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ゾーイの救出と謀反

グラリと視界が揺れる。


初めての移動具では、乗り物酔いするのはよくある事だ。


しかし今感じているのは、それとは違うとゾーイは思った。


頭の中に、次から次へと流れ込んでくる声のほとんどは聞き取れない。


しかしゾーイの耳に届くそれらに込められた感情は、ただ切実に後悔と切望だった。


「…イ…ゾー…?ゾーイ?」


ハッと意識を取り戻した。


「はぁ…、ロッシュ先生…?ここは?」


ヴァレンティンの腕に抱かれている事に気が付き、ゾーイは慌てて体を起こした。


「魔道具研究所だよ。今からバラトへ飛ぶ。これはバラトの街に出る転移の術がかけられたものだ。」


そう言うヴァレンティンが指さしたのは、魔法陣の描かれた扉だった。


「ま…待ってください。私は処刑場にいたはずでは…」


「そうだよ。僕らはあの場から移動具を使って飛んだんだ。」


「それでは…弟と父は…」


「レフェーブル伯爵とソレイユは、別ルートから救い出されバラトへ向かっているはずだ。」


何という計画的犯行だと、ゾーイは舌を巻いた。


「全て計画通りということですか?」


「ゾーイの処刑が最大の想定外だったようだよ。今王都は混乱に見舞われている。学園長の屋敷が爆破されたんだ。いや…正確には本人が爆破したんだが。それは良いとして、国王はこの事件をマルア教の再来だと思っているだろう。」


「先生は全て知っているという訳ではない…?」


「うーん。僕らと皇太子側は、利害の一致で繋がっているが、厳密には目的が違う。向こうの計画について聞いたのはつい最近だった。僕としても、ゾーイが助かればそれで良かったし、今後について相談する時間が出来た。」


ゾーイは強張っていた肩が緩み、はぁ、と息を吐いた。


「そうでしたか…。あの場から私を助けて下さってありがとうございます。」


「良いんだ。ゾーイがいなくなるなんて、考えられないから。」


そう言ったヴァレンティンは困ったような笑顔でゾーイを見つめた。


ゾーイは何だか居心地が悪くなり視線を下に向ける。


「それではバラトへ向かおう。この転移の扉は普段カーラがバラトへ行くのに使っていたものだが、今回使用したら破壊するように言われている。とにかく急いだほうが良い。」


「わかりました。参りましょう。」


二人は扉をくぐった。


扉の先は古い無人の家屋のようだった。


ダイニングへ繋がる扉の前に出たようで、視線を巡らせれば食卓とキッチン、食器棚と玄関扉が見える。


「直通でドニエの屋敷ではないのですね。」


「直通で繋がっていては、どちらかに何かあった時に取り返しがつかないからね。」


ヴァレンティンは振り返り、魔法陣が描かれた扉に杖を触れさせた。


すると扉は音もなく粉砕し、扉があった先にはシングルベッドが見えた。


「これで良しと。それでは行こう。」


そう言ったヴァレンティンに慌てて付いて行く。


玄関扉を開けると、夜でもないのに外は暗かった。


「私が処刑場にいたのは確か…明け方だったと思うのですが、ひょっとしてもう夜なのですか?」


「城壁を囲うように、学園長が強固な植物たちで街全体を覆った。バラトは今、完全な要塞だ。」


空を見上げながらヴァレンティンは言った。


「これは最初から計画されていたものらしい。さぁ急ごう。屋敷でみんなが待っているはずだから。」




ドニエの屋敷に着いた途端、ゾーイは息苦しい思いをした。


最初にカーラ、次に辺境伯夫人であるイザベルがゾーイに飛びつき固く抱きしめたのだ。


二人が離れると次はソレイユだ。


「義姉様!良かった!僕はこのまま二度と義姉様に会えないかと…!」


グズグズと泣くソレイユを、ヴァレンティンがそっと引きはがす。


ビショビショになった肩を触りながら、ゾーイはエントランスを見渡した。


広いエントランスには、ドニエの面々とソレイユとアーサーが立っていた。


「外界から完全に遮断されたとは言え、それほど悠長にしていられない。さぁ行こう。」


ヴァレンティンはゾーイの背中をそっと押した。




カーラに連れて来られたのは、以前ゾーイが使っていた部屋だった。


「この部屋は、エリック・ルー侯爵以外は破れないはずだから。さて、皆が揃ったようだし、今後の計画を話そうじゃないか。」


明かに疲れた顔のカーラは、視線をこの場に相応しくないベルナールへ向けた。


「あぁ。そうだね。それでは、我々の計画のゴールについて話し合おうではないか。」


ゾーイの向かいのソファに大仰に座りながら足を組んだベルナールの隣には、フィリベールが腕を組んで座っている。


「さて、ゾーイに話しておくべき事がいくつかある。」


ベルナールはゾーイの方に視線を向けて言った。


「私とエリック、フィリベールは、今回のゾーイの一件を利用して国王の失脚を狙っている。」


耳を疑う内容に、ゾーイは動揺を隠し切れなかった。


「驚くのは無理もない。しかしここでやらなければ、この国は滅ぶことになる。」


「国が…滅ぶとは…。」


「国王は、生涯その座に着くことを切望していた。自分が死ぬまでその座を譲る気はなかったんだ。まぁ権力者だ。それは別におかしなことではないだろう。しかし父は、死ぬことを恐れ始めたんだ。」


