➁『めでたし』の後の世界
こんばんは。
第2話もお楽しみください。
かつて、世界には魔王とその配下が存在し、人々を恐怖に陥れていた。配下は魔物と呼ばれ、魔王の命令で世界を壊したという。その中でも、四天王と称される四人の魔物は絶望を具現化した存在だった。彼らの強さから、姿も知らぬ魔王の力を想像した時、世界は闇に包まれただろう。
平和が欲しい。人々は願った。魔物を倒し、悪の根源である魔王を討伐するべく、人間たちは『勇者』を求めた。これまで、何人もの勇者が悪に挑み、散っていった。しかし、彼らがもたらした平和の芽は少しずつ広がり、次の世代へと繋がっていく。いつか花を咲かせることを祈って。
そして、『いつか』は訪れた。とある勇者により、魔王が討たれたのだ。既に四天王が破れたことで、人間たちは『あと少し』と活気にあふれていた。その中での吉報だった。
残る魔物を倒せば、世界に本当の平和がやってくる。待ち望んだ夜明けの第一歩が伝えられた日、セントラル上空に神の姿があったという。あっという間に伝説になった出来事は、遥か遠い地に住む人々にも希望を与えることとなる。
「そんなの見た覚えがないや」
「ユス、寝てたもんね」
「だって、魔王城からセントラルまで遠くて……」
開店してすぐ、ユスティは椅子に座ってのんびりしていた。柔らかな日差しを浴びながら、あくびをする。
「寝ちゃだめだよ」
「村の様子を見てるだけ」
「今日は荷馬車が少ないね」
「ぺルグランデで遊んでいるんじゃない?」
「ユスじゃないんだから」
「どういうことだこらー」
小さな争いを仲裁するように、鳥が羽ばたいていく。フォルトゥナも椅子に腰かけ、行き交う人々を眺めた。
二人が住むオルニスの村は、大きな町を繋ぐ街道の真ん中に位置している。整備され、多くの人々が通る街道を逸れると魔物が出る為、彼らは皆、オルニスを中継地点として旅をしていた。
オルニスの東には中央都市セントラルがある。ユス曰く、「なんかめっちゃ偉い人がたくさんいるらしい」。勇者に路銀を渡したり、基本の旅装備を準備したり、様々な援助をしてくれるパトロンが多い。中には、かつての勇者の一族もいるらしいが、ユスティはあまり興味がなかった。パトロンに会うこともなく、彼女はひとりで出立した。
オルニスの西には交易都市ペルグランデがある。ユス曰く、「なんかめっちゃ栄えていて楽しいところ。一瞬でお金なくなる」。世界中の流行や文化が集まり、また発信される場所でもある。噂では、ペルグランデに住むことが夢という若者が増えているらしい。しかし、ユスティはこちらも興味がなく、田舎の小さな村に家を建てた。
多くの旅人や行商人が行き交うとはいえ、都市に比べて娯楽施設は皆無。ここでいいのかと何度も問うたが、ユスティは「平和でいいね」と言うだけだった。
中継地点であるオルニスの村は、様々な店で構成されている。食糧を売る店、食事をする店、衣服を売る店、装備を売る店、病院、情報屋、護衛を商売にする人もいる。『とりあえずオルニスの村まで行けばいい』と言われるほど、ここは商売で成り立っている。
その中で、ユスティとフォルトゥナが経営するのはお休み処。ただ休憩するだけならお金は不要。求められれば食事の提供や傷の手当ても行う。いわゆる何でも屋なのが『ワンス・アポン・ア・タイム』である。店主はユスティ。フォルトゥナは店員。不定休で営業中。
とはいえ、小さな村であっても設備は充実している。わざわざお休み処を利用する客も少ない。もちろん、ユスティはそれをわかって選んだのだが、彼女には武器があった。それは。
「こんにちは。噂を聞いて来てみたのだけれど、ここが、勇者がやっているというお店?」
「いらっしゃいませ~。そうですよ。ご来店ありがとうございます」
旅人の女性がユスティを見て、手を差し出した。
「魔王を倒した勇者と会えるなんて光栄だわ」
ユスティは手を握った。
「いえいえ、とんでもないです」
ちらりと隣を見る。素知らぬ顔をしているフォルトゥナは、内心どう思っているのだろう。彼女の心情を考えることも楽しみのひとつだった。
「せっかくだし、お茶をいただいてもいいかしら?」
「ぜひぜひ。フォル~、一名様ごあんなーい」
「見えてるよ」
腰の重いユスティにかわり、フォルトゥナが席へと誘う。女性はくすくすと笑いながら店内へと入っていった。椅子に座ったままのユスティは視線を感じ、仕方なく立ち上がった。しょうがないなぁ。
