悪女と蘇りの指輪
「先生、どこに…」
ゾーイは開きかけた扉を恐る恐る押す。
斜めにかけたショルダーバッグのストラップをぎゅっと握った時、何か違和感を覚えた。
部屋には明かりがついておらず、階段上の明かりが辛うじて入り口付近のみ照らしている。
(中に誰かいる)
その事に気が付いたゾーイは、全身の毛が逆立つように感じた。
「ヴァレンティン…じゃない…わね」
「あら、もう名前で呼び合う仲なの?晴れて思いが通じ合ったってわけ?ずるいわねぇ。」
静かな部屋の中から、地を這うような声が聞こえた。
「ベラ…」
コツコツとヒールの音を響かせながら、ベラは歩み寄ってきた。
彼女の恰好は、消えた時のままだ。
「あなた…やっぱりまだ生きていたのね。」
「当然でしょう?私は特別な存在なの。どんな逆境の中にあろうと、最後は私が全てを掴むのよ。」
クスクスと笑っているベラは、青白い顔を軽く傾げると艶を失った髪がハラリと肩から落ちた。
「でもひどいじゃない。あなたが私を生き返らせたんでしょう?今度は私が死ねば良かったと思っているのね。なんて自分勝手で利己的なんでしょう。」
ギュっと唇を噛む。
「あなたを蘇らせたのは間違いだった。」
毅然としたゾーイの言葉に、酷く顔を歪めるベラ。
「あなたがどうとかいう事では無くて、人の命を軽く見るような行為が間違いだった。その事は、謝らなければいけなかったわ。ベラ、ごめんなさい。」
血走った目をこれでもかというほど開いたベラは、口元をわななかせた。
「何それ。偽善者。自分が高潔な人間だとでも?特別な人間だとでも思っているわけ?はは!バカね!あんたは所詮そういう人間なの!自分の都合の良いように、他人に生きていて欲しいと思ったり、死ねばいいと思ったりするのよ!でも私は違う!私はまたこうして指輪に選ばれ、この世界に戻って来られたの!人間の命の重みが違うことなんてずっと分かっていたわ!あんたは私よりずっと軽いってね!」
「どうして?」
「は?」
「自分勝手だったことは認める。でも、命の重みに差なんてないでしょう?私たちはたまたまこの事件に巻き込まれ、その歯車の一つになっただけ。特別なんじゃない。」
ゾーイの言葉に、ベラの血走った白目に何かが揺らぎ、足元に落ちた影がうごめいたように見えた。
「私は、選ばれた、存在なの。」
肩を震わせて言ったベラは、もう一歩ゾーイに近付く。
「でもそうね。私はまだ不完全なの。今の姿は金の指輪によって一時的に作られただけ。だからね。渡しなさい。その銀の指輪。」
「何故?」
「当然、それを使って私を蘇らせるのよ。そうして私は完全に復活するの。」
ポケットに入れたポーチを触る。
「この銀の指輪は、膨大な魔力が無ければ行使できないわ。それにこの指輪は壊れているし、魔道具たちは暴走しているの。復活なんて出来っこない。」
ゾーイの言葉を受け、ベラがクスクスと笑い始める。
「言ったでしょう?私は特別だって。指輪が力を貸してくれるのよ。たくさんの人が、私に魔力を貸してくれる。だからね、渡して?」
ゾーイはフルフルと首を振った。
「困ったわね。渡してくれないと、ヴァレンティンは帰って来られないわよ。」
「どういう事。」
「彼は今、私たちがいた亜空間に閉じ込められている。あなたが言う事を聞いてくれれば助かるわ。それとも…またあなたのせいで、人が死ぬの?」
煽るようなベラの言葉に、僅かに心拍が上がる。
ゾーイはショルダーバッグの紐を握る手に力を込めた。
(確信はない…でも…)
『渡して』
囁くような声が、ゾーイの耳にだけ届いた。
ゴクリと唾を飲み込み、ゾーイはポーチから二つに割れた銀の指輪を静かに取り出した。
指輪を右手に乗せ、ベラの方に手を伸ばした。
