王位の行方とゾーイの仮説
ヴァレンティンに横抱きにされたまま、ゾーイは隣室のベッドにそっと降ろされた。
まるでこの時を待っていたかのように酷い眩暈に見舞われ、ゾーイはベッドに座っていることすら出来なくなった。
「すみません、目の前がぐるぐるして…」
「大丈夫だよ。横になりなさい。あまり長い事こうしてはいられないだろうが、少しでも休まないと。」
横になったゾーイの両目を、ヴァレンティンは左手でそっと塞ぐ。
「さっき頼んでおいたから、もう少ししたら温かい飲み物が運ばれてくるからね。」
聞こえてくるヴァレンティンの声は穏やかで、ゾーイの胸を温かくした。
コンコン
ノックをして入室してきたのは、ソレイユとアーサーだった。
「伯爵殿。今は込み入った話は無しにしてくれるか。ゾーイには僅かでも休息が必要だから。」
「分かっている。少し顔を見に来ただけだ。」
そう言ったアーサーの顔は、ゾーイに負けず劣らず真っ青だ。
お盆に湯気の立つ白いマグカップを乗せて、ベッドに近付いて来たソレイユの目はウサギのように真っ赤だ。
「扉の前にいたら、メイドがココアを持ってきたから預かったんです。義姉様は…」
「眩暈がすると言って横になっているんだ。そのココアは僕が預かろう。」
まるで誰もゾーイに近付けまいとするかのように、ヴァレンティンはベッドの横から動かない。
そんなヴァレンティンに、ソレイユは渋々お盆を渡す。
「み、未婚の男女を密室に二人きりにするわけには…」
そう言いかけたソレイユに、ヴァレンティンは鋭い視線を向けた。
「今そんな話をしている場合ではない。静かな時間が必要だ。二人は出て行ってくれ。」
どちらがゾーイの家族か分からないほど、ヴァレンティンは二人を突き放す。
「眩暈が落ち着いたらすぐに戻ります。」
ゾーイが辛うじてそう言うと、二人は静かに部屋を後にした。
ベッド脇のチェストにコトリとお盆を置く音が聞こえた。
防音魔術でもかけられたように、静寂が部屋を支配していた。
眉間に皺を寄せぎゅっと目を瞑っていたゾーイは、次第に眩暈が落ち着いてきたことで、顔から力が抜けてくる。
ゆっくり目を開けると、ベッド脇のシンプルな椅子に腰かけるヴァレンティンと目が合った。
「眩暈は落ち着いたかい?ココアが飲めそうなら、起き上がるのを手伝おう。」
「あ、ありがとうございます…。」
恐る恐る体を起こすが、再び眩暈が襲ってくることはなかった。
ヴァレンティンから受け取ったマグカップにはたっぷりとココアが入っていて、温かな湯気を上げていた。
「美味しいです。あの…」
「君には酷だが、休憩をしたらすぐに戻らないといけないだろう。だから今は、何も話さなくていいよ。」
その言葉が、ゾーイの内にスッと染み込んだようだった。
窓の外は真っ暗だ。
息苦しいほどに静かな空間にいるにも関わらず、ゾーイは不思議と窮屈に感じなかった。
静かにココアを飲むゾーイから視線を逸らしたヴァレンティンは、窓の方をジッと見つめていた。
「先生、もう大丈夫です。戻れます。」
カップにはまだ半分ほどココアが残っているが、ゾーイは意を決したように言った。
「分かった。それでは戻ろうか。」
ベッドから起き上がったゾーイに手を差し出すヴァレンティン。
抵抗する事無く、エスコートを受けて先ほどの部屋に戻る。
部屋の状況は変わっていないが、ゾーイの心は落ち着いていた。
「大変失礼いたしました、殿下。話の続きをさせて下さい。」
「もう大丈夫か?もう少し休んでも…とは言ってやれなくてすまない。事態は急を要するのでな。」
「構いません。王位を奪うという目的の元、動いていらっしゃると。」
「ああ、本来であれば、フィリベールが帰国するまでに証拠を押さえ、国王に退位を進言する手はずだった。その為にも今、国政を担う貴族をまとめ上げているところだ。しかし今回の国王の浅はかな決定が、我々を優位に立たせたと言える。」
ヴァレンティンが、不敬にもベルナールを睨みつけた。
「おっとすまない。誤解しないでくれ。ゾーイの処刑は全くの誤算だった。我々の計画にあったわけではないよ。」
「なるほど。今回の聖人の優遇、レフェーブル家に対する処遇という一連の出来事が、ということですね。つまり殿下は、この背景にある聖人の事実を明らかに出来れば、退位を進言するどころか、王位をはく奪出来る可能性があると、そう思っていらっしゃる。」
