④おしまいの後の物語
こんばんは。
最後までお楽しみください。
「ユスー、ユス起きて」
一階から声がする。少し明るくなった部屋の中、布団に丸まったユスティは不満そうに顔を出した。
「今日はお休みの日だよー」
「わかってるけど、そろそろ起きて」
すぐ隣で声がした。紫色の瞳が少女を見ていた。
「びっくりしたぁ」
「ノックしたよ?」
「ほんと?」
「さあ」
「あ、嘘だ。絶対嘘だ。鳴ってないもん。私、起きてたからわかる」
「ノックしました」
「してない。頑固者め」
「しばらくしたら本当になると思って」
「なんでもかんでも真実にしようとするんじゃないぞ」
ユスティは脱いだパジャマを放り投げた。
「こら、年頃の女の子が下着だけとは何事だ」
「誰が困るの?」
「いつかきみが困るよ」
「いつかのことは、今はわからないからだいじょーぶ」
私服に着替えるユスティから目を逸らしつつ、フォルトゥナは頭を悩ませる。
「手のかかる娘だよ」
「いつの間に親になったのかな?」
「ユス、朝ごはんできてるよ」
「食べる!」
元気よく階段をおりていく彼女を見送り、フォルトゥナはパジャマを畳み、布団を整える。あれ、ぬいぐるみがない。
「なんで窓にいるのかな」
吹き飛ばすにしても限度があるだろうに。ひっくり返っているうさぎのぬいぐるみをベッドに置き、一階へ。
既に着席している彼女に続き、フォルトゥナも手を合わせた。
「いただきます」
二人の声がリビングに響く。いつもより少しだけ遅い朝食。今日は、お店はお休み。それぞれ自由に過ごすこともあれば、二人で出かけることもある。でも、食事は必ず一緒にとる。これは、ユスティが最初に言ってきた『お願い』だった。
「家族みたいじゃない?」
そんな風に言うので、フォルトゥナは手作りのジャムを渡しながらこう答える。
「家族じゃないけどね」
傷つくわけでもなく、むしろ彼女は嬉しそうに笑う。
「でも、結構いい感じじゃない?」
楽しそうな少女に水を差すほど、フォルトゥナは落ちてはいない。
「悪くないね」
そうして、また穏やかな日が始まる。
「ねえ、昨日、ペルグランデの商人が装飾品を売っていったんだって。一緒に見に行かない?」
「装飾品か。見るのは構わないけど、無駄遣いはだめだよ」
「それは値段によるかなぁ」
フォルトゥナはトーストを一口。はちみつで描いた鳥の形がわずかに崩れる。
どんなものがあるのかな。鳥のモチーフがあったら嬉しい。そんなことを口にするユスティが少しだけ意外だった。これまで、家に飾り付けるものを買うことはあっても、自分が着飾る為のものを買ったことはなかった。欲しいと言ったことすらなかったのだ。
ぬいぐるみも高いものではない。店が開いている時は制服だし、出かけることも少ないので私服もあまりない。
物欲のない子だと思っていたけれど、我慢していただけかもしれない。フォルトゥナはふと思った。無理をさせてしまったかな。
「一つくらいならいいよ」
「へっ? どうしたの、熱?」
「わたしは人間と違うから病気しないよ。多分」
「じゃあ、なんで」
新鮮な野菜を食べるユスティを眺め、くすりと笑った。
「なんでもない」
「嘘だよ」
「これもそのうち、本当になるよ」
「私は嘘だってわかってるからね。騙されないよ」
「頑張ってね」
「言われなくても」
むすっとした顔で野菜にかぶりつくユスティ。にんじんに顔をしかめつつも、残すまいと必死に咀嚼している。変な顔だ。
次はもう少し火を通してあげよう。甘い方がこどもはよく食べるとお客様に聞いたことがある。
スープに入れたスプーンを回しながら、フォルトゥナは口を開く。
「装飾品だけどね、きみは耳飾りなんか似合うと思うよ」
「んえ?」
にんじんと戦っていた気高き勇者は眉をしかめる。
「耳飾り?」
「そう。ペルグランデでは、イヤリングと呼ばれているらしい」
「相変わらず、あそこはオシャレな言い方をするよね」
