 その時、荷車に戻ろうとした男は生い茂った茂みが小さく揺れた。


「どうせ、生き残りだろうな」


 フッと鼻で笑い、槍を荷車に仕舞おうとした、その時、男は目を見開く。


「なっ────っ!! チッ、 “商品“風情が……」


 槍を仕舞うのを辞め、音がした方に全速力で向かうこととした。

 回収を早めるために、()()()()()()()()───


 ■ ■ ■


「っはぁ……はぁ……っ!!」


 息が切れてしまった。

 足が痛い。裸足だからだろう。


「来ないでっ……来ないで……!」


 今少女は逃げていた。誰かに助けてもらう為にさっき見えた街に走って向かう。


「っ……!!?」


 けれど、少女は転んでしまう。すぐに立ち上がろうとしたが、うまく力が入らない。

 足を見ると、膝のところを擦りむいていた。

 貧血や栄養失調も相まって、緊張の糸がこと切れたようにうまく力が入らず、分散してしまった。


「いや、いやっ……!!」


 心臓が高鳴り息が荒くなる。後ろを凝視しながら、今か今かと見ていると、木が揺れる。


「──────っ!!」


 確信した。あいつは追ってきていると、鳥が逃げ、動物達が逃げ惑う足音がした。


「い……やっ……」


 その時、草木が揺れて人影が現れた。悟った、殺されてしまうんだなぁと。

 同時に、陽動が出来てよかったとさえ、思えてしまった。皆は逃げれたか? なんて考えていると、人影は歩みをはじめ、此方へ近づいてくる。


「────……いや……っ」

「大丈夫?」

「──────えっ?」


 彼奴とは違う声、優しい声色。

 声の主の方を見ると、絹のような青みがかった綺麗な黒髪に無機質な碧い瞳。

 自信満々というのが顔に出たような少年だった。


「っ……」


 こちらに手が伸ばされる。咄嗟に記憶がフラッシュバックしてしまい、拒絶しそうになる。


「───ねぇ君、僕の家臣にならないか?」

「…………っ……!?」


 目を見開いて、再度少年の顔を見上げる。

 手を差し伸べ、こちらに柔和にでも自信を持った表情で微笑みかける。

 けれど、確かに直視した。少年の頬に付いている血痕を、膝辺りに付いている切り傷を


「……ぁ……あな、た……の、名前は?」


 問いかけると、少し驚いたような顔をして、こちらを見つめて伝えてくれる。


「モギ、モギ・アルフレッド。王だ」


 弱々しい声音で、顔を涙でぐしゃぐしゃにした少女は手を差し伸べた少年の手を取る。


「あぁ、私の────『王』よ」


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