無名の老魔法使いの日記
私にとって魔法とは身近なものであり、頼るべきものであり、恐ろしいものであった。
例えば火を使うこと。
火打石や木屑や藁を使えば火を作ることができる。
年老いて手先が衰えた私には、火をおこすことよりも火を作ることの方が簡単だ。
熱を想像する。
あたたかいもの。
木屑に移り、乾いた木々に移り、少しずつ大きなものへ…。
これがいわゆる火魔法の「元になる」
私の師匠は、想像と言葉で「これ」を生み出していた。
心で描いたり、想像したりすることは重要だと常々おっしゃられていた。
だから、師匠は嫌っていた。
魔法学校で教えれられるような攻撃的な魔法や美しさ中から魔法を。
そんな師匠のもとにいた私も頭のどこかで彼らのやり方が気に入らなかった。
たが、覚えるための効率は良いだろう。
火の魔法を見せて「これが火の魔法だ」と教えれば、それを見て学んだものたちは「それ」をそういった覚え方をするわけだ。
師匠は少々変わった、いわゆる気難しいところがあったから、私には常に「想像してみろ」と言って、想像させた。
丘で浴びる風。
汗を払い、服を優しく引っ張るような。
師匠に言わせれば、これがいわゆる「風魔法」の元だという。
だから、夏の夜の嵐を思い出すことで私みたいなモノでも狼たちを追い払うことも倒すことも出来た。
師匠は合わせてこう言っていた。
怒りや恐れだけで魔法を使ってはいけないと。
村をめちゃくちゃにするような嵐、家や人を飲み込み、何もかも根こそぎ奪うようなものを想像するとその恐ろしさにやがて自分自身の心が飲まれてしまうと。
私は臆病で、冒険者になどなろうとは思わなかった。家族と魔物に怯えることなく生きていければそれでよかった。
だから、それ以上は求めなかった。
おかげで私は孫を見ることができ、幸せなまま死ねるのだ。
魔物に怯えることもなく、このあたたかな気持ちのまま。
我が子たちよ。
決して奢ってはいけない。
魔法は必要なだけ使いなさい。
宿を求める者には宿を。
雨のない時は必要な水を。
救いを求めるものにはできるだけの力を。
常に心がどうあるべきか考えなさい。
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この書物は我々の時代より200年以上の前のものであるが、現在国内で使用するどんな紙よりも上質である。
しかし、どのようにして作成されたのか不明であり、品質が劣化していないことについてもどのような魔法が使われているかはわかっていない。
王立魔法書記官 記




