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価値基準

フローライト第八十七話

朔の絵がなかなか完成しない。どうやら色鉛筆というのは今まであまり使ってこなかったらしく、色合いもなかなか思い通りにいかないらしい。秋も深まって来た週末、美園は朔の家に来ていた。


「ねえ、休憩していい?」と美園は言った。


「・・・・・・」


相変わらず朔は没頭すると返事がない。


「対馬」と美園が呼んでもまったく気がつかない様子なので、美園は「朔」と名前で呼んでみた。すると「えっ?」と急に朔が顔を上げた。


「休憩、して、いい?」と美園は区切りながらわざとはっきり言った。


「あ、いいよ」と朔が色鉛筆を置いた。


「どんな感じ?」と美園は朔の絵を見た。


イラスト風のやっぱりどこか懐かしいような絵だった。


「すごい、いいじゃない?」


「んー・・・でも・・・」


「何?まだ気に入らないの?」


「うん・・・」


「どこが?」


「んー・・・どこだろう・・・」と朔が絵を見て考えている。


「自分でもわからないわけね」と美園は床に足を投げ出した。その途端、朔がビクッと身体を震わした。相変わらず足には敏感だ。


「あの絵・・・利成さんが持ってきてくれたんでしょ?」と壁に立てかけてある利成の絵を美園は見つめた。


「うん」と明るい声で朔が返事をする。


「家の人、どう思ったの?」


「家って?」


「親だよ。朔の」


そう言ったら朔が黙った。


「何か言われた?」


黙ってしまった朔の顔を美園は覗き込んだ。


「・・・朔って・・・」と戸惑った声を出す朔。


「あー、嫌だった?」


「いや、全然」と朔が慌てて言う。


「そう?」


「・・・俺も下の名前で呼んでいい?」


「いいけど?」


そう言ったら朔が嬉しそうな顔をした。


「で?お母さんとか何も言われなかった?」


「驚いてた」


「絵に?」


「いや、天城さんが来たから」


「それは天城利成が来たからってこと?」


「そう。有名人が来るなんてって・・・」


「そうなんだ」


「美園の曲はできた?」


「あ、曲ね。まだ」


「そう・・・」と朔がまたチラッと美園の足を見る。


「・・・私、彼氏と別れたよ」と美園は言った。実は言うかどうか迷っていたのだ。それは別れたら付き合って欲しいと朔から言われてて、オーケーしていたからだ。


「えっ?ほんと?」と朔が驚いている。


「ほんと。振られたんだよ」


「あま・・・美園が?」


「そう。元カノがいいんだって」


「そう・・・」と朔がうつむいた。何ていうかなと美園がわざと黙っていたら、朔が言いにくそうに口を開いた。


「その・・・別れたらっていうの・・・」


「別れたら?」と美園はわざと聞いた。


「別れたら・・・つきあってくれるって・・・」


「そうだね」


「いい?」


「いいよ」と言ったら朔がまた嬉しそうな表情になる。


それからまた絵を描く続きを始めて、気が付いたらもう夜の七時を回っていた。階下では朔の親が帰宅したのか、ガタガタと音が聞こえていた。


「そろそろ帰るよ」と美園は立ち上がった。すると朔が「送るよ」と言う。


階下に降りてから朔の母親に挨拶をしたら「まあ・・・こないだはすみません」と挨拶をされた。きっと絵のことを言ってるんだと思って美園は「いいえ」と頭を下げた。


「少し送ってくるから」と朔が母親に言うと「気をつけてね」と朔の母親が行った。


 


外の空気は少し冷たかった。もう十一月なんだもんなと、美園は暗い夜空を見上げた。するといきなり朔が美園の手を握ってきたので、美園は思わず朔の顔を見た。


「あ・・・ごめん」と朔が手を離す。


「何で謝るの?」と美園は朔の手を握ると、朔はドギマギとしている様子だった。


「まあ、もう彼氏なんだから有りだね」と美園は言った。


「彼氏・・・」と朔が呟いている。


「だけどとにかく絵を完成させないとね」


「美園も曲・・・完成させて」


「オッケー」と美園が明るく言うと朔が少し笑顔になった。


駅の改札口を通ってから振り返ると、朔がまだこちらを見ていたので、美園は「バイバイ」と手を振った。朔は慌てて「バイバイ」と手を振り返してきた。


(何か面白いな・・・)と電車に乗ってから美園は一人思った。


晴翔から振られてかなりショックだったけれど、朔といると何だかそのことも薄まっていた。


 


