処刑と脱走
ゾーイは西の塔に備え付けられたガタつくベッドに横になり、目を閉じて周囲の音に耳を澄ませていた。
煉瓦敷きの部屋は思いのほか寒くなく、この真冬にブランケット一枚で事足りた。
「今思えば…、ベラが持っていたって分かったって、いったい何の役に立つというのかしら…」
高い天井を見つめながらため息を吐く。
とても眠れる気になどならないゾーイは、少しでも気を紛らわすため、状況を整理することにした。
「2000年間金の指輪と銀の指輪が生まれて、何人もの手に渡り…そう言えば聖人が蘇る周期は100年から200年だったわね。クリストフ牧師曰く、指輪が動き出す時期…。この規則性には、一体何の意味があるのかしら。」
ふむ、とゾーイは眉間に皺を寄せた。
「それは一旦置いておいて、1000年前ルシニョール王国第一皇女であり、恐らくルビン王国最後の皇女が蘇った。その時にノーヴルの時計台が止まり…。あぁ、そうか。魔力量かしら…?魔力量が多い人間はそう生まれない。統計なんて取られていないだろうけど、仮に100年から200年の周期で生まれるとしたら…」
ゾーイは自分で仮説を立てながらゾッとした。
まるで膨大な魔力量を持つ人間をターゲットにしているような…。
“マルア教の神が人間に授けた”など到底考えられない。
人間の魔力を奪う神がどこにいるというのか。
“神でも悪魔でもない”
あの時、王宮の一室で聞こえた声が頭に響く。
(壊すべきなのは何?銀の指輪?金の指輪?それとも両方?誰が望んでいるの?)
「あなたは誰なの…?」
ポツリとゾーイが零した直後、ベッドに吸い込まれるように意識が遠のいていくのが分かった。
『まだ足りない』
僅かな時間寝てしまったゾーイは、バッと体を起こした。
全力で走ったように息が上がり、汗がジワリとにじみ出てくる。
「足りないって…、あの声…最初の…」
ゾーイは得体のしれない震えが止まらなかった。
「カーラさん、ソレイユ…フィリップ…ロッシュ先生…。」
会いたい人の名前を呟きながら、ギュッと両膝を抱えて顔をうずめた。
ゾーイがようやくうつらうつらとし始めた頃、高い天井付近にある鉄格子の掛った窓から朝日が入ってきた。
薄っすらと目を開ける。
日が昇ってしばらくした頃、ゴンゴンという重々しいノックの音が響いた。
「レフェーブル伯爵令嬢。お迎えに参りました。」
扉を開けたのはイザークだ。
表情は硬く、陰っているように見えた。
「あなたは今から処刑場に向かいます。斬首による…公開処刑と…」
「何も知らない誰かが見たら、あなたが処刑されると思うでしょうね。」
自分以上に疲弊している人を目の前にし、ゾーイは苦笑した。
「行きましょう。案内をお願いできますか?」
「はい…」
落ち着いて周囲を見回すと、西の塔から王宮まではかなりの距離がある。
処刑場がどこだか分からないが、目的地に着くにはしばらく歩きそうだと思った。
「コルベール、という姓に聞き覚えがあるように思うのですが…卿は貴族ではありませんよね?」
「…ええ。我が一族は魔術師の家系です。昔から多くの有能な魔術師を輩出してきました。」
(そうだ。聖人について調べていた時に見たんだわ。)
「コルベール卿は魔術師にはならなかったのですね。」
「生憎、私の魔力は非常に弱いものでした。長子でしたが、弟の方が魔力が高く家督を継ぐことになり、私は家を出ざるを得ませんでした。幸い剣術に秀でていましたから、騎士団への入隊を希望したのです。」
「そうでしたか。」
「すみません。つまらない話でしたね。」
前を向いて歩く二人の間に沈黙が落ちる。
「私はこの数週間、私のこれまでの世界が如何に狭かったかを痛感させられました。」
ゾーイは両手をモジモジといじりながら話し始めた。
「でも、私のこれまでの人生がつまらなかったとは思いたくないんです。今があるのは、今までがあったからだから。当時はそんなふうには思えませんでしたが…。それに、私にこんなに親切にしてくれる人がいてくれて良かったと、私は思っているんですよ。」
ニコリとゾーイが笑うと、イザークは初めてぎこちなく笑った。
「数分後に処刑を控えた人の言葉とは思えませんね。」
ガチャンと大きな音がして、前方にそそり立つ鉄の門が重々しく開いた。
「ゾーイ・レフェーブル伯爵令嬢!ここへ!」
断頭台の上から、男の大きな声が聞こえる。
イザークはこれ以上同行できない。
ここからはたった一人だ。
「コルベール卿、ありがとうございました。」
ゾーイの言葉に、イザークは拳を握った。
コツコツと階段を上るゾーイは、まるで演台に向かう演者のように毅然としている。
眼下には多くの民衆が集まっている。
高い位置には、国王とベラが座っていた。
これからゾーイの首を落とそうという刃物は、朝日にてらされて不気味に光っているようだ。
「罪名、聖人殺害未遂により、これより斬首刑に処す!」
高らかに男は持っていた紙を読み上げた。
男の後ろに控えていた不気味な二人組がゾーイの両肘を掴み、斬首台の方へ強引に引っ張ったその瞬間。
ドガ―――――――――ン!!!!!
立っている事すらできないほど大きな揺れが、この場にいる人間たちを襲った。
まるで何か巨大なものが爆撃されたような衝撃だった。
「何事だ!状況を確認しろ!!王宮魔術師を呼べ!」
国王が声を張り上げているのが見える。
ゾーイはその場にへたり込んでいたが、ハッとした。
“花火を上げる”
「いやまさかね…」
処刑場は騒然としていた。
逃げ惑う民衆、状況把握と民衆避難のために動き回る騎士達。
「ゾーイ、こっちへ。」
後ろから聞こえた小さな声に驚いてふり返る。
「ロッシュ先生!」
ゾーイは口元を両手で押さえながら、小声で答えた。
「花火が上がった。行こう。」
ヴァレンティンがゾーイの手首をグッと掴んだ。
カンカンカンカンという警告の鐘が王都中に響き渡る。
『全ての騎士、魔術師に告ぐ。王都ルー侯爵邸が爆破された。侯爵邸へ向かえ。繰り返す。エリック・ルー侯爵邸へ向かえ。』
魔術で拡声された声は、ノーヴルにも届いたのではないかと思われた。
『マルア教残党による襲撃を想定し、万全の装備を整えよ。』
ゾーイは周囲に目を走らせる。
民衆は殆ど避難している。
国王を守る騎士たち以外は姿を消し始めている。
真っ青な顔の国王が、何かを叫んでいる。
フッとこちらに視線を向けたベラとゾーイの目が合った。
ベラは目を大きく開き、憎悪の表情を浮かべた。
「行くよ。僕に掴まって。一気に飛ぶから。」
ヴァレンティンの言葉に、慌てて振り返り、腰を掴まれたゾーイはヴァレンティンの首に両手を回す。
「先生!学園長は…!」
「後で話す!黙りなさい!舌を噛むぞ!」
ヴァレンティンがフラスコに魔力を込めた瞬間、二人は消えた。




