Introduction 2 ~リアリズム~
リョウコに会ってから眠れない日が続いた。
彼女に会いたい、現実で会ってみたい。
そう思っていた。
だが鉄朗の見た目は今や死神同然。
どうすれば会えるだろう。
鉄朗はまず、自分の見た目を良くしようと考えた。
機械杖をくれた半人義体医師のイ・ヴィンに相談した。
「ん?・・・あれ、鉄朗くんじゃない」
「あ、どうも先生」
「どうした。杖の調子、悪い?」
「いや先生、今日は杖のことじゃないんです・・・」
鉄朗は少し黙る。
ヴィンはすぐに悟った。
「足が欲しいのか。それと腕」
鉄朗はうつむいたまま頷く。
「わかった。全額前払いでいいな。」
鉄朗は顔を上げて頷いた。
右腕と左足の義体の接着までに3週間かかった。
鉄朗の貯金もほぼ無くなってしまった。
鉄朗は試しに病室の床に足を置いてみる。
ギギギギ
変な力が入ったが、鉄朗はうまく立つことに成功した。
「うまいじゃない」
ヴィンも笑顔で鉄朗をほめた。
電体サンドバッグを使って右腕の調整を行った。
調整はパンチで行う。
力加減や操作の感度、それぞれ調整していく。
鉄朗は生身よりも頑丈な右腕と左足を手に入れて嬉しそうであった。
家に帰り、早速ウルトマに接続した。
キャッシュが無いため、鉄朗はメッセージだけリョウコに送ることにした。
メッセージにもキャッシュがかかるが、鉄朗は最後のメッセージだと思い、一番高価なメッセージプレートを使用して必要ウル税も全払いで送信した。
鉄朗はそのメッセージに次は現実で会いたい旨と場所と日時を記載した。
キャッシュ不足により、時間制限として強制退出された鉄朗はもうウルトマにはログインできないだろうと察した。
旧式のフルビート2000にまたがり、鉄朗はリョウコとの待ち合わせの場所に向かった。
運命の日だ。
鉄朗は緑の目を光らせながらフルビート2000を加速させていく。
桜も散りかけてきた季節。
田舎の公園に到着した。
平日だからか、誰もいない。
待ち合わせの時間まであと15分。
鉄朗はフルスーツジャケットを脱いで、左足の調整をした。
リョウコと会った日も平日の昼間だった。
だけどもしかしたら今日は仕事だったかもしれない。
何か用事があったかもしれない。
俺が変な思い込みをしていたのかもしれない。
と時間が経つにつれて不安が募ってきていた。
待ち合わせの時間までまだ10分あったが、鉄朗は帰りの準備をしようとしていた。
するとそこへ
「鉄朗?」
あの声が聞こえた。
リョウコ。
リョウコの声だ。
後ろから聞こえた為、そっと鉄朗は振り返った。
鉄朗は一瞬、動揺してしまった。
リョウコがいた。
そこには紛れもないリョウコがいたのだ。
それもウルトマのキャラクターと全く同じ姿のリョウコがそこにいた。
その美しい姿に鉄朗は思わず目を逸らしてしまった。
美しすぎる。
美しすぎて、俺には似合わない。
と意味不明なことを頭の中で考えまくっていた。
「鉄朗よね」
リョウコがゆっくり向かってくる。
鉄朗はゆっくり頷く。
「リョウコ・・・さん・・・あなたはウルトマの中と変わらず・・・美しい・・・です」
鉄朗は目を逸らし、フルビートにもたれながらそう言う。
リョウコは笑い、
「あなたもウルトマの中と変わらない姿じゃない。いかしてるわ。」
と言った。
鉄朗はそれを聞くとギューーっと胸が締め付けられるのを感じた。
自分を受け入れてくれた。
今まで誰一人見向きもしなかった俺を、俺を受け入れてくれた。
鉄朗は心の中で涙を浮かべ、リョウコを見つめ、
「ありがとう」
と言った。
希望地区と呼ばれる、田舎が東京の真似事をしている地区がある。
鉄朗はフルビートの後ろにリョウコを乗せ、そこに向かった。
古びたカフェがあり、そこに入った。
希望地区はそれなりに全身義体が進んだ環境にあり、鉄朗の見た目を驚く者は多くなかった。
それだけでも鉄朗はこの地区が好きになり、自然栽培もされなくなった桜が見れるところもポイントが高いと感じた。
鉄朗はリョウコがどんな人物なのか知りたくなって彼女の話を聞いた。
リョウコは非政府組織の執行役であり、政府公認の流税警備組織アビドのスパイとして活動していたという。
鉄朗は難しい話だなぁという感じになっていた。
リョウコはアビドに潜入した際、アビドがウルと裏金を用いた違法な取引を行っていることに気づいたという。
ウルがここ最近ウルトマで異常なキャッシュ破壊を行っていたのはアビドが関係していると睨んでいるのだ。
「鉄朗はウルと何か関係があるのかしら?」
鉄朗は首を横に振り、自分がただのユーザーであること、死にたがっていたこと、この見た目のこと、全てを話した。
リョウコは話を聞き終わったあと、聞き疲れたのかのようにため息をして煙草に火を付けた。
「そう・・・何かあるかとは思ってたんだけどね・・・見た目のわりには・・・」
フーーーーっと煙を吐き出す。
鉄朗はリョウコの機嫌が下がっていることに気づいていた。
鉄朗はリョウコの煙草をおもむろに取り上げた。
「?」
リョウコはきょとんとしている。
鉄朗は自分の口(口の原型は無いが、口があった場所)に煙草を近づけ、煙を一気に吸った。
「ゴッホォ!!!ゴフォゴホゴフォ、、、、」
鉄朗は煙草を吸ったことがない。
一気にむせてしまった。
「プーーーッアハハハハッハ!!!」
リョウコの笑い声がカフェの内に響き渡る。
周りにいた客もリョウコの笑い声にひきずられて笑う。
鉄朗も苦し紛れに笑顔を見せる(見せたつもり・・・)
「ゴホッ・・・俺も・・・何か・・・手伝う」
鉄朗の言葉にリョウコは笑うのをやめた。
リョウコは嬉しそうな顔をして鉄朗に話しかける。
「あんたに何ができんの?」
笑顔で聞いてくる。
鉄朗は咳がおさまり、真剣に答える。
「何でも。・・・盗みでも、殺しでも」
「何それ」
リョウコはもう一本の煙草に火を付けようとする。
「・・・もうウルトマには入れないから」
鉄朗の言葉にリョウコは電磁ライターを消す。
トマデスされていない鉄朗がウルトマに入れないというのは、強制退出によるものとリョウコは推測した。
キャッシュが無いのか。
とリョウコは答えを導き出した。
無料の水を伝導ストローでチューチュー吸ってる様を見ると嘘では無さそうだと確信した。
「わかった。」
リョウコが立ち上がった。
「あんたをプリジェイルに入れてあげる。」
リョウコは胸元から札を出し、カフェの店主に渡した。
鉄朗も席を立ち、リョウコを追う。
「プリジェイル?」
鉄朗は非政府組織に加入することになる。