2/1話 救われた人
私はここに来るまでの道程を覚えていない。
ただ辛いことだけは、覚えてる。
最初は小さな事だった、体育の時間にたまたま私の蹴ったボールが、隣クラスの女子グループに当たってしまっただけだった。
それはもう謝った、、謝って謝って謝り通した。
でも相手が悪かったんだと思う。
私は知らなかったけど、隣クラスのあの子が、あんなにも人脈が広いだなんて、最初は。
「痛い思いしたんだからさぁ〜、責任とってよね?」
そんな事を言いながらお金を払わされた。
生憎、部活もして無い私はバイトをしていて、母のお金を盗む、何て事はしなくて済んだ。
今考えれば高校2年間、私は彼女の為に働いていたと思う、日々化粧の質が良くなる彼女、心做しか彼女の彼氏の財布も高い物に変わっていたと思う。
自分のクラスでは私のカーストは低くは無かった、でもあの日以降、友達は目を合わせてくれなくなった。
カラオケに連れてかれた。
勿論奢った。
粉を運ぶ仕事を紹介された。
勿論頑張った。
放課後に呼び出された。
彼氏と喧嘩したらしい、相談はいいんだけど、なぜ自分が殴られてるのかは理解出来なかった。
勿論母親には言っていない、うちの家庭は片親で心配なんかかけたら、ただでさえ疲れてる母に負担を増やしてしまうから。
私はお風呂が嫌いになった。
クラスに私が入ると、ザワついていたクラスが一瞬静かになってしまう、なので私は1日の殆どをトイレで過ごす、それでもすぐ見付かってしまってずぶ濡れにされてしまうけど。
気ずけば毎日使っている自転車も、無くなっていた。
「最近、朝早くに学校へ行くのね〜」
母にそう尋ねられ、肩がビクつく。
「ぶ..部活にはいったから!朝練だよ〜」
早くに外へ出ないと、歩きでは到底間に合わないからだ。
桜の木に私を昇らせた彼女達は、降りれなくなった私を、フォルダに撮り残して、教室へ戻って行く。
勿論降りる時、捻挫した。
体育倉庫に頼まれ事を先生から受け持った私は、中に入る途端鍵を締められた、小窓から見えるその子は同じクラスの元友達だった。
勿論熱中症にもなった。
落ち葉ってパリパリした食感で、虫が入ってるとタンパク質もとれるんだよ?
勿論お腹を下した。
寒中水泳は身体にいいらしい。
私はその後手袋が外せなくなった。
勿論指先が壊死したからだ。
母は聞く
「学校は楽しい?」
勿論楽しいよ
ーーー母親はーーー
死んだ。
過労死だったらしい、
母は綺麗だった。
朝は清掃で、夕方はレジ打ち。
私には言わなかったが、夜は綺麗な格好をして外出していた。
休みの日にも単発でバイトを入れ、私の学費を払ってくれていた、過労死も当然の仕事量だ。
バイトしていたのに、学費も生活費も払ってあげてなかった。
ここ2年間、母に花の1本も買ってあげただろうか。
悲しいはずなのに、亡骸の母を前に泣けない自分が嫌いになり、攻めてもの抵抗で、唇から血を流す。
家に帰ると、今朝作った母のお弁当の残りが、机に置かれている。
(帰ったらお腹空くと思うから、これ食べちゃっていいからね!部活お疲れ様!!)
私は部活なんかしていない、捻挫したのも、熱中症で倒れたのも部活をしていたからじゃない。
食中毒も、「放置したポカリを間違えて飲んだ」なんか言ったけどそれも嘘。
風邪ひいたのだって偶然じゃない。
お金だって欲しいものがあるから貯金してるなんて行ったけど、キャシュカードも取られちゃった...
私は母が居たから、正気を保ってられたのだと初めて気づいた。
保険会社から電話がかかる。
母が自分にかけていた保険金の話だ。
お金の話だから大事なのは分かるけど、保険の説明一つ一つが、お前の母は死んだんだと聞かされているようで、私は終始無言だった。
2ヶ月後、久しぶりに学校へ登校する。
「あ〜久しぶりじゃ〜ん」
私を見つけた彼女達が、ぞろぞろと近ずいてきた。
今までと同じ事をされると思う、何も変わらない、せめてお母さんの残してくれたお金で学校はちゃんと卒業しようと、残り1年を耐え抜く決心した。
「あんたの母親死んだんだって〜
娘がこんな目にあってんのに先に死ぬとか(笑)
母親失格じゃない?まじウケる」
母を馬鹿にされたのは初めてだった....と、思う。
あの時物凄く嫌悪感が込み上げたから多分初めて。
私は初めて彼女を打った...不思議と清々しい気持ちには鳴らなかった、その後すぐ足の震えが止まらなくなったからだ。
「ね...放課後来て欲しい場所あるから、待っててね」
そう言うと彼女達は仲間を引連れ教室へ戻って行った。
正直死を覚悟していた、やっと1年耐えぬこうと決意が固まった所だったのに、母への言葉など無視すれば良かったのに。
ーーー私は小さな倉庫に案内された
そこには既に人が居て、彼女以外にも、女の子が4人、男の子が5人。
計10人ぐらいだろうか。
入った途端私は男の子達に取り押さえられる。
「結構可愛い子じゃん」
「なに?浮気?」
「ちげぇって」
そんな事を話していたと思う。
それから何があったかはあまり覚えていない、倉庫の隅にあった時計は、もう5時間位すぎていたと思う。
以前までは見えない箇所への暴力しか無かった、きっと彼女達も親が出てきては面倒だったのだ、だけどもう母は居ない、後ろ盾が無くなった私の顔はもう私ではなかった。
ただ寒くて痛くて、服が欲しかった。
落ちている半田ごてに電源を入れ、微かな暖を取ろうと工夫する。
「帰ろう」
一体私の帰る場所はあるのか?
それでも私はあの母と過ごした家へ赤い半田ごてだけを持って帰る。
次の日の金曜、私は学校を休んだ。
初めて休んでしまった、2年間皆勤賞の座は譲らなかったと言うのに、でももうそんな事はどうでも良くなっていた。
土曜日になって家に居るのが辛くなる、母の残してくれたお弁当の残りにも手がつけられず、変色し色が変わってきている。
日曜、出かけることにした、家にはハエも集っているし臭いしで居たくなかったからだ。
予備の制服に着替え、私は街に出た。
駅を降りて直ぐに見つけたマンションに足を運ぶ。
とりあえず目に付いた階段を上る、何段登ったのかも分からないが、取り敢えず行けるところまで進み、最上階と思われる場所まで来た。
手すりに上り、足をかけ、石壁の上へ私は立つ。
「ここ5階ですけど...死ねそうですか?」
そう問われる、
(そっか、ここ5階だったんだ)