フムフムと頷くゾーイを見て、ベルナールとフィリベールは視線だけでやり取りをした。
「君は想像以上に聡明だな。そして随分と落ち着いている。一体どうしてあんなに愚かな噂が立つのだか…。身近な人間こそその噂に惑わされるというのが、全く不可解でならない。」
ベルナールは肩を竦めながら言い、ゾーイの後ろでソレイユが小さくなって俯いた。
「話が早くて助かるよ。さてゾーイ。聖人について、分かった範囲で教えてくれるか?」
ふぅ、と深呼吸をすると、ゾーイはベルナールを真っすぐに見つめた。
「まず事実として、ベラが金の指輪を持っていました。銀の指輪同様、“そこにあると思って見なければ見えない魔道具”なのだと。以前は気が付きませんでしたが、先日の舞踏会で、指にはめているのが見えました。」
気持ちを整理する為、ゾーイは両手を太腿の上で強く組んだ。
「そして二つの指輪は、100年から200年周期で生まれる高い魔力を持つ人間と、その人物に近しい人間の手に、自然と渡るよう仕向けられていたのではと思います。」
「仕向けられていた?」
「はい。牧師の言葉を借りれば、指輪がそう指示をしたと。恐らく言葉通りなのでしょう。この指輪は言葉を話す。そして意思がある。牧師からすれば神と対話しているような気になるかもしれませんが、カーラさんたちが言ったように、これが意思を持った単なる魔道具だとすれば魔道具によって操られていたのは、人間という事になります。」
「単なる魔道具…。意思を持った魔道具が、勝手に周期に従い人の手に渡っていると?それとも、そうなるように設計された?」
「それは…わかりません。方法は何であれ、そうして人に渡った銀の指輪は、膨大な魔力と引き換えに誰かを蘇らせる。一方金の指輪は誰かの命を奪う。でもここで疑問が残ります。」
「銀の指輪は魔力の強い人間に渡り続けたが、金の指輪はベラ嬢の手に渡ったように、その法則に従っていない点か?」
エリックが突然口を開いた。
「その通りです。果たしてベラは金の指輪を行使出来たのか。或いは、行使しようとして命を落としたのか。」
「ベラは一度死んでいる。ゾーイが蘇らせる前、風邪を拗らせたと言っていたが…」
ヴァレンティンは腕を組んで怪訝な顔をしている。
「はい。ベラの死は、金の指輪を行使しようとして魔力が足りずに起きたことだったのではないかと…。」
「誰かを殺そうとしていた…。聖人が聞いて呆れるな。」
ハッと吐き捨てるように笑ったフィリベールは、疲れた顔で言った。
「それから、金の指輪については分かりませんが、銀の指輪の中には、これまで聖人を蘇らせてきた人物の魂…のようなものが宿っているようです。」
全員の視線がゾーイの右手に注がれた。
「最初に私に話しかけてきた声と、昨日魔力を込めた時に“まだ足りない”と言った声は同じでした。」
「“足りない”というのは、ひょっとして魔力が足りないという事か?」
「恐らくそういうことかと…。その声は指輪のもので、それ以外にも私は複数人の声を聞いています。それが…」
「死んでいった者たちの魂の声だと。」
かなりの人数がひしめき合っているにも関わらず、部屋がシンと静まり返った。
「私がベラを蘇らせながらも、死ななかったのには、この指輪に閉じ込められた魂が関係しているのではないかと思っているんです。」
「14人。最初は影響を与えない程度であったとしても、それなりの人数の魂が寄り集まって、指輪の妨害をしたと?」
「はい。思えばその通りなんです。私が指輪を行使しようとした時に、指輪の声を遮るように別の声が聞こえました。“壊して欲しい”と。」
「指輪を壊す…か。」
部屋にいる誰もが腕を組み神妙な顔で頭を捻った。
「ゾーイが母親から引き継いだポーチの魔道具に閉じ込められた時は、ゾーイ自身が中で魔力を発散させたことで外に出られたと言っていたな…」
ポツリと呟いたアーサーに、全員の視線が集まった。
「伯爵殿、その件は…」
「良いんだ。良かれと思ってした事も、本当に最善なのか分からないから。ゾーイにも知る権利があるだろう。」
ヴァレンティンからゾーイに視線をやったアーサーは、弱り切った笑顔を向けた。
ゾーイは不安な顔でアーサーを見つめた。