ベルナールは肩を竦めながらフィリベールに視線をやった。


「私が隣国に留学したのは偶然だったが、そこで知ったのは信じられない事実だった。我が国王が、隣国から奴隷を買っているという事だ。」


ヒュッとゾーイは息を吸い、両手で口を覆った。


奴隷の売買はルシニョール王国では禁止されている。


その国のトップが奴隷を買っているなど、これ以上ないスキャンダルである。


「我らが父は、不老不死を研究していたようだ。王位を譲るなど考えられないことだったのだろう。だから奴隷を使って、黒魔術に手を染めていたようだ。」


俯くフィリベールに代わり、ベルナールが言葉を繋いだ。


「たまたまその事実を知った弟は、秘密裏にその証拠を掴もうとしていた。しかし国王はどうやらフィリベールの不審な動きに気が付いたようだった。その為自国で生贄を賄い始めたのだ。」


「自国で生贄を…?」


ゾーイは浅く息をしながら、ベルナールの話に耳を傾ける。


「ああ、身寄りのない者や犯罪者。この世から消えても誰も気にしないような人間を見繕っては、不老不死の実験に使っていたようだった。」


真っ青な顔のゾーイの手を、ヴァレンティンはそっと握った。


「そんな時、ベラ・デュポン子爵令嬢が、あ、ロッシュ公爵令嬢が聖人として蘇った。国王は歓喜したようだ。蘇り、という現象を不老不死とはき違えたから。」


「自分も死んで蘇れると…思ったという事ですか…?」


ゾーイは恐る恐る聞いた。


「正確にどんなふうに思ったか分からない。蘇りの方法が不老不死に繋がると思ったのか、ゾーイの言ったように、死んでも蘇れると思ったのか。いずれにしても、ベラ嬢をそばに置けば、不老不死に関する手がかりが何か掴めると思ったのだろう。そして。」


「そ、そして…?」


「この件は5年前の事件にも繋がっている。マルア教王都襲撃事件は、指輪を奪うために起きた事件だったというのは知っているだろう。その事件と過去の出来事を国王は酷く恐れているようだ。」


「1000年前に蘇った皇女が、実はルビン王国最後の皇女という事が関係しているのですか?」


ベルナールとフィリベールは驚いた顔でゾーイを見た。


「よく分かったね。そう。ルビン王国が滅びたのはマルア教が国王を殺したからだと思われていたが、実は違った。皇女を蘇らせるために、ルビン国王が命を懸けて指輪を行使したのだろう。そしてルシニョール王国新国王となったフェンテは、聖人として祭り上げた皇女を自身の娘として発表した。」


ゾーイは想像していた通りの話に肩が震えるのが止まらなかった。


「尊い存在を得た新たな国王は、これ以上ない後ろ盾を得た。しかしそれは同時に弱みでもあったんだ。ルビン王国国王は自ら死んだ。王が死んだ理由をマルア教の罪とするために、リネー教と手を組む必要があった。そうしてフェンテとリネーは、双方の利の為に、事実を捻じ曲げたんだ。その事実は、決して外に出てはいけない。何故なら、フェンテ国王の地位が脅かされるから。」


「5年前の事件を隠蔽したのは、その弱みのせい…という事ですね。」


情報過多で今にも倒れそうなゾーイは、辛うじてそう言った。


「その通り。逸れてしまった。話を戻そう。聖人が不老不死に繋がらないと知れば、再び自国の国民に手を出すだろう。それを、指を咥えて見ているわけにはいかない。」


ベルナールの目つきが鋭くなった。


「だから我々は、王位をもらい受けることにした。」


「なるほど…。理解できました。私たちはベラから繋がる聖人についての事実を明らかにしようとしていて、聖人に執着する国王を追い詰める為に皇太子殿下は私たちに手を貸していた…と。」


「理解が早くて助かるよ。」


ベルナールはニコリと笑った。


ゾーイは今にも倒れそうだった。


間もなく死ぬと思っていた緊迫した状況から助けられ、聞かされた計画はまるで信じられないものだったから。


「わ…わかりま」


「殿下。今は少し彼女を休ませても良いですか。まるで海のように顔が真っ青です。」


ヴァレンティンが意を決して割って入った。


「あぁ、そうだね。それでは少し休みなさい。続きは後で話そう。」


ベルナールがそう言いうや否や、ヴァレンティンは隣に座るゾーイを横抱きに抱え上げた。


「せ…先生!?何を…」


「ゾーイ、君の顔は今死人みたいだ。今すぐ横にならないと。突然体を触って申し訳ないが、急を要するから許してくれ。」


下から見るヴァレンティンの顔は真剣そのもので、ゾーイはそれ以上反論できずヴァレンティンに身をゆだねたのだった。

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