十一月も半ばを過ぎて、ようやく朔の色鉛筆画が完成した。早速利成の家に朔と二人で行く。前と同じようにすぐに利成の仕事部屋に朔と美園は通された。


「いいんじゃない?」と利成が言う。


「いいよね?」と美園も言った。


「朔君から見た美園がわかりやすいよ」と利成が笑顔で言う。


「どういう意味?」と嬉しそうにしている朔を横目に美園は聞いた。


「それは彼に聞いたら?」と利成が楽しそうに言った。


美園が黙っていると「いくらにするの?」と利成が朔に聞いた。


「え?・・・えーと・・・」と朔がまた考えている。


「今回、苦労してたからね」と美園は朔の顔を見た。


「そうなんだ」と利成が言う。


「・・・五千円くらいでも・・・」


朔が恐る恐るといった感じで言った。


「そう?」と利成がもう一度絵を見た。


「えー安くない?」と美園は言った。


「そうかな・・・?」と朔が首を傾げた。


「苦労したんだからもっと上げていいんじゃない?」


美園がそう言うと「そうだね。朔君が出したのが今の朔君の価値基準だから、少しそれに割り増ししてみようか?」と利成が言った。


「えーと・・・」と朔が考えている。


「どのくらいまでならイメージできる?」と利成が聞く。


「八千円・・・くらい?」と朔は自信なさそうだ。


「そうか、じゃあ、それで置いてみよう。値段は交渉次第だから五千円から八千円の間で考えようか」


利成が言うと朔が頷いた。絵は明希に預けるからと利成が言った。


 


帰り道朔が考えるような顔をして歩いていた。


「何か考えてる?」と美園が聞くと「あの絵・・・売れるかな」と朔が言う。どうやら自信がない様子だった。


「売れるって。あんなに素敵なんだから」


「そう?」と朔が嬉しそうに笑顔になる。


「真っ直ぐ帰る?」と美園は駅が近づくと言った。


「真っ直ぐ?」とまたいつかのように聞き返してくる朔。どうやらこういう言い方では朔はピンと来ないらしい。


「うち来る?」と美園は言い直した。


「あ・・・うん」と少し朔が顔を赤らめている。


(何か期待されてるかも?)と美園は思いながら退屈なので(ま、いいか)と思う。


 


自宅マンションに着いたら、何故か誰もいなかった。電気はつけっぱなしなので、また料理の時に何か足りないものにでも気がついた咲良がコンビニにでも行ってるのかもしれない。美園はそのまま自分の部屋に朔を通した。


「何か飲み物持ってくるね」と一度部屋から出てキッチンに行く。キッチンは料理の途中のようになっていたので、やっぱり足りないものでも買いにいったんだなと冷蔵庫を開けた。


ペットボトルのお茶やジュースを持って部屋に戻る。


「好きなの飲んで」と机の上に置いた。


朔が「ありがとう」と言ってお茶の入ったペットボトルを取った。


「曲なんだけどね、なかなか思い浮かばなくて・・・以前のでもいいかな?」と美園はジュースのペットボトルの蓋を開けた。


「いいよ」


「明るい曲がいい?暗いのがいい?」


「どっちでも・・・」と朔が言う。


「そっか。朔はどっちの曲が好き?短調とハ長調」


「短調と・・・?」と首を朔が首を傾げた。


「うん、暗い感じと明るい感じってこと」


「・・・暗い感じかな・・・」


「へぇ、そうなんだ」


「うん・・・」


美園は自分のスマホを取り出して、以前のユーチューブを検索した。自分のアップした曲の中でイメージが湧きそうなのを探す。


「ねえ、これどう?」と一曲選んで朔に聞かせた。


「そうだね・・・いいかも」と朔が言う。


「じゃあ、これに決定」と美園はベッドに仰向けになった。


「あー何か身体だるい」と美園は言ってベッドの上で寝ころんだまま横を向いた。朔が美園の足を見ているのが目に入る。


(あーどんだけ好きなの?)と美園は少し可笑しくなった。


「そんなに足好き?」と美園が聞くと、朔が慌てて美園の足から目をそらした。


「ごめん・・・」と気まずそうに朔がうつむく。


美園はそんな朔を見つめた。それから起き上がって言う。


「もう彼氏なんだから、作品が売れなくてもキスしていんだよ」


そう言ったら朔が「えっ?」と顔を赤らめた。


「どうする?する?」と美園が言うと「う、うん・・・」と朔が美園を見た。


「じゃあ、どうぞ」と美園は目をつむった。朔が近づいてくる気配がした。そのまま目を閉じていると朔の唇が美園の唇を覆った。こないだのように舐めるようなキスだった。そしてそのまま足に触れてくる。美園もこないだとは違って積極的にキスを受け止めた。


