ベラと金の指輪
次回の投稿は9月9日8:30です。
ザワザワを通り越しガヤガヤとする舞踏会会場で、エリックは顔を引き攣らせていた。
(おいおい。国への貢献度の高い伯爵家のご令嬢を、何の調査も無しに処刑だと…?元々弱かったおつむが、いよいよイカレちまったのか?)
エリックは、彼こそ処刑されてもおかしくない暴言を心の中で吐いた。
「これは怪しい雲行きですね?どうするんです?」
ジョゼットはほとんど白目になりながらエリックに声をかける。
「腐っても公爵令嬢だろう、その顔はよしなさい。さてね。どうしたものか。国王の尻尾を掴むための作戦を、繰り上げ実行ってとこかな。行くぞ、ジョゼット。」
真っ黒な正装に身を包んだエリックは、長い足をこれでもかと駆使して会場の出口へ向かう。
ジョゼットは駆け足だ。
「公爵令嬢を走らせる侯爵なんて、あなたくらいでしょうね!」
荒い息遣いでエリックに追いついた。
「おっさんがあれほど言ったのに牛乳を飲まないからだぞ。言う通りにしていたら、せめて俺の半分の身長には達していたろうに…。嘆かわしいばかりだな。」
馬車に乗り込みながら、エリックはやれやれと不敵に笑う。
「さすがに半分はありますし、私は乳糖不耐症なんです!下痢ピーになりたくないんですよ!」
「げ…お前さては平民出身だな?貴族のご令嬢はそんな下品な言葉は知らない。」
クククと笑うエリックを、ジョゼットは苦々しげに睨みつける。
「私が幼い頃からボネ公爵家にあなたが入り浸っていなければ、私はもっと上品な人間になっていたことでしょう。」
「いやいや…、人間の本質というのは生得的なものだ。君は生まれながらに下品なんだな。」
「このクソ…!」
ジョゼットはこれ以上墓穴を掘って言い返されるのは癪だったので、プイっと顔をそむけた。
「はぁぁ、学園長に毒されていなければ、20代最後の年まで未婚なんてことにはならなかったでしょうね!完全無欠の紳士が私の夫になっていたはずだったのに。」
エリックは片方の眉をピクリと上げた。
「ジョゼット…お前はどこぞの嫁に行くつもりだったのか…?」
「はい?いけませんか?素敵な旦那様と仲睦まじく暮らすのに憧れたっていいでしょう。」
ジョゼットはフンッと鼻で笑う。
「そうかそうか…。」
エリックはしばらく腕を組んで無表情に窓の外を見つめた。
「え?何?何々?怖いですけど??何で黙るんです?」
視線だけをジョゼットに向けたエリックは、はぁ、とため息を吐いた。
「いやいや、申し訳なく思ってな。私がこんなふうに育ててしまったのか?責任を感じるな…。何しろ、野ザルは人間と結婚できないんだぞ?」
ジョゼットの肩に手を添えながら、エリックは心底残念そうな表情を浮かべた。
「は?は???今何て?野ザル?聞き間違いですよね?あ、耳垢が詰まってるのかな?」
ジョゼットは真っ赤に憤慨した顔で両耳をほじくった。
キーッと顔を真っ赤に染めるジョゼットを、エリックは面白そうに見つめていた。
「さて、ジョゼット、以前依頼していた爆弾は手に入ったか?」
「はいはい、仰せのままに。今すぐ取り出せますけど、ご入用です?」
「ああ、たった今必要になったな。さて、我が家へ急ぐとするか。」
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ベラは状況が理解できなかった。
目障りなゾーイがようやくこの世から消えると思った矢先、予想だにしない事件が起きたのだ。
混乱する処刑場に視線を向ければ、ゾーイと目が合った。
ゾーイのそばにはヴァレンティンが寄り添っている。
(あの女…!)
「国王陛下!大変です!伯爵令嬢が逃げるつもりです!急いで捕らえて下さい!」
ベラは、横に立つ国王に慌てて進言した。
「黙れ!今はそれどころではない!」
手のひらを返したような国王の態度に、ベラは絶句した。
(何よ何よ何よ…!何がどうなっているの…!)