「手を掴んで。」
ゾーイは少し大きな声で言った。
ニヤリと笑ったベラは足早に近づくと、ゾーイの手のひらから指輪を乱暴に奪う。
「手に入れたわ!さあ!私を蘇らせなさい!」
銀の指輪を握ったベラの右手には、金の指輪が光っていた。
ベラが高らかに言った瞬間、2つの指輪が強く光る。
その瞬間、ベラの体中からまるで蛇のようにいくつもの影があふれ出してきた。
『きゃはは!出来るわけない!』
『簡単に騙されるヤツは愚か愚か』
『クスクス…道連れ~』
「な…!何!?」
目の前に立つベラの姿が、グニャリと歪んだ。
うごめく影がベラを飲み込み始めた。
「やだ!止めて!どうしてよぉ!」
『おもしろーい』
影に消えていくベラの手から、壊れた銀の指輪と金の指輪が落ちる。
カシャン
硬い床に落ちた指輪は、クルクルと転がった後並んで静止した。
ゾーイは左手をぎゅっと握る。
『ごめん。』
『もういいよ。終わりにしよう。』
小さな声が聞こえたかと思えば、ゾーイの中に誰かの感情が流れ込んできた。
“俺を蘇らせるために死んだ?俺がお前を殺したんだぞ?どうして?どうしてあんなにも…”
それは深い深い懺悔だった。
双子の兄は、弟を死なせたことを2000年間悔いていた。
金の指輪から聞こえてくる声はあまりにもたくさんあったが、ほとんどが聞き取れずどれも汚い言葉を吐いているようだった。
(銀の指輪なんかよりはるかに多くの人が、金の指輪を行使していたのね。そして死んでいった魂は、金の指輪に閉じ込められていた。)
閉じ込められた魂たちはまるで悪霊のように、指輪を手にした人を引き込んできた。
指輪から発せられる強い負の感情が、周りに抗えない影響を与えていたのだ。
その強い思念が、魔道具を暴走させたのかもしれないと、ゾーイは思った。
眩暈がするような感情の渦が落ち着くと、ゾーイはそっと目を開ける。
床に転がる金の指輪と銀の指輪が、サラサラと砂になっていくのが目に入った。
ゾーイは再び左手を強く握り、そちらに顔を向けた。
そこにはゾーイの手を握るヴァレンティンが立っていた。
「よく僕がいる事が分かったね。いくら声を出しても聞こえないようだったから。」
「ショルダーバッグに入れていたティカップ型の魔道具が振動していたんです。蓋を開けていたから先生の香水瓶と共鳴しているんだと思って。だから、亜空間なんかにはいないんじゃないかと思ったんです。」
「手を握ってっていったのは、僕の居場所を特定するためだよね。」
「はい。もしかしたら、“そこにいると思って見なければ見えない”のかもしれないと思ったから。」
ヴァレンティンがゾーイをギュッと抱きしめた。
しばらく抱き合った二人が離れると、砂と化した指輪に視線をやる。
「これ…どうしましょうか…。」
「陛下に報告を。君のポーチに入れて行こう。」
教会を出る頃にはすっかり日が暮れていたし、二人はクタクタだった。
「結局僕は、君を颯爽と助ける、みたいなかっこいい所を全く見せられないんだな。」
ヴァレンティンは肩を落とした。
「この件は、私自身で乗り越える必要がありました。それに、ヴァレンティンは常に私と共にあってくれたから、強くいられたんです。」
「そっか。」
「意思を持つ魔道具は、何故生まれるんでしょうか。」
「うん、僕はこれからそれを研究しようと思う。教授を辞めて、研究所に戻るよ。」
ヴァレンティンがアタッシュケースを扉に変える。
「さて、王都に帰ろうか。」
「はい。」
扉を開いたヴァレンティンは、ゾーイの手を強く握り、扉をくぐった。
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