番外:ミツキの独白と仕事見学
――端的に言えば、柳葉ハルは私にとって、神様が私にくれた光だった。
河野家は代々優秀なスポーツマンを輩出してきた家系で、実際に家族全員が金もしくは銀メダルを様々な大会で勝ち得てきた実績を持つ。
……生まれつき肺が弱い、私を除いて。
私は今日までに何度も肺の病を患っては、薬を貰いに病院に通う日々を続けてきた。生きるだけでも必死なのに、スポーツなんてもっての外だ。
スポーツマンである家族の皆はそんな私に優しく接していたが、当の私は劣等感に苛まれ、精神がすこぶる荒んでいた。
――それでも、生きる事を諦めはしなかった。絶対に私を必要する世界を見つけて、こんな風に私を作り上げた神様に復讐するんだって決心していたんだ。
だから、とにかく必死に勉強を頑張った。たとえ家族に褒められなくても、日に日に体がたくましくなっていく兄姉達を横目に頑張った。
そんな逆風吹き荒れる私の人生が変わったのは、14歳の夏休みだった。
当時家に一人きりの時間が続いた私は、暇を潰すためにいろんな動画を見るようになった。その中でも特に気に入って見ていたのが、ダンジョン配信だった。
私には届かない世界。キラキラした、でもデンジャラスな世界。その中で必死に足掻く配信者は、底辺大物問わず誰もが輝いて見えていた。
でも、みんな特別な才能を持っていた。卓越した魔法センス、凄まじい身体能力、皆を楽しませる雑談力。どれも、私には無い物だ。
彼等の姿に言葉にならない絶望感を抱きながらも、配信を見る以外に暇を潰せないので、半ば惰性で見ていた。けどある日、私は遂に出会ったんだ――
私の運命の人、柳葉ハルに。
彼は全てが平凡で、キラキラした物なんか無いけど、いつか必ず輝けると信じて止まない目を持っていた。
――私が欲しい物を持った、私と同じ平凡なヒト。どうか出世街道を成り上がって、私の目の前で輝いて欲しい。
そう思いつつも、これからの人生を彼に全ベットするには抵抗があった。本当に彼を、幸せに出来る自信が無かったからだ。
今までの人生、自分の才能の無さを憂いてばかりだった。そんな中で唐突に現われた、『柳葉ハルを輝かせたい』という夢。それに打ち込む勇気が、どうしてもでなかった。
だから私は彼にチャットで聞いたんだ。『出来損ないでも夢を追って良いですか?』と。そしたら、こんな答えが返ってきた。
「夢を見れる奴は出来損ないじゃない、がむしゃらに進め!」
この時、私は確信したんだ。私を必要とする世界は、ここにあったんだと。
◇ ◇ ◇
そして現在。私は車に乗って顧客のところへと向かいながら、懐かしい過去に思いを馳せている。
「……あれから七年か」
親に『魔道具エンジニア』になると話し、ありったけの援助を貰って新潟から上京するまでにそう時間は掛からなかった。
なぜなら私は、彼の配信に貼り付き初めて間もなく、『柳葉ハルには武器を扱う才能がある』と見抜けたからだ。
彼のために、特注の魔道具を作りたい。そのために私はあるエンジニアに弟子入りし、その人の元で二年間経験を積んだ。
(師匠、いま何してるかな。関西のエンジニア不足を何とかするって言って大阪に行ったきり、全然連絡付かないんだよなあ)
独立後は師匠から顧客を紹介して貰って実績を積み、それに連れエンジニアとしての腕も飛躍的に高くなった結果、東京一の魔道具エンジニアと呼ばれる今に至った。
――ああそうだ、師匠にも礼を言わないと。彼女がいなかったら、ハルの復活は無かった訳だし。
そうして過去の回想を終えた辺りで丁度、カーナビが顧客先に付いた事を知らせる通知音を鳴らした。
「さあ、ダルいダルいお仕事の時間だ……」
路肩に駐車してぜんそくの薬を吸入したあと、車を降りてトランクを開け、大きなダンボールを外に出す。
――これは魔道具で量産した特殊なダンボールで、中には200人分の魔道具が入ってる。ちなみにそこまで重くない。
そしてトランクのバックドアを閉めようとしたその時……バックミラーにボールチェーンで吊り下げた『ハルちゃん人形』と目が合う。
これはまだハルが目覚める前、ハルがいる暮らしを想像しながら作った、何の特殊能力も無いただのぬいぐるみだ。