ベラは右手に付けた金の指輪に視線を落とした。
“あの時から、全て思い通りに行くと思ったのに”
* * * *
ゾーイと友人になって1年ほどが過ぎた頃、ベラはゾーイを以前にも増して疎ましく思っていた。
偶然高位貴族に生まれただけの、何の取柄もない少女が、何不自由なく暮らす事を忌々しく思っていたのだ。
(教会に行きましょう。)
ベラは敬虔なリネー教信者だった。
教会で牧師の説教を聞いている間は、自分の中に生まれる感情を一切取り除く事が出来たから。
教会への行き帰りは、いつも寄り合い馬車だ。
その日もベラは、教会からの帰りに寄り合い馬車を拾うため、ノーヴルの街に下りてきていた。
太陽はまだ高い位置にあったし、少しぶらつこうと思い立ったベラは、ウィンドウショッピングをして、ぶらりと時計台に足を向けた。
「グゥッ…!」
突然聞こえてきた声に驚いたベラは、恐る恐る声のした方に向かう。
時計台の入り口が僅かに開き、その扉の周辺にはおびただしい量の血が落ちていた。
「だ…誰かいるんですか…?ケガをしているの?」
ギギギッと鈍い音を立てて扉を開くと、壁際に血だらけの男が寄りかかっていた。
「え…?だ…大主教…様です…か?」
「君…は、」
「わ、私はベラ・デュポンと申します。あ、あの…すぐに手当てを、いえ、誰か呼んで参ります!」
「待て…」
急いで立ち去ろうとするベラを、大主教が呼び止めた。
「はぁ、はぁ…これを…指輪が君を…選んだ…。」
大主教が震える手で自分の指から金の指輪を外し、ベラに差し出す。
恐る恐る近付いたベラは、大主教から金の指輪を受け取った。
「指輪の声を聞きなさい…それは…神の声だ…。今すぐここを立ち去りなさい。」
ベラは混乱しながら、指輪をグッと握ると足早にその場を後にした。
(立ち去りなさいって言われたし、大主教様は、きっと誰かが迎えに来るんだわ…。)
そう自分に言い聞かせたベラは、街の雑踏の中に入ると握っていた指輪を見つめる。
(神の声…?私を選んだ?リネー様が付けている、右手の指輪なの…?)
ドクンドクンと煩いほど高鳴る心臓の音を無視し、ベラは震える手で右手に指輪を嵌めた。
その瞬間眼前が暗転する。
『お前が殺したい者は誰だ。』
「え…?何ですって?」
『お前では足りない。負の感情を増幅させろ。』
「負の感情…?」
『植え付けられた負の感情はその魂に深く根を張り、刷り込まれた不安は少しずつ人間の心を侵食するだろう。』
「どういう事…?」
『お前にはその役割がある。』
(私の役割…?リネー様から託された役割なの…?私は神に選ばれたの…?)
『他者の負の感情に干渉しろ。そして追い詰めるのだ。』
「分かりました…」
ベラは、神に選ばれた事に歓喜した。
どんな命令にも従えると思ったのだ。
真っ暗だった視界がノーヴルの街に戻った時、宝石店から出てくるソレイユが目に入った。
「あら、ソレイユ君?」
「ベラさん、こんにちは。お買い物ですか?」
「ちょっと用があってね。ソレイユ君は、宝石店に御用?」
「もうすぐ義姉様の誕生日なので、プレゼントを買いに。」
はにかむソレイユを見て、ベラの胸がズキリと痛むのを感じた。
「ソレイユ君は、本当にゾーイが好きなのね。」
ベラは溢れそうになる嫌悪を必死に隠した。
「でも、ゾーイはとても辛い思いをしたでしょう。あまり頼り切りになるのは…ゾーイにとって重荷になる事もあるでしょう。」
ベラの言葉に、みるみる顔を青くしたソレイユは、それ以降ベラの言いなりだった。
(こうすれば良いのね。)
神からの啓示は、他者の負の感情を増幅させる事。
(私にはその力が与えられたということね。)
ベラは経験したことのない優越感に浸っていた。
ベラの言葉一つで、ゾーイへの負の感情を増幅させる人々。
こうして彼女を孤立させることが出来れば。
ベラは自分の存在価値を、初めて感じられた気がしていた。
* * * *
(あなたはみじめなままでいるべきでしょう?それが神の意思なんだから。)
ベラは、憎悪に満ちた目で、ゾーイとヴァレンティンが姿を消した場所を睨みつけていた。




