①ワンス・アポン・ア・タイム
こんばんは、天目兎々と申します。
初めましての方は初めまして。いつも読んでくださっている方はありがとうございます。
平和になった世界が舞台の、少女たちの物語。のんびりまったりお読みください。
朝。太陽の光が部屋に差し込む頃、黒色の髪を揺らしながらその人は起きる。カーテンを全開にし、光に照らされて眩しそうに目を細めた。パジャマを脱ぎ、お店の服に着替えると、寝ぐせはそのままに部屋を出た。
隣。扉をノックするが、返答はない。いつものことである。気にせず開け、薄暗い部屋に光を取り込む。己の意思とは裏腹に開けられたカーテンに異議を唱える人は、まだ布団の中で眠っているようだった。
丸くなった布団からは透き通るような白髪が覗き、太陽に照らされてきらきら輝いているように見えた。
きれいだなぁ。見つめる人はそんな風に思いながら、口には出さない。代わりに、
「起きて、朝だよ」
朝に弱い相棒を揺らした。布団の中から声にならない声が発せられた。おそらく、『起きている』と言いたいのだろうが、言葉と行動が一致していない。これも、いつものこと。
何度揺らしてもうめき声のみ。一定の時間が経過すると、次の作戦へと移る。それすなわち、必勝法である。
「起きて、勇者」
「その呼び方しないでって言ってるでしょ」
布団から顔を出し、抗議の意を表すが、思惑に嵌ったことを察してため息をついた。
「起きたね」
「起きたよ」
「名前を使った魔法があるから、気を遣ったつもりなんだけど」
「戦うわけじゃないんだから、名前で呼んで」
のそりと起き上がり、紫色の瞳を見る。紫色の瞳は、金色の瞳を見た。
「おはよう、ユス」
「おはよう、フォル」
「相変わらず朝に弱いね」
「フォルが強いだけだと思う」
ユスと呼ばれた少女は口元に笑みを浮かべた。
「おいで」
あくびをしながらベッド脇のテーブルからくしを取った。手招きし、隣に座らせる。
「あとでいいのに」
「これが私の朝のルーティンだから」
「物好きだね」
そう言いつつも、フォルトゥナは大人しく腰を下ろす。寝ぐせを直し、腰まである髪を丁寧にとかしていく。顔は見えないが、ユスティが穏やかな表情を浮かべていることを知っている。それゆえ、忙しい朝でもフォルトゥナは黙って身を任せるのだった。
黒色の髪を二つに分け、頬の下あたりで結ぶ。これがユスティのお気に入りだった。
「できたよ」
「ありがとう。でもこれ、何度見てもわたしには似合わないような気がする」
「なんで?」
「ユスみたいな年若い少女がする髪型でしょ」
「わかってないなぁ」
伸びをし、自分の身支度に取り掛かるユスティは、フォルトゥナがいるのも気にせずにパジャマを脱ぎ捨てた。
「どこからどう見てもただの村娘。お店の服も、髪型も、見た目……は元からだけど」
ねぼすけが嘘のように、あっという間に着替えを終えたユスティ。肩までの白髪を鏡で軽く整え、小さく頷いて振り返った。
「一体誰が、あなたを魔王だと思う?」
パジャマを畳んでいたフォルトゥナは笑みをこぼす。
「まさか、勇者と一緒にいるとは思わないだろうね」
「真実は意外なところにあるというし」
「行商人も、勇者と魔王がお店をやっているとは思っていないだろうね」
「元、ね。大事なことだよ」
「そうだった」
ぐちゃぐちゃになった布団も綺麗にし、畳んだパジャマをその上に乗せる。そこまで終わり、ユスティの朝支度は済んだといえる。彼女の寝相の餌食になり、床に散乱してしまったぬいぐるみを手に取って並べる。フォルトゥナの朝の仕事のひとつが終わった。
彼女を起こすことも、パジャマを畳むことも、特に苦ではない。しかし、フォルトゥナには不満があった。
わたしの目の前で下着になるのはやめてくれないかな。
十七歳という若さでありながら、彼女はどこか危機感が薄い。いくら少女の姿をしているとはいえ、元魔王なのだけれど……と思わずにはいられない。
フォルトゥナはやれやれと首を振る。教育の使命に芽生えそうだ。
寝室のある二階からおり、二人はリビングにやってきた。まっすぐキッチンに向かうフォルトゥナは、眠そうに目をこするユスティに仕事を課す。
