初めての恋人とカーラの訪問
あの日からヴァレンティンは、毎日のように伯爵邸へ顔を出すようになった。
「先生、学園の授業はよろしいんですか?」
「ああ、大丈夫。元々そんなに根詰めるほどの仕事量ではないんだよ。」
ガゼボに用意された紅茶を飲みながら、ヴァレンティンは軽く言ってのける。
ゾーイはあと1年半の在学期間を残していたが、元々の優秀な成績とエリックの少しの配慮によって、異例の飛び級で卒業をすることとなった。
その為思いもよらず暇を持て余したゾーイの元に、ヴァレンティンは足しげく通っていたのだった。
「それよりゾーイ、僕の呼び方だけど…、君はもう学生ではないだし、それにその…、この前僕を好きと言ってくれたのだから…こ、恋人になったと…思っているのだけど…」
チラチラとゾーイを見ながらヴァレンティンは言った。
その率直な言葉にゾーイは顔を赤らめる。
「あ…そうですね。私たち恋人なら、先生というのも変ですよね…」
照れながら言うゾーイを眩しそうに見つめるヴァレンティン。
「恋人に先生と言われるのも何というか、くるものがあるけど…」
「え?」
ぼそりと言ったヴァレンティンの言葉が聞きとれず、聞き返す。
「いや、良ければヴァレンティンと。」
「はい、ヴァレンティン。ありがとうございます。」
自分から言ったにも関わらず、思いのほか打撃が大きかったヴァレンティンは顔を真っ赤にして俯いた。
「うん…」
「ご歓談中失礼いたします。お嬢様、お客様がいらっしゃっていますが…」
アンナが非常に申し訳なさそうに割って入ってきた。
「お客様?今日は誰とも約束が無かったはずだけれど…?」
「ゾーイ!久しぶりだな!元気そうで何よりだ!」
アンナの後ろからヒョコッと顔を出したのは、カーラだった。
「カーラさん!あぁ!お会いしたかったのです!私から伺えず申し訳ありませんでした。」
そう言ったゾーイは、カーラの元へ駆け寄る。
「良いんだよ。君は色々と大変だったんだから。君が無事ならそれでいい。」
「カーラさん…!」
感極まったゾーイは、カーラに抱きしめられていたので気が付かなかったが、カーラはヴァレンティンをニヤリとねめつけた。
「カーラ、ゾーイに何の用なんだ?」
心底不機嫌そうにヴァレンティンは言った。
「あぁ!そうだったな。大分元気になったようだし、無事学園も卒業できたことだ。是非またドニエに招待したいと思ってな。というか、うちの家族からせっつかれてきたんだ。」
カーラは言いながら苦笑した。
「またお屋敷に招待して頂けるのですか?」
懐かしさに思わず涙ぐむゾーイの肩を、ヴァレンティンは慌てて支えた。
「ゾーイ?大丈夫?何で泣いているんだ?」
ハラハラとゾーイの顔を覗き込むヴァレンティンに、クスリと笑ってゾーイは言った。
「いえ、懐かしい顔ぶれに、またお会いできるかと思うと嬉しくて。」
ゾーイの言葉にパチンと両手を合わせるカーラ。
「そうと決まれば今から行こう!実は今夜の晩餐にゾーイを招けるように、準備していたんだ!」
「い、今からですか!?」
思いもよらない提案に、ゾーイは尻込みした。
「これでも待った方だよ。本当なら伯爵邸に戻った時に家族総出で押しかけようとしたのだが、さすがに母に怒られた。」
お茶目に笑うカーラ。
「それではお呼ばれしようか。二人でね、ゾーイ。」
ゾーイの肩を抱いたヴァレンティンは、ゾーイにニコリと笑いかけた。
「え?先生どうしたのです…」
「ヴァレンティン。」
いささか圧を感じる笑顔に押される。
「あ、ヴァレンティン、どうして…」
「だって途中で倒れてしまわないか心配だし、出来れば僕も君と夕食を共にしたい。ダメかな?」
コテンと首を傾げるヴァレンティンに、ゾーイは言葉を失った。
(先生は自分の美貌を正確に理解しているようね…)
「わ、分かりました。それではカーラさん、ヴァレンティンと二人で、今夜伺ってもいいですか
?」
「もちろん!余計な人間がついて来るようだが、ゾーイが来るなら大歓迎だ!」
カーラは肩を竦めながらニッと笑った。
「ゾーイ!いらっしゃい!随分元気になったようで良かったわ!」
そう言って駆け寄ってきたのは現辺境伯夫人であるイザベルだ。
「イザベル様!ご心配をおかけしてしまったみたいで…」
「良いのよ、弟たちが随分あなたに無理を強いたようだから。」
イザベルの鋭い視線の先には、驚くべきことに国王であるベルナールと、大公のフィリベールが所在なさげに立っていた。
「すまなかった、ゾーイ。君には随分負担をかけてしまった。」
そう言って頭を下げるベルナールに慌てるゾーイ。
「お、お顔を上げて下さい!国王陛下!」
「謝罪を受け入れてくれるか?」
「も、もちろんです!」
慌てて言ったゾーイの方に顔を向けたベルナールは、苦笑した。
「ありがとう、ゾーイ。」
その夜の晩餐は驚くほど賑やかなものだった。
辺境伯家以外にも国王夫妻とフィリベール大公、それに何とルドルフも招待されていたのだ。
「ゾーイ、元気にしていたのかい?」
相変わらずの柔らかさで訪ねるルドルフに、ゾーイは泣きそうになってしまった。
「ルドルフさんはお元気でしたか?その節は本当にお世話になって…」
そう言ったゾーイは、ルドルフの両手をギュっと握り、ピタリと動きを止めた。
「ゾーイ?どうかしたのか?」
「あ、いえ…あまりにも懐かしく感じてしまって」
ニコリを笑うゾーイは、そうか、と思い至った。
ルドルフから感じた魔力は、7人目の聖人であるアメリー、つまりファルマン男爵の一人娘の魔力に非常に似ていた。
(そうか、失踪した男爵令嬢は、誰かと愛を育んで、今こうしてルドルフさんがいるのね。)
ゾーイは無性に感慨深い思いを抱いた。
(誰もが不幸せになったわけでは無かったのね。聖人の蘇りは、蘇らせる側のとても身勝手な行為だったけれど、こうして後世に繋がった人もいたのよね…)
「ゾーイ?大丈夫か?具合が悪い?」
ゾーイの僅かな変化に気が付いたヴァレンティンが、すかさず聞いて来た。
「そんなことありません。久しい顔ぶれに感極まってしまって。」
「そうか、それなら良かった。」
ホッとした顔をするヴァレンティンを見て、ゾーイは自分の幸せを噛みしめていた。
(私には、いつの間にか大切な人がたくさんできたのね…)
肩を抱いたヴァレンティンの手に被せるように、ゾーイはそっと手を置いた。
「先生、あ、ヴァレンティン。私、幸せですよ。」
ゾーイはニコリと笑ったのだった。