そうしているちにベッドの上に朔が美園を押し倒してきた。そしてそのまま咲良に口づけてくる。


(なかなかやるじゃん・・・)と美園もそのまま朔を受け止めた。


朔が美園の身体の上に乗って来て、朔のしっかり反応している下半身がぶつかる。美園は構わず朔の口の中に舌を割り入れた。するといきなり朔のエネルギーが変わった。強烈な性欲を感じる。朔の手が美園のスカートの中に入って来て太ももを撫で上げてきた。それから下着に手をかけてきた。


(これは最後までいきそう?)と美園はそのまま様子を見た。実際のところ、自分の身体も反応していた。


「美園・・・俺・・・」と朔が言ってくる。


「したい?」と美園が言うと頷く朔。


「でも、咲良が帰ってくるかも」


「そうなの?」


「うん、ちょっと買い物に出たっぽいからすぐ来るよ」


「じゃあ・・・」と朔が美園から離れようとしたので、「まだ大丈夫だよ。直に触りたくない?」と美園は朔の手をスカートの中に入れた。朔が唾を飲み込むような息を飲みこむような仕草をした。


「で、でも・・・」と焦っている。


「ちょっとだけならいいよ」と美園が言うと朔がその指を下着の中に入れて来た。


「あ、そこじゃなくて・・・」と美園が朔の指をリードした。


朔の指が美園の中に入ってくる。すでに感じていたので結構濡れていた。


(あ・・・ヤバい・・・感じちゃう・・・)と美園は少し身をよじった。


途端に朔も興奮したかのように指を動かしてきた。


(あ・・・ダメ・・・)と美園は「ん・・・」と声をあげた。


朔の指がどんどん奥に入ってくる。美園はだんだん物足りなくなってきて、もう一つ朔の手を自分の胸に当てた。


「触って」と言うと朔が美園の胸を揉んでくる。脳裏にはいつかの晴翔とのセックスが思い出される。


(あ、晴翔さん・・・)と美園は晴翔を思った。そう思ったら泣けてきて、美園は朔にしがみついた。朔が興奮も頂点に達したようで美園のスカートをめくり上げた。そして自分のズボンを下ろしている。


「いいよ、入れて」と美園が言うと朔が入ろうと下半身を押しつけてきた。なかなかうまく入れられずに戸惑っているので、美園は自分から身体をずらして朔を入れてあげた。


朔が息を吐きながら身体を動かしてくる。美園の頭の中にはもう晴翔の姿しかなかった。


(晴翔・・・)


「あっ・・・」と美園は声をあげた。それから「晴翔さん・・・」と言ってしまった。すると思いっきり朔が奥をついてきた。


「でそう・・・」と動かしながら言う朔。


「中に・・・出さないで・・・」と美園は途切れ途切れに言った。


それからブラウスをめくりあげた。


「ここに出して」と言うと朔が「うん・・・」と言ってから動きを早めていく。


「うっ」と少し呻いた朔が美園のお腹に射精した。飛び過ぎてめくり上げていた服にも少しついてしまった。


息を切らしながら朔が美園の上に四つん這いになっている。美園は目を開けて朔を見つめた。


「ごめ・・・服に・・・」と朔が焦って言った。


「ん・・・そこのティッシュ取って」とベッドの脇にあるティッシュペーパーを美園は指さした。


ティッシュペーパーで朔が美園の身体と服を拭いている。それから美園から身体をよけて自分の下着をあげた。


美園がその姿を黙ってみていると「・・・はるとっていうんだね」と朔が言った。


「えっ?」と美園は驚いて朔を見た。


「前の彼氏の名前・・・」


「やだ・・・私、言ってた?」


美園は覚えてなかった。


「うん・・・」と朔がズボンのベルトを締めながら言った。


「ごめん・・・」と美園は言って自分も下着を上げた。


「いいよ・・・」と朔が言う。それから「今は俺なんだから」と朔が付け足した。


朔の顔を見つめていると、朔がまた口づけて来た。


「今度は俺の名前呼んでもらえるように頑張るから」と言った。


(あれ?)と美園は思った。今まで思っても見なかったけど・・・。


(朔って・・・利成さんに似てる?)