店内キッチンでフォルトゥナが準備をする間、お客様の対応をするのはユスティの仕事であることが多い。勇者目当てにやってくる客が大半な為、自然なことだった。
女性は店内を見回しながら、『あらっ』と嬉しそうに口角を上げた。
「あの剣って、もしかして?」
ユスティは若干、大袈裟に頷いた。
「はい。魔王を倒した剣です」
「やっぱり! 生で見られるなんて!」
「あっちに飾ってあるのは、勇者として旅をした時のマントです。魔物と戦った時の傷跡が残っています」
「かっこいいわぁ……」
うっとりとした表情の女性。ユスティは心の中で手ごたえを感じた。キッチンから彼女を呼ぶ声がする。
「お茶ができたようです。お持ちしますね」
「ありがとう。お願いします」
軽やかにフォルトゥナの元へ向かうと、呆れた顔をした彼女がプレートにお茶とケーキを乗せて待っていた。受け取りながら言いたいことを察する。
「これも私の仕事だよ?」
「別に何も言ってないけれど」
「だって、『嘘ばっかり』って顔しているから」
「事実でしょ」
「嘘もつき続ければ真実になる……かもしれないってね」
「どうだか」
懐疑的な様子を装う彼女だが、実のところ、ユスティの言葉を疑うことはない。彼女が嘘によってもたらした平和を知っているからだけではない。
『フォルトゥナ』が、彼女の嘘の中で生きているからである。
「勇者の剣も、勇者の戦いの証も、ぜんぶ平和の象徴になっていく。私が言うのもなんだけど、案外、真実なんてどうでもいいんだよ」
ユスティは落とさないようにプレートを持つ。こぼれそうになったお茶にフォルトゥナは冷や汗をかいた。
「世界は平和になった。それが大事。おとぎ話のめでたしの後を知ろうとする人はあんまりいないでしょ?」
「そうかもね」
「役目を終えた勇者のその後なんて、誰も見てはいないんだよ。……爆発した魔王城から消えた魔王のこともね」
ユスティは楽しそうにつぶやいた。あの時のことを思い出しているのだろうとフォルトゥナは思う。たしかに、あれは派手で、衝撃的で、楽しかった。
「お待たせしました~」
「あら! とっても美味しそうねぇ」
「私のおすすめなんです」
「嬉しいわ。いただきます。……ほんと! とっても美味しい!」
「やった~。嬉しいからお値段安くしちゃお」
「あらっ! 大丈夫?」
「いーのいーの。出会いは一期一会と言いますから」
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら」
「お勘定の時は私を呼んでくださいね。あっちの店員は真面目だから、定価にされちゃう」
「あらあら、うふふ」
真面目な店員からの鋭い視線も気にせず、ユスティは「ごゆっくり」と店先の椅子に戻っていく。客に見えないよう、キッチンで深いため息をつくフォルトゥナは頭を悩ませた。ただでさえお客様の少ないお休み処。生きていく為にも、お金はなるべく取るべきなのに……。人間とは異なる生物である魔王は、食事や睡眠をしなくても死にはしない。しかし、ただの少女であるユスは食事が絶対に必要。成長期だし。
物欲もあるだろうし、お金に対する多少の執着は生存本能に付随すると思うのだけれど、彼女はどうも違うらしい。困った店主様だ。
ペルグランデからの商人がたくさん来ることを祈っていると、女性がこちらを見ているのに気がついた。近寄ると、座るように合図される。
「せっかくだから、真面目な店員さんともお話しておきたくて」
「ユスみたいな面白い話はできませんよ」
「いいのよ。質問しても?」
フォルトゥナは頷いて腰かけた。
「勇者の女の子と一緒に働いている理由ってなあに?」
「誘われたんです。一緒に店をやらないかと」
「素敵ね。もしかして、勇者パーティーの一員だったのかしら」
フォルトゥナは笑った。思わず、の笑みである。
「違いますよ。わたしは……、家事が得意だったから」
ユスが何も出来なさすぎる気もするけれど、それは黙っておいてあげよう。
「ねえねえ、二人はどこで出会ったの?」
「どこで……。わたしの家ですかね」
「あら、おうちで! そこでスカウトされちゃったわけね!」
「それもありますが、他にも理由はあって」
「理由?」
フォルトゥナは過去を思い出す。わたしに手を差し伸べた勇者。とんでもない提案をしてきた勇者。名もなき魔王に運命を与えた勇者。
――魔王が嫌なら辞めちゃえばいいよ。私、魔王討伐の報酬で店を開こうと思ってるんだ。一緒にやらない?
