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ゾーイとクロエの真実

次回は、9月16日(月)に投稿します。

国王との退位と、ベルナールの即位は想像以上に早く進んだ。


前国王が他国の奴隷ばかりか、自国の身寄りのない国民を利用してまでも不老不死の実験をしていたことが、貴族に大きな反感を買ったのだ。


前国王は療養という名目で、西部、ボネ公爵領に幽閉されることとなった。


ベルナールは国王となり、フィリベールは大公として新たな爵位を得た。


ベラが姿を消したため、世間では多くの噂を呼んでいた。


“聖人は実は神からの使いで、前国王の悪行をただして天に返った”


“聖人は実は悪魔で、国王を誑かしていた為秘密裏に処刑された”


“聖人はその儚い命を落とした”


ベルナールは真実を公表すべきだとゾーイに進言した。


しかしゾーイは決して首を縦には振らなかった。


そんなゾーイを、ベルナールは崇高な人間だと評価したが、ゾーイはただ、これ以上注目の的になりたくないと思ったのだ。


ベラの件が明らかになれば、おのずとゾーイとの関連も明らかになって来るだろう。


しかしゾーイは、学園で一生分の注目、それも悪い意味での注目を浴びていたのだ。


銀の指輪は真っ二つに壊れた。


金の指輪の所在は、ベラとともに不明である。



ゾーイがようやく伯爵邸に帰る事が出来たのは、事件から1か月もした後だった。


事後処理に追われているベルナールがゾーイの帰宅を遅らせていたというのもあったし、ゾーイ自身の回復に時間がかかったという事も原因だった。


指輪の魔道具を行使したためか、ゾーイはあの後再び魔力が枯渇していた。


今回は意識を失わなかったが、ゾーイの体力は底をついていたのだ。


3か月ほど離れていただけだったが、伯爵邸を目の前にし、ゾーイは酷く懐かしいと感じていた。


「義姉様!お帰りなさい!ようやく回復されたんですね!」


ゾーイがエントランスに足を踏み入れると、ソレイユが待っていたように駆けつけてきた。


「ソレイユ、ごめんなさいね。国王陛下が面会謝絶なんかにしたものだから仰々しくなってしまったけれど、そこまで悪かったわけではないのよ。」


ゾーイは苦笑しながらソレイユの頭を撫でた。


「ゾーイ、おかえり。」


あまりに小さな声に、空耳かと思ったゾーイは顔を上げた。


そこにはアーサーが酷く居心地が悪そうに立っていた。


ゾーイはしばらくアーサーを見つめ、小さく息を吐いた。


「ただいま戻りました。お父様。」


ゾーイの言葉に、アーサーはパッと顔を上げたのだった。




その夜ゾーイは、アーサーの書斎を訪れていた。


“いつでも良いから時間を貰いたい”


ゾーイはアーサーからの申し出をすんなりと受け入れた。


「ゾーイ、時間を作ってくれてありがとう。その…何から話せばいいか分からないが…」


向かいに座ってうろたえるアーサーは、応接スペースのローテーブルにくたびれたポーチを置いた。


「これは…。」


「君が母から受け継いだ本当の魔道具だ。完全に壊れてしまっていたから修理は出来なかった。しかし、これは君が受け取るべきだろう。」


ポーチをそっと持ち上げるゾーイ。


「ありがとうございます。」


優しくポーチを握ったゾーイは、俯きながらお礼を言った。


「いや、今まで隠していたんだ。申し訳なかった。」


座った状態で、アーサーは深々と頭を下げた。


「か、顔を上げて下さい!」


慌てたゾーイは、アーサーに言った。


「私の話を…聞いてくれるか。」


恐る恐る体を起こしたが、アーサーの顔は俯いたままだ。


「はい。」


ゾーイはハッキリと答えた。


「君の母親、クロエとはお互い再婚だったが、私は彼女を愛していた。もちろんゾーイも伯爵家の一員として迎え入れたんだ。しかし君たちは大きな傷を負っていた。」


アーサーは両手をモジモジとしながら話す。


「私が実の父を魔力暴発によって死なせてしまったことですか。」


ハッと顔を上げるアーサー。


「知っていたのか…。そうか。それなら尚更早く話すべきだった。クロエは、あの時の事を酷く恐れていた。あの事件は、大人の男の言い争いに驚いたゾーイが魔力を暴発させてしまったために起きたものだった。だからクロエは、大人の男がゾーイに近付くのを、神経質なほど恐れていたんだ。」