「すぐ朝ごはんにするから、ユスは掃除おねがい」
「ええー……」
「店の主が文句言わない」
「主権限でサボっちゃだめ?」
「仕事して」
「フォルちゃんきびしい……」
とぼとぼとほうきを持ち、外へ出て行くユスティ。掃除といっても、特に汚れているわけではない。気持ちと形だけである。
あくびを繰り返し、やけにのんびりとした動作でほうきを掃いている姿を想像しながら、フォルトゥナは慣れたてつきで朝食の用意を進める。食事はフォルトゥナの担当なのだ。というのも、包丁でケガ寸前、フライパンで火事寸前、お皿で大惨事寸前という惨状を目の当たりにした為、当然の結果といえた。
ちなみに、洗濯や皿洗い、片づけもフォルトゥナがやっている。そのうち教えようと思いながら、なんだかんだでこうなってしまった。だって、ユスがやると大変なことになるから……。
焼き上がった目玉焼きをお皿に乗せ、野菜をトッピング。ソーセージは二本ずつ。今日のスープはポタージュで、トースターには熱々のパン。あとはりんごを切って、飲み物はオレンジジュースにしよう。もちろん、果汁は百パーセント。
こんがり焼けたトーストの上に、はちみつでうさぎのマークを描く。ほんの気まぐれでやったところ、ユスティがとても喜んでくれたのを覚えている。以来、トーストを出す日は必ず描くようになった。
自分の分には猫のマークを描いた。ユスティだけだと、なぜか悲しそうな顔をするためだ。繊細な年齢の人の子は難しいと、フォルトゥナは思うのだった。
「ユス、ご飯できたよ」
「はーい」
扉を開け、サボり魔を呼ぶ。案の定、店先にある椅子に座ってひなたぼっこをしていたユスティがほうきを放り出して戻ってきた。ほうきを回収し、しかるべき場所に収納する。
二人が向き合い、朝ごはんを食べる。これも、いつもの光景だった。嬉しそうにトーストを頬張るユスティを見ながら、フォルトゥナは小さく微笑む。長く生きてきて、まさか子育てをするとは思わなかった。そんなことを言えば、きっとユスは怒るだろうけれど。
彼女の食べっぷりから考え、今日の料理も問題ないことがわかると、フォルトゥナはしばらく前から己の『家』になった建物を眺めた。
二人で暮らすには少しだけ広い家。ユスティが開いたお店と併設された一軒家は、彼女好みに彩られていた。植物が置かれ、優しい緑色が空気を浄化する。いたるところに出現するぬいぐるみには困ったものだが、家主は彼女なので文句は言えまい。家具はもらったものが多く、ユスティ曰く使いやすければなんでもいいらしい。こだわりがあるような、ないような人だ。
勇者だった頃を思わせる物は何もない。少なくとも、ここには。
「ごちそうさまでした」
「お腹はいっぱいになった?」
「うん。美味しかった」
「それならよかった」
フォルトゥナは片づけに入る。ユスティはソファーに寝そべって水の音を聴いていた。手伝いたい気持ちはあるものの、満腹ゆえ動けない。というのは半分嘘で、手伝おうとすると、フォルトゥナが真っ青な顔をするので大人しくしているだけだった。私、そこまで破壊神じゃないんだけれど。
ぬいぐるみを抱きしめ、目を閉じて穏やかな時間を味わう。時計の針がカチコチと進む音が鮮明に聴こえた。もうすぐ開店。私の大仕事が待っている。
「ユス、そろそろ」
「うう~ん……?」
皿洗いを終えて見に来てみれば、店主は開店前に眠っていた。なんということだ。
「ユス」
「起きまーす……、たぶん……」
「ユスティ」
「お、起きる起きる」
声色の変わったフォルトゥナに、慌てて飛び起きたユスティ。自宅から店に繋がっている通路を歩きながら、「ごめんって」と謝った。
「時間ぎりぎりだよ」
「まだセーフ」
「まったくもう」
窓を開け、風と光を入れる。店内の様子を確かめ、フォルトゥナは頷いた。それを見て、ユスティは鍵を開ける。両開きの引き戸を盛大に開けた。最後に、一番大切なものを。
小さな椅子に置かれている『クローズ』の看板。どれもこれも手作りした思い出の品だった。ユスティは看板をひっくり返し、満足そうに頷いた。
「お休み処『ワンス・アポン・ア・タイム』開店です」
お読みいただきありがとうございました。
第2話もお楽しみください。