「流行りものもいいけれど、好きなものが一番だよ」
「いいこと言うじゃん」
「まあね」
無事、にんじんに勝利した勇者は素敵な笑顔でピースした。これは『褒めろ』という顔だな。
「偉い偉い」
「でしょ」
「これをあげようね」
フォルトゥナは自分の皿からいちごを移した。
「いいの?」
「こどもは甘いものが好きらしい」
「フォルだって好きじゃん」
「年齢は関係ないからね」
「言っていることがめちゃ早で矛盾したけど、大丈夫?」
「大丈夫。ここにはわたしときみしかいないから」
「それもそうだ」
嬉しそうにいちごを口に放り込み、もぐもぐと食べている姿はさながらリス。ユスはリスを知らなかったかな。見せてあげたいけれど、定住地があるのは便利なようで不便かもしれない。彼女が望んだら、旅行というイベントも考えてみよう。
「フォル、楽しそうだね」
「そう? いつもと同じだよ」
「いいことだ」
彼女は何度も頷き、「ごちそうさま」と手を合わせた。
「準備してくるね。二十分後に出発でいい?」
「いいよ。明日は雨が降るらしいから、洗濯物を干してから行くね」
ユスティは自室に戻り、鞄の中身を確認する。問題なし。フォルトゥナがお皿を洗ってくれている間、店主として掃除でもしておこう。しんと静まった店内の中を、ほうきでさっさと掃いていく。見事な仕事だと皆が口を揃えるだろう。全然汚れていないけれど、やったという事実が大切なのだ。
言い聞かせながら、ユスティは先ほどのことを思い出した。魔王城にいた時とはまるで違う彼女に、平和の姿を見た。魔物が蔓延り、命の危険を感じながら生きてきた人間たち。平和など、どこにもない世界の中で、悪の頂点にいるはずの魔王も人間と同じ顔をしていた。
それが、今はどうだろう? ああ、平和とはいいものだ。今日の予定を立てることも、明日の天気を考えることも、まるで当然のこと。
物語は魔王を倒しておしまい。でも、私たちはそのあとも生きていくのだから、守っていかなければ。蛇足と呼ばれるような、ただ平和な毎日を。
「それにしても、フォルが装飾品に許可を出すとは思わなかったな。もしかして、だから明日は雨なのか?」
大層失礼なことを言いながら、当の本人は世紀の大発見という様子。
「何色にしようかな。せっかくだし、フォルにも買ってあげよう。お揃いの装飾品とか素敵じゃない?」
家族みたいで、家族じゃない私たち。この関係を表す表現は今のところわからないけれど、悪いものではないだろう。
なにせ、この世界に平和をもたらしたコンビなのだから。
「いやぁ、やっぱり平和が一番――」
ほうきを手に酔いしれていたユスティは、突然のノックに言葉を止めた。
「ありゃ、お客様かな」
看板は『クローズ』にしているはずだが、とりあえずノックをする客も多い。あわよくば、という魂胆である。魔物退治などの急ぎの用の場合もある。ユスティは「ちょっと待ってね」と鍵を開けた。
「おはようございます、ご用件はな……に……」
ユスティはぱちくりと目を開く。
「久しぶり、ユスティ。元気にしてた?」
お休み処『ワンス・アポン・ア・タイム』。それは、魔王を倒した勇者と、勇者にスカウトされた見知らぬ少女が経営する休憩所。
そこには、毎日誰かがやってくる。
何かの目的を持ったり持たなかったりする旅人。
町から町へ商品を運ぶ行商人。
そして、勇者を知るかつての人。
「あなたは――」
今日も、誰かがやってくる。
めでたしが訪れた平和な世界、おしまいの後に紡がれる物語は、まだ終わらない。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
『まだ終わらない』といっていますが、終わりです。
楽しんでいただけたらうれしいです。もしよろしければ、評価やコメントなどぜひ。
ご縁がありましたら、天目の他作品もぜひどうぞ。
またお会いできるのを楽しみにしております。