金の指輪と銀の指輪
ベラは、気が付くと身に覚えのある真っ黒な空間に立っていた。
『愚かな者よ。お前が持つもの全てを賭して、葬りたい者は誰だ。』
聞き覚えのある声に、ガクリと両膝を付き、両手を胸の前で組んだ。
「ここは…。わ…私はまた、指輪に選ばれたのですか?」
『選ばれたのではない。お前が選んだのだ。』
「私が選んだ…?選ばれた者は、何もかも選ぶことが出来るのね!そうよ!リネー様は“あの時”、私が特別だって言って下さったもの!」
口元を両手で押さえながら、体を前傾しキャハハハッと声を上げて笑うベラ。
ひとしきり笑ったベラは、はぁ、と息を吐きながら体を起こす。
「います。いますわ。ゾーイ・レフェーブル伯爵令嬢!あれを今度こそ殺してください!」
ギラギラとした目を見開き、高らかに言ってのけるベラ。
『愚かな者よ、再びその命をもらい受ける。』
「…は?何を…?何故私の命を?私は特別なんでしょう!?」
『お前は一度、その身に余るものを願い死んだのだ。その通り、我は言った。“蘇らせる者が願った。今回は特別だ”と。』
「い、意味が分からないわ…。死んで蘇ったのは、ほ、本当に…ゾーイが蘇らせたからなの…?私が選ばれたのではなくて…?」
『選ばれたのではない。お前が選んだのだ。自らの死を。』
「私は選んでない!私の持つ全てを使って願いを叶えてくれるはずでしょう!?」
『持たざる者よ。差し出すものの無いお前は、その命を差し出せ。』
「う、嘘よ…。」
ベラは真っ暗な中にありながら、グラリと体が傾くのが分かった。
ベラの頭の中に、忘れていた記憶が次々に流れ込んできた。
(そうだ…。あの時も同じ会話をしたんだわ。どうして…忘れていたの。)
『お前の魂は、永遠にここから出ることはない。もうあの時のように、助ける者はいないだろう』
ベラははじかれたように立ち上がると、光もなく、上下も左右も分からない空間をがむしゃらに走っていた。
「誰か助けて!お願い!お願いだから!どうしてよ!私は身に余る願いなんてしていないでしょう!」
得体のしれない何かに後を追われているような気がした。
何かにぶつかることも無く、ただひたすらに膨張を続ける空間にいるような不安。
ベラは立ち止まり、両膝を付いて崩れ落ちた。
俯くその顔から零れているはずの自分の涙も、その目には映らなかった。
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ゾーイは、身に覚えのある真っ黒な空間に立っていた。
しかし前回とは明確に違うと感じてもいた。
『お前の命と引き換えに蘇らせたいものは誰だ。』
「蘇らせたい者って?」
『すなわち命を吹き返すこと。』
ああそうか、とゾーイは思った。
まるでコピーしたように同じ文言を発する声。
(これは魔道具の暴走なのね。)
「いません、蘇らせたい人なんて。」
『…』
ゾーイの右手がぎゅっと握られるのが分かった。
「私は、蘇らせたい人なんていません。」
『なぜ』
「何故って、命はそんなに軽いものではないし、命はその人のものだから。」
ゾーイは遠回りをして、ようやく理解できたような気がした。
「大切な人ともう一度会いたいと思う気持ちを持つのは当然でしょう。でも、私がその人を大切に思うのと同じように、相手も私を大切に思っているかもしれない。それなのに、生き返った時に大切な人を失ったのだと分かったら、それほど辛い事はないでしょう。」
『…』
「命というものを、そんなふうに軽んじてはいけないんだと、ようやく気が付けたの。」
ジジジジジジッ
《私もあの時、それに気が付けていたらどんなに良かったでしょう》
《大切に思う気持ちは、一方通行ばかりではないのですね》
《逃げていたのかもしれない。大切な人を失った苦痛から》
《自分本位な願いなど、しなければよかったんだ》
次々に聞こえてくる声は、恐らく聖人と呼ばれる人々を蘇らせてきた人の後悔。
握られた手を、ギュっと握り返すゾーイ。
「大切な人を思う気持ちが間違っていたわけではないのです。こんなものがあったから、踏み外してしまっただけで。」
ゾーイは目から涙が零れたような気がした。
「私が終わらせます。」
そう言ったと同時に、ゾーイは持てる魔力全てを発散し始めた。
“ポーチの魔道具に閉じ込められた時に、ゾーイ自身が魔力を発散させたことで、外に出られたとゾーイは話していた”とアーサーは言った。
“実は母親から受け継いだポーチの魔道具は、その時に壊れてしまったんだ。この件をひっくるめて隠していたので黙っていたが”
つまり、内側から魔力を込める事で、魔道具を破壊できる可能性がある。
ゾーイはその仮説に一縷の望みをかけた。
失っていたと思っていた魔力はかなり戻っていたようで、体から溢れるように魔力を感じた。
『蘇がえらせ…ジジッ』
《ありがとう、僕が間違っていた。僕から始まった事だ。僕がけりを付けよう》
意識を失う直前、ゾーイは凪いだ声を聞いたような気がした。
ハッと目覚めたゾーイの視界に映ったのは、無機質な煉瓦敷きの天井だった。
ガバッと体を起こすゾーイ。
カシャンと小さな音が聞こえた。
視線をやると、真っ二つに割れた銀の指輪が地面に転がっている。
右手に違和感を覚え、違和感の先を視線で辿った。
ゾーイの右手は、絶対に離すまいというように、気絶したヴァレンティンによって握られていた。
座った状態で視線を周囲に巡らせる。
少し離れた所で、跪く国王とベルナール、フィリベールが目に入った。
ベルナールは目が合うと、ウィンクを投げてきた。
訳も分からずゾーイは視線を逸らす。
ゾーイは、自分の手を握る人物の背にそっと触れ、優しく揺する。
「先生、先生起きて下さい。」
ゾーイの声に、僅かに身じろぎをするヴァレンティン。
「んんん…、ゾーイ?」
薄っすらと目を開けて言ったヴァレンティンは、瞬時に体を起こす。
「ゾーイ!あぁ!夢じゃないよな!良かった!あの訳の分からない真っ暗空間に、君を置いて来てしまったかと!良かった!」
ゾーイの両手を包みながらポロポロと涙を流すヴァレンティン。
(あぁ…なんて…)
ゾーイは握られた手をギュっと掴み返した。
「先生。」
「ん?どうしたの?」
キョトンとするヴァレンティンを、ゾーイはひどく愛おしく感じた。
「私、先生が好きみたいです。」