じっと見つめていると朔が「曲、聴いて作ってみるよ」と言った。


 


朔が帰ると言うので部屋から出ると、リビングの方からテレビの音が聞こえていた。


(あ、咲良帰ってる)


美園は「咲良、帰ってるみたいだよ」と朔に言った。


朔は「え?ほんと?」と焦っている。


「一応挨拶して帰る?」と美園が言うと「うん・・・」と気まずそうな顔をした。


リビングのドアを開けると咲良が煙草を吸いながらテレビを見ていた。咲良はすごくたまに煙草を吸う。


「あら?」と咲良がこっちを見た。


「こんばんは」と朔が頭を下げた。


「こんばんは」と咲良が返すと「すみません、お邪魔しました」と朔が頭を下げた。


「帰るの?」と咲良が煙草を灰皿に押し付けた。


「はい」と答える朔と一緒に玄関まで行き「送ってくる」と咲良に言うと「美園に話があるから」と咲良が言う。


「話し?戻ってからでいいでしょ?」と言うと「今」と咲良が強い調子で言ったので朔は「美園、俺一人で大丈夫」と言った。


「そう?ごめんね」と美園が言うと、咲良も「ごめんね」と言っているがまったく心がこもってなかった。


 


朔が行ってリビングに美園が行くと咲良が「座って」と言う。


美園は咲良の前の一人用のソファに座った。


「何?」と美園が言うと咲良が「私の言いたいこと、あんたにわかる?」と言う。


「”あんた”ってやめてくれない?」と美園は言った。咲良に「あんた」呼ばわりされたくない。


「そんなこと言ってるばあいじゃないってわからない?」と咲良が言う。


「わからない」と美園はわざと言った。


「まったく・・・晴翔君が好きなんじゃなかったの?振られたらすぐに他の子とああいうことしちゃうわけ?」


「ああいうことって?」


わかっていたが美園はわざととぼけた。


「あんた、奏空と一緒でエネルギーだかなんだかわかるんでしょ?じゃあ、私の言いたいこともわかるよね?」


「私は奏空みたくは読めないよ」


「ふうん、でも少しはわかるよね?」


「まあ、エネルギーよりその人の気持ちなら読めるよ」


「似たようなもんでしょ?」


「そうだけど。だから何?」


そこで咲良が「はぁ・・・」とため息をついた。


「あんたの声、聞こえてたよ?」


「へぇ・・・そうなんだ」


「サイアク・・・とんでもないビッチだわ」


咲良が呆れたように言う。


「その言葉、そのまま咲良に返すわ」と美園はしらっとして言った。


すると咲良が顔色を変えた。


「あんたね、人のことはいいでしょ?こっちにはこっちの事情があったんだよ。でもあんたは違うでしょ?ただの高校生だよね?」


「そうだね。少なくとも売れない女優ではないね」


そう言ったら咲良の手にグッと力が入った。でも美園はしらけていた。何故こういう馬鹿げたことしか言えないのだろう。


そこで玄関で物音がした。どうやら絶好のタイミングで奏空が帰ってきたようだ。


「あれ?」とリビングのドアを開けた途端、二人のただならぬ雰囲気に奏空が足を止めた。


「何かあった?」と咲良と美園を交互に見比べている。


「ありまくりだよ」と咲良がイライラしながら答えている。奏空がチラッと美園を見てからまた咲良を見た。それから上着を脱いでから「ちょっと待ってて」と洗面所の方に行った。