「……フフッ。大丈夫、本物が目覚めても貴方を捨てたりはしないよ。ハルが傍に居ない時の寂しさは、これからも貴方で紛らわすからね」
そう微笑んでバックドアを閉めた私は、ダンボールを持ち上げると目の前に在る高層オフィスビルに入っていくのだった。
◇ ◇ ◇
地上15階。一際広い応接間で、眼鏡を掛けた私はスーツ姿の壮年の男と対峙していた。
この男は『冒険者ギルド』という業種を取る企業の社長で、ギルドとは主に冒険者を大量に雇用して代わりに依頼を達成させ、報酬の一部を上納させて経営をやりくりしている企業を指す言葉だ。
そしてこの会社は、従業員500人規模の大企業。私に頻繁に依頼を寄越してくる、大口顧客の一人である。
――まあ、師匠から引き継いだ顧客じゃないから思い入れは無いけど。
男は前のめりになり、私の目を見て言う。
「まずは期日通りの納品、感謝しよう」
「仕事ですから」
「そう謙遜せんでくれ。君みたいに大量発注を受けてくれて、しかも短期納品サービスまでやってくれる業者なんて殆ど居ないんだから」
「業者じゃなくて、魔道具エンジニアです」
「どっちでもいい事じゃないか」
――少し腹が立った。私はハルの為にエンジニアになったのであって、企業のために仕事をする業者になった訳じゃ無いんだから。
「まあそれはそれとして……風の噂で聞いたんだがキミ、義体の製作に成功したんだって? おめでとう」
想定外の話題に、私は思わず肩を震わせてしまう。
「……ありがとうございます。ちなみに、それをどこでお聞きに?」
「様々な魔道具を体から出して戦う冒険者が話題だと、ウチの秘書から聞いてね。そんな体を作れるのはキミしか居ないだろうと思ったんだ」
――まずい。ハルの存在が世間に知れるにつれ、私の偉業をしるお偉い方も増えていく。そうなれば……
「そこでだ。金はいくらでも出すから、我々にもその義体を作って欲しいのだ」
――そう、この依頼を持ちかけてくる不届き者が増えるのだ。
この人とはいつもメールと郵便でやり取りしていたが、今日になって急に直接の配送を依頼してきた。だから警戒していたんだけど、やっぱりソレが目的か。
「金で足りぬのなら……そうさな、別荘をやろう。いずれ東京以外でも商売をしたくなったときに、あると便利だぞ? どうだ?」
ニヤニヤと、期待に満ちた眼差しでこちらを見つめてくる男。その目の奥には、私の好きな『自らの手で輝きたい』と思う光はなかった。
私は溜息をついて眼鏡を外し、つるを畳んで懐にしまう。
「お断りします」
「ふむ、別荘は嫌か? では何が欲しい?」
「そう言う問題ではありません。あの義体は、輝きたい人が夢を追う為の技術です。決して貴方のような人の手で、荒稼ぎの道具に使われるべきものでは無い!」
眉間にしわを寄せ、膝の上に置いた手を力強く握る男。私も負けじとにらみ返す。
「……商売人として、その態度はどうかと思うがね」
「私は商売人ではなく、人の夢の為に生きるエンジニアです。しかし私が発した言葉が失礼なのは事実ですね。ご依頼をお断りする無礼共々、謹んでお詫び致します」
立ち上がり、深々と礼をする私。しかし男は睨んだままこちらから目を離さない。
「義体を作る気が無いとわかった以上、もうウチはキミと取引しない。早く帰りたまえ」
「わかりました」
頭を上げ、くるりと背を向けて出口に向かう私。
――バカだね。こんな安い値段で、200人分の魔道具を、2週間で治して納品してくれるエンジニアなんて私以外いないのに。恐らくこの会社は、半年と経たずに倒産するよ。
しかし、このざまあ展開を前にしても私は笑顔にならない。私が笑うのは、ハルが喜ぶ姿を見る時だけだから。
応接間を出た私は、スマホを取り出してハルから来ていたLIMEメッセージを見る。その内容は――
『ミツキ! 明日新神マイと会う事になったから、帰ったら一緒にマイの配信見るぞ!』
「……さすが私の推し。この短時間でもう輝きを増しちゃってる!」
私の険しげな表情が一転して満足げに変わると、私はスキップしながらエレベーターの方に向かうのだった。
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