剣を握っているはずの手で、彼女はわたしの手を取った。そして、平和をもたらす嘘をつく為、こう言った。
――魔王城を壊して。
そして、魔王は気の遠くなる時間を過ごした魔王城を爆破した。恐怖の象徴だったものは粉々に砕け、四方に散った。勇者の言葉を実現させた魔王は、彼女とともに離れた地からその様子を眺めた。今でも思い出す。
「すごーい」
無邪気なこどものように笑顔を浮かべ、「これで魔王は死にました」とおとぎ話の幕を下ろした少女のことを。
「あなたは、いまこの瞬間から『フォルトゥナ』だよ。よろしくね、フォル」
そう言って、人ならざる存在の運命を動かした。実にあっけなく、誰も信じないようなおとぎ話の終わり。
めでたし、めでたし。絵本の最後のページから始まった、語られることのないわたしたちの物語。
フォルトゥナは心の中で微笑んだ。仕方がない。元魔王として、とっても悪い嘘に加担してあげよう。
「とんでもない存在に家を壊されてしまって」
「おうちを⁉ なんてこと」
「帰る場所がなくなったので、勇者についていくことにしたんです」
「なるほどねぇ。波乱万丈な人生だったのね!」
「そうして、勇者は魔王を討伐して、偉い人からもらったお金でお店を開いたというわけです」
「めでたし、めでたしね!」
旅人の女性にとっては、数ある物語の中のひとつ。ほんの少し珍しい程度のよくある話。まあ、上出来だろう。お客様を楽しませるのも店員の仕事なのだから。
店の外で話を聞いていたユスティは、のんびりと日差しを浴びながら小さく笑っていた。今後、誰にも語ることのない勇者と魔王の物語。形に残ることなく消えていくとしても構わなかった。いま、こうして生きていることが何よりの証明だとわかっていた。
今日も平和な一日になりそう。売り上げはなさそうだけれど。そんなことを思ってくつろいでいた時だった。
足音が聴こえ、お客様だと思ったユスティは目を開ける。いつも綺麗な花を見つけてはプレゼントしてくれる村の幼子だった。
「いらっしゃい、パレンティア。今日も元気そうで――」
言葉を止めたユスティ。走ってくる少女の顔がいつもの可愛らしいものではないと気づいたのだ。
「ユス姉、助けて!」
「どうしたの?」
息をきらした少女に駆け寄り、まっすぐ目を合わせる。店内で、異変を察知したフォルトゥナが目を光らせた。
「村のすぐ近くまで来ていたペルグランデの荷馬車が魔物に襲われてるの! 護衛隊が助けにいったけど、数が多くてケガ人も出てるって聞いて、わたし……!」
泣きそうな顔で訴える少女を、ユスティは抱きしめた。パレンティアの父は護衛隊の隊長。この時も戦っているはずだった。
「お父さん、だいじょうぶかなぁ……?」
「大丈夫」
揺るぎない声に、少女は涙を流すことも忘れて彼女を見た。美しい金色の瞳がそこにはあった。しっかりと頷き、パレンティアを旅人の女性に預ける。
「お願いします」
「えぇ。任せて。あなたは行くのね」
「はい」
ユスティは飾りと化していた剣を取り、服を着た。紛れもない勇者の姿だった。
既に準備を終えたフォルトゥナが無言で待っている。
「それじゃあ、行ってきます」
「気をつけて」
店を飛び出したユスティの隣にはフォルトゥナ。駆けていく二人の少女の背を見つめながら、女性は小さく息をはいた。
「噂は本当だったのね」
「うわさ?」
勇敢な後ろ姿を目に焼き付ける少女が問う。
「そう。『めでたし』の後を守る二人の少女たちの噂よ」
お読みいただきありがとうございました。
第3話もお楽しみください。