奏空が戻ってきてから真っ直ぐにキッチンに行って冷蔵庫を開けた。


「何か飲む?」と奏空が大きな声を出す。


「いらない」と咲良が言い、美園は「ビールちょうだい」と言った。


「美園?!ビールはダメだよ」と咲良が言う。


「いいでしょ?何よ今更」と美園が言うと「美園、今日は咲良の言う通りにしよう」とグラスにジュースを入れて持ってきた。


「はい」とオレンジジュースの入ったグラスを渡される。


「ありがとう」と美園は受け取った。奏空が咲良から一つ離してソファに座る。


「それで?説明して」と奏空が言った。


「奏空はどうせわかるでしょ?説明しなくても」と咲良が言った。


「大体わね。でも説明してよ。間違ってるかもしれないから」


奏空の言葉に咲良がまたため息をついた。


「私が言うよ」と美園は言った。咲良の説明がまわりくどいと面倒臭い。奏空が美園の方を見る。


「私がビッチだって」


「ビッチ?」と奏空が首を傾げる。


「ヤリマンとも言う?尻軽女のことだよ」と美園が言うと奏空が咲良の方を見た。


「そういうことなの?」


「そうだよ。美園、晴翔君に振られてまたすぐにあの対馬君だっけ?あの子とやってたのよ。しかも自分の部屋で。堂々とね」


「アハハ・・・」と美園は笑った。


「何?」と咲良が怪訝な子をする。


「咲良だって堂々としてたじゃない」


「奏空とするのは夫婦だからでしょ?それに堂々となんてしてないよ」


「違うって。利成さんとだよ」


「は?」と咲良が顔色を変える。


「利成さんと、明希さんもいるのに堂々としてたんでしょ?」


美園がそう言うと咲良が立ち上がって一歩足を進めて手を上げた。


「ストップ!咲良、落ち着いてよ」と奏空が咲良を止める。


「こんな子になっちゃうなんて!」と咲良はイライラとした口調で言って、もう一回ソファに座った。


「美園、謝んな」と奏空に言われる。


「何でよ?ほんとのことでしょ?」


「ほんとのことだからとかそういうことじゃないでしょ?」


「・・・・・・」


「美園?」と奏空に見つめられて美園は渋々「ごめん」と言った。


奏空が考えるような顔をして、少しの間皆が黙った。それから奏空が口を開く。


「美園の気持ちわかるけど、こないだも言ったように、彼のこと弄ぶのはやめたほうがいいよ」


「弄んでなんかないよ」


「そう?それならいいんだけど・・・」と奏空が行ったら咲良が口を挟んだ。


「ちょっと!いいわけないでしょ?誰彼かまわずなんて。そのうちとんでもないことになるよ」


「とんでもないこととは?」と奏空が聞く。


「妊娠とか性病とか」


「アハハ・・・」と美園がまた笑うと、今度は奏空が目配せしてきた。続きは言うなというのだ。でも美園は咲良に苛立っていたので言った。


「そうだね。”妊娠”には特に気をつけなきゃね」


そう言ったら今度は咲良がいきなり立ち上がって、奏空の止める間もなく美園の前に来て、思いっきりビンタをしてきた。美園は頬を押さえた。


「あんた!いい加減にしなよ」とドスをきかせてくる。


「咲良、いいから座って」と奏空が言う。


「奏空?ちゃんとこの子に言って!奏空が甘やかすからこんなになっちゃったんだよ」


「わかったから。まず、座って」と奏空が言う。


「甘やかされたのは咲良でしょ?」と美園が言うと、咲良がまた立ち上がろうとした。


「咲良!」と奏空が咲良の身体を押し戻してから「美園も!」とこっちを向いた。


美園はしらけたまま顔を背けた。


「美園、二人で話そう」と奏空が言った。


「そうやって二人でこそこそと。奏空はそうやっていつもいいとこどりなのよ」と咲良が言う。


「いいとこどりとは?」と奏空が聞いた。


「自分ばっかり理解者の顔して、美園に媚びってるってこと」


美園はそれを聞いて吹き出しそうになったが、奏空に睨まれてかろうじてこらえた。


「じゃあ、ここで話そうか?」と奏空が言う。


「もういいよ」と咲良が立ち上がった。


「私が出て行くからここで話しなよ」と咲良がリビングから出て行った。


その後ろ姿を見て「バカみたい」と美園が小声でいうと奏空に「美園」とまた咎めるように言われた。


「もう、美園さ、あんまり咲良を刺激するようなこと言うのやめて」


奏空が疲れたように言った。


「あんなののどこがいいの?」


「”あんなの”言うな」


「はいはい」と美園は呆れ声で言った。