ゾーイは思いもよらない話にポカンと口を開けた。


「幸い記憶を失った君の心は保たれていたが、もしまた同じような状況になった時、まだ小さな君が過去の記憶を思い出して壊れてしまわないかと恐れていたんだ。自分が実の父を、故意ではないにしろ死なせてしまったという事実のせいで。」


「は…、母は、父を殺した私を…恨んでいたのでは…?」


「恨んでいた?何を言うんだ。クロエはずっと君を愛していたよ。死ぬ間際まで君を心配していた。一人にしてしまう事を。」


「で…でも…。」


(お母さまは、私を生まなければって…)


ゾーイの頭は混乱していた。


「結婚当初、クロエは私に忠告したんだ。ゾーイに近付かないで欲しいと。大人の男が近くにいては、ゾーイが怖がるかもしれないと。だから君に安易に近づけなかった。その時間が長すぎたんだな。私はゾーイが大きくなっても、どうやって接したら良いか全く分からなかった。」


アーサーは痛々しい笑みをこぼした。


「本当なら母の死後、私が寄り添ってあげるべきだったんだろう。しかしクロエを失った私は、君を気遣ってあげられる余裕もなく、気持ちが上向いてきた後も、クロエとの約束に縋って君を避けていた。本当に…すまない事をしてしまった。」


アーサーは再び深々と頭を下げた。


「許して欲しいとは言わない。君がここを出て行きたいというなら、私は今後一生の生活を援助しよう。」


ゾーイは思いもよらない話に言葉を失っていた。


「す…少し、気持ちを整理させて下さい…」


サッと席を立つと、ゾーイは足早に自室へ向かった。


ゾーイの自室の扉の前には、懐かしい顔があった。


「ア…アンナ…」


ゾーイは絞り出すようにアンナの名前を呼んだ。


「お嬢様!ああ!申し訳ありません!私は…!私はお嬢様を一人にしてしまって…!」


アンナはゾーイの前に跪くと、頭を床に付けて嗚咽を漏らした。


「アンナ、顔を上げて。もう一度あなたに会えて良かった。」


ゾーイはアンナの体をギュッと抱きしめた。


「明日ゆっくり話をしましょう。私は少し疲れたみたい。休むわね。」


そう言うとゾーイは、静かに扉を閉めた。


(何もかも、分からないことだらけだわ。)


フラフラとベッドにたどり着いたゾーイは、ベッドに腰掛けながら形見のポーチをじっくりと見つめた。


何となく中に手を入れると、ガサリと何かに触れた。


古びた羊皮紙だ。


それは、クロエからの手紙だった。


“ゾーイ 大人になったあなたへ


ゾーイには沢山辛い思いをさせてしまったわね。幼い頃に父親を亡くして、新しく出来た父親にも、距離を置くように仕向けてしまった。


でも怖かったの。あなたが悲しむのが。


父親を死なせてしまったなんて、きっと耐え難いことだと思うから。


魔力制御を学ばせるにも、あなたは幼過ぎたわね。


本当なら同年代の友達と楽しくお話ししていてもおかしくなかったのに、私がその機会を奪ってしまった。


あなたをこんなふうに生まなければ、あなたをこんなにも苦しめることは無かったはずなのに。


弱い母親でごめんね。


でもこれだけは分かって欲しい。


お母さんは、いつもあなたを愛しているわ。


あなたに出会えた時、お母さんがどんなに嬉しかったか。あなたが初めて立った時、あなたが初めてお母さまと言ってくれた時、あなたがおませな顔を見せた時。


どの瞬間も、愛おしくてたまらなかった。


あなたは私を幸せにしてくれたのに、私はあなたを不幸にしてしまったわね。


怖がりだったお母さんを許して欲しいとは思わないわ。


どうか、大人になったあなたが幸せでありますように。


あなたを愛するお母さんより”



ゾーイは、持っていた手紙をグシャリと握り、顔に押し付けて声を殺して泣いた。


“あなたを生まなければ”


あの言葉には、そんな気持ちが込められていたなど、ゾーイは思いもしなかったのだ。


(どうして人は、こんなにも弱くて怖がりなんだろう。)


その夜、ゾーイはため込んでいた気持ちを吐き出すように、ひとしきり涙を流し続けた。

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