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ゾーイと最後の旅

「新しく作ってもらっていたのが完成したんだ。」


白いシャツにゆったりとした黒のパンツをシンプルに着こなしたヴァレンティンは、そう言ってこげ茶のアタッシュケースを両手で持ちあげた。


「壊れてしまったと言っていましたね。確か…」


「あぁ、ダニエル先生のいたずらでね。大人のいたずらは、時に度が過ぎるようだ。まぁ彼も反省しているし、学園で静かに先生をしているよ。面白い魔物についても聞けたから、チャラだよね。」


(ヴァレンティンはとても寛大なのね。)


ニコニコとアタッシュケースを扉に変えるヴァレンティンを横目で見ながら、町娘風の服に身を包んだゾーイはそう思った。


しかし実のところ、ダニエルはアタッシュケースの弁償として、作成費の5倍の金額を要求されたし、6か月間の無給就労を余儀なくされていたので、とても寛大とは言い難かった。


「でも本当に大丈夫かい?」


扉の前で、ゾーイを心配そうに見つめるヴァレンティン。


「意味はないかもしれませんが、指輪の始まりの地には行きたいと思っていたんです。銀の指輪を持ち出す許可が出て良かったです。」


ゾーイは壊れた銀の指輪を入れたポーチを、ポケットの上から触る。


ドニエの屋敷でベルナールに頼んだのは、壊れた銀の指輪を持ってオーレリアンを訪れる事だった。


今回の件が全て解決したとは思えないゾーイは、始まりの地と銀の指輪が揃えば、何かわかるような直感が働いていたのだ。


“悪いが国政が安定していない状況だ。一緒に行ってあげることはできない。くれぐれも気を付ける事。無理はしない事。”


ベルナールは厳しい顔でひとしきり悩んだのち、ゾーイにそう忠告した。


それもそのはず、マルア教が実は異端では無かったと公式発表がされ、再び国教として返り咲いた。


指輪については混乱を避けるため公表されなかったが、リネー教の大主教が亡くなった事は明らかになり、モレー主任牧師が新たな大主教の役割を担う事となった。


この一連の騒動が国民を動揺させているため、ベルナールやフィリベールは多忙を極めていたのだ。



一人で行くつもりでいたゾーイの肩を叩いたのは、ヴァレンティンだった。


「ねぇ、僕何度も言ったよね?君はもっと人を頼った方が良いって。当然、僕も行くからね。」


ゾーイはヴァレンティンからの申し出を素直に受け入れたのだった。



―――――――――――――――――――――――――



扉を開けた先には、港町が広がっていた。


「凄いわ!私、海を見たのは初めてなんです。」


オーレリアンの街は中央に大きな道が通っていて、街の入り口から港まで真っすぐにつながっている。


その道の左右は商店で賑わい、大通りから分岐する小道を抜けていけば住宅がある。


ゾーイは、嗅いだことのない潮の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。


二人がオーレリアンの街に足を踏み入れたのは、丁度昼時だった。


「どこかで食事をしてから行動を起こそうか。」


ヴァレンティンの提案に、ゾーイは頷く。


「せっかく港町に来たのだから、ここならではの料理を出す店に連れて行ってあげる。」



案内されたのは、街の酒場だった。


夜は酒場、昼は食事処として営業している店だ。


「懐かしいな…」


席に着いてボンヤリと周囲を見回していたゾーイは、ポツリと呟く。


メニューを注文していたヴァレンティンは、ゾーイの言葉に首を傾げた。


「懐かしい?ここへは初めてだろう?」


「あ、いえ。こういう雰囲気のお店に馴染みがあったものですから。」


ゾーイはヴェリントの女将、マリーを思い浮かべた。


(あの後まだ挨拶に行けていないわね。)


「伯爵令嬢が下町の酒場に馴染みがあるなんて聞いたこと無いけど、是非今度連れて行ってよ。」


ヴァレンティンは、やれやれと言った表情で、頬杖を突きながら苦笑した。



運ばれてきた料理は、魚介をふんだんに使ったパスタに、白身の生魚が入った大盛サラダだ。


何故か頼んだ以外の料理もサービスと言って提供された。


「美味しいです!生のお魚ってこんなに美味しいのですね!火が通ったパスタの魚介類たちも、こりこりしていてとっても美味しいわ…。何だか普通の旅行みたい。」


クスリと笑うゾーイに、ヴァレンティンは笑いかけた。


比較的食の細いゾーイも、この時ばかりはモリモリと食事が進んだのだった。



食後、二人が目指したのは使われなくなった教会だ。


二人が足を踏み入れれば、ヴァレンティンが以前来た時と同様寂しく静まり返っている。


「地下の更に地下に小部屋があった。そこを見に行ってみよう。」


ゾーイは頷くと、ヴァレンティンの後について階段を下りて行った。


地下は気温が低く、吐く息が白い。


安置室を通り過ぎて更に下っていくと、扉に突き当たった。


寒いためか身震いしたゾーイに気が付き、ヴァレンティンは手を差し出した。


「大丈夫かい?さあ手を。」


「あ、すみません…」


階段の最後の段に片足をかけ、上に立つゾーイを仰ぎ見ながら手を伸ばしたヴァレンティンは、扉のノブに手を触れた。


その時ゾーイは、ポケットに入っているポーチが熱くなるのを感じ視線を落とした。


チリッと体中が粟立つのを感じ視線を上げる。


キィ…


僅かに開いた扉の先は、まるで底なしの穴のように真っ暗だ。


伸ばしたゾーイの手は行き場を失い、固まる。


「せ、先生…?」


ヴァレンティンは忽然と姿を消したのだった。

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