「最初の話に戻るけど、あの朔君だよね?今回咲良が言ってるのは」


「そうだよ」


「朔君とここでしたのを咲良に気づかれたってことでしょ?」


「そう。それだけ、何の問題もないのに」


「咲良には問題なんだよ」と奏空は言い、グラスのお茶を一口飲んだ。


「そうだろうね。自分がやらかしてるもんね」


「・・・咲良のことはいいから。美園はどうなの?その朔君」


「さあ・・・」


「さあって?」


「わかんない。さっきはしたくなったからしただけだし・・・。でも私、やってる最中に晴翔さんの名前呼んじゃったらしい」


「そう・・・」


さほど驚きもせずに奏空が言う。


「やっぱり弄んじゃったのかな・・・」


美園は胸の中に広がる寂しさを感じた。


「・・・そういう思いに美園自身が弄ばれちゃったんだよ」


奏空に言われて美園はハッとした。


「私自身が?」


「そうだよ。寂しい思いに弄ばれちゃって、朔君に助けを求めたんだね」


「・・・・・・」


「晴翔が自分の寂しさに弄ばれて、美園に助けを求めたのと同じだね」


「晴翔さんも?」


「そうだよ。晴翔も相当寂しくなってたからね」


「じゃあ、彼女の言うこと聞いて結婚すればよかったのに」


結婚の話しが別れの原因だったと聞いていた。


「それは晴翔が決めたことだから」


「結婚はしないって?」


「結婚はするだろうけど、今はしないって決めてるんだよ」


「ふうん・・・」


「美園は利成さんと同じで相当退屈してるみたいだけど、利成さんの真似は無理だからね」


「真似なんてしてないよ」


「利成さんは、そういう退屈から来る虚しさを女性とセックスすることで埋めてたんだよ。でも美園にはその真似はできないって意味だよ」


「私は虚しさをセックスで埋めたりしないよ」


「そうだね。でも今日のは?」


「今日は・・・」と美園は考えた。今日のはどうなんだろう・・・虚しかったのかな・・・。


「それやってると、永久に連鎖していくんだよ。このまま朔君とセックスをしていると、今度は美園が朔君を振って、朔君が今度は寂しさに弄ばれてしまうよね」


「・・・・・・」


「好きだからとか感情のことではないことを、感情からして満たされた気になってると、そういうことが起きてくる」


「感情のことではないの?」


「セックスは感情じゃないでしょ?」


「えー好きだからするんでしょ?」


「違うよ。するから好きになるんだよ」


「・・・じゃあ、奏空はセックスしたから咲良が好きになったの?」


「俺は好きだからだよ」


「意味わかんなーい」と美園は呆れ声を出した。


「セックスするのに理由を作って、誰彼構わずしないように工夫したんだろうね」


「誰が?」


「人間が」


「意味わかんない」


「動物が交尾する理由は?」


「それは子供作って途絶えないようにするため?」


「ブッブー。違います」と奏空が少し楽しそうに言う。


「じゃあ、何よ?」


「ただそうプログラミングされてるから」


「プログラミング?」


「そう。自動的にそうなるようになってるだけ。意図があるとしたら製作者の方にだね」


「製作者って誰よ?」


「それを人は神と呼ぶんだよ」


「神様が製作者ならどんな意図?」


「自動的に増やしたいからかも?」


「子供を?」


「そう。でもそれはわからないよ」


「何でわからないの?」


「俺は神じゃないから」


「もう、何かこんがらがる」


「そうでしょ?考えるとこんがらがるんだよ」


「じゃあ、今日のはどうしたらいいのよ?」


「自分のフィルターから出ないと・・・」


「それは利成さんがよく言うやつだよ」


「そうだね。自分のフィルターから相手を見てるうちは真実が見えないよ。それこそ退屈でしょ?そんなんだったら」


「そうだけど、じゃあ、咲良も何とかしてよ。フィルターどころかその存在も知らないテンプレ女だよ」


「んー・・・そこは徐々にね・・・」


「そんなことしてたら今世終わっちゃうよ」


「まあ、そうなったらそうなっただよ。利成さんがまだやる気みたいだし」


「ふうん・・・私はもうやめたいけど」


「じゃあ、尚更自分本位じゃやめれないよ」


「・・・はぁ・・・」と美園はため息をついてから「面倒・・・」と言った。


「朔君に関して一つだけ教えてあげるよ」と奏空が言ったので、美園は椅子にもたれていた身体を起こした。


「何、何?」と少しワクワクする。朔は日頃から不思議だと思っていたのだ。


「朔君は別な星から来た転生組だよ」


「宇宙人ってこと?」


「宇宙人っていうか・・・本来なら来なくてもいいところを来たんだよ」


「何で?」


「志願したから」


「何のために?」


「それはこれからの美園次第かな」


「えー・・・教えてよ」


「自分で気づかないと意味がないって言ったでしょ?」


「ケチ」と美園は唇を尖らせた。


「まあ、そういうことだからこの縁を楽しんで、けして朔君を弄んだりしないように」


「弄んでるのかな・・・」と美園はまた考えた。


「退屈だから付き合う・・・それを弄ぶと言うんだよ。利成さんを見たらわかるでしょ?」


そう言われて「あっ」と気が付く。


「利成さんこそ、完全に朔君で遊んでるよ」


「そうでしょ?朔君が宇宙人だってわかっててやってるんだから、タチ悪い」


「タチ悪いって?」


「宇宙人って表現にも語弊があるけど・・・まあ、その言い方がわかりやすいのかな・・・宇宙人には使命があるからね」


「使命?」


「そう。ただ来てない」


「じゃあ、何のため?」


「それは秘密」


「えー・・・また?」


奏空の話は楽しい。咲良とは大違いだと思う。


 


クリスマスが近づくある日、明希から朔の絵が売れたと報告が入った。今度も若い女性だという。どこが気に入ったの?と聞くと「可愛いのと何とも言えない懐かしい思いがわくから」と言ったという。


早速朔利成の家に行き、また同じく仕事部屋に通された。


「今回は八千円、そのままで売れたんだってね」と利成が言った。


朔と美園はこないだと同じく並んでソファに座っていた。


「はい・・・」と朔が嬉しそうに返事をした。


「何でだと思う?」と利成が聞いた。


「何で?」と朔が首を傾げた。


「八千円の前に朔君が設定したのは五千円だよね?でも実際は八千円でも売れたよね」


「はい・・・」


「何で?あの絵に八千円の価値があったの?」


利成がそう言ってさっき明希が持ってきてくれたコーヒーを一口飲んだ。


「・・・あの絵にはそんな価値ないと思います」と朔が答えた。


「そう?じゃあ、何でその女性は八千円出したの?」


「その・・・それはその女性の方に価値があったから・・・」


「女性の方?」と利成が続けて聞く。


「買う側の人があの絵に価値をつけたんであって、あの絵には価値はないです」


美園は思わず朔の顔を見た。そんなこと言うとは思わなかったのだ。


(へぇ・・・意外とわかってるんだ・・・)と美園は思った。


「そうだね。その通りだよ」と利成も言った。


朔もコーヒーに口をつけている。


「あの絵の作者は朔君だけど、じゃあ、作者には価値がある?」


「・・・それも同じで・・・」


「同じって?」と利成が楽しそうだ。


「僕には何の価値もないです」


「何で?君はあの絵を描いた作者なのに?」


「あの絵に価値をつけてくれた人はただ絵に自分自身を見ただけで・・・作者の絵が上手いとかヘタとか、価値があるとかないとか関係ないと思うから・・・」


美園はますます感心して朔を見た。普段の朔からは、こんなしっかりした答えを言うようには感じられなかった。


「そうか・・・」と利成が朔をじっと見つめた。それから「美園はどう?」と聞かれる。


「何が?」


「自分に価値があると思う?」


「・・・さあ・・・」


「わからない?」


「だって今の考えで言うと、誰にも価値がないような気がするし・・・でも、そんなことないでしょ?」


「そうだね」と利成がまた楽しそうに美園を見た。


朔がじっと利成を見ている。


「さあ、じゃあ、次のお題はどうしようか?」と利成が言う。


(もう完全に遊んでるな・・・)と美園は利成の楽しそうな顔を見た。


「朔君は何か描きたいものある?」と利成が聞いた。


朔は少し考えた後「・・・美園の抽象画・・・」と言った。


「そう。それはいいかもね・・・じゃあ、今度はまた油絵に戻そうか」と利成が言う。


「はい・・・」


「次の抽象画も売れたら、うちと契約しよう」


「え?」と朔が驚いている。


「描いた絵、持っといで。店に置くかネットで販売してあげる」


利成の言葉に朔が「ほんとに?!」と大きな声を出した。


「うん、ほんと」と利成が笑顔で答えた。


 


(よほど利成さん、朔が気に入ったんだな)と帰り道美園は思った。


朔はもう嬉しさで落ち着かない様子で、歩きながら歌を口ずさんだり、ひとり言を言ってみたり、ジャンプしてみたりしている。


「美園、うち来る?」


朔が元気よく言った。


「いいよ。でも遅いけど・・・」


時刻は午後六時半だ。


「いいよ、全然」と朔が楽しそうに言った。


 


朔の家は真っ暗で静まっていた。どうやら親は二人共仕事で帰ってきてないらしい。


「寒くてごめん」と朔が自分の部屋のストーブをつけた。


「いいよ、大丈夫」と美園はコートを着たままベッドに座った。


「またモデル・・・いい?」と朔が聞いてくる。


「いいも何も、利成さんと約束しちゃったじゃん」と美園は笑った。


「うん・・・ごめん、勝手に・・・」


「いいよ」


美園は朔を見つめた。今日の朔は普段見る朔とは全然違ったなと思っていると、朔が急にそばに来て身体をくっつけてきた。


「キス・・・していい?」と朔が聞いてくる。


「いいよ」と美園は目をつむった。


朔の唇が美園の唇を覆う。唾液をべったりつけてきてちょっと引く気持ちもあったが、美園はそのまま受け止めた。


(まあ、こういうのもいいのかな・・・)


キスをひとしきりすると、朔の手が太ももに伸びてきて撫でてきた。


「俺・・・美園が好きだ」と朔が言う。


それから朔は美園の顔をじっと見つめてきた。


「どうして?好きだと思う?」と美園は聞いてみた。


「・・・美園といると・・・幸せだから」


「そうなんだ・・・」


するといきなり押し倒された。それからまた唇を重ねてくる。


「朔、今日は最後までできないよ」と唇が離れると美園は言った。


「何で?」と朔は言う。


「親に注意されたんだよ」


そう言うと朔が困ったような顔をした。


「じゃあ、やっぱりあの時わかってたんだ・・・」


「そう。咲良がうるさいんだよ」


「・・・・・・」


朔が美園の下半身に移動してきてスカートをめくった。


「だからできないって」と美園がスカートを直そうとすると「最後までしないから」と朔が言う。


何をするのかと思って黙っていたら、太ももに口づけてきた。そして吸い上げたりなめたりしている。


(あーそうか・・・足フェチだった)


朔が足の付け根ギリギリのところを舐めてくる。


(何か感じちゃうな・・・)と美園はそのまま朔の唇の感触を感じていた。


しばらく朔が美園の足を撫でたり舐めたりしていたが、急に自分の身体を押し付けてきた。だいぶ朔の下半身が反応している。それを切なそうに美園の足にこすりつけてきた。美園の身体も反応していたが、やっぱりもし朔の両親が帰ってきたらと思うとできないなと思った。


「朔、手でやってあげようか?」と美園は言った。あまりにも身体をこすりつけてくるので、美園も切なくなったのだ。


「え?」と朔が驚いている。


「ズボン脱いで」


美園が言うと朔がズボンと下着を下ろした。物凄く反応している朔のを美園が握ると、朔がビクッと身体を震わせた。


「やりかたわからないからどうしたらいいか教えて」と美園が言うと、朔が自分の手を美園の手に添えてきた。


そのまま動かしていると朔が「あっ・・・もうダメだ」と言う。


「もう?」と美園はティッシュペーパーを探す。机の上にあったのを身体を伸ばして取った。朔が美園の手の中でイって身体をビクッと震わせた。


(あー何だか男子は大変だな・・・)とその様子を見て美園は思った。


 


帰る時、階下に朔の母親がいるようなので挨拶をしてから帰った。駅まで朔が送ってくれる。


「じゃあね」と美園は改札口の前で朔に手を振った。


「うん、じゃあね」と朔が明るい声を出す。


「年末はどこか行くの?」


「年末は・・・どこも行かない」


「そう。私も」と美園は言って笑顔を作った。


改札口通ってからもう一度振り返ると朔が手を振って来た。美園は手を振り返してホームに降りて行った。


(私って朔が好きなのかな?)


電車に揺られながら、やっぱりわかんないな・・・と美園は思った。

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