答え合わせと残酷な真実の片鱗
エリックは、ドニエ邸に連絡を取る前に単身教会を訪れていた。
“金の指輪とやらをリネー教の教皇が所持している可能性がある”
その指輪を持っているという事は、つまり5年前の事件の当事者に他ならない。
学園長の仇が教皇だとすれば、誰よりも先にその人物を討つ資格があるのは自分だと、エリックは思ったのだ。
クリストフの話が嘘でなければ、王都の大聖堂の一室で療養しているという。
(もしクリストフの話が真実ならば、教皇が病に臥せっている原因は俺のはずだ。あの時俺が致命傷を負わせたのだから。)
大聖堂に到着したエリックは、裏手に忍ぶと徐に地面に片膝と手を付いた。
すると地面から何本ものツタがはい出してきて、教会を覆い始めたのだ。
(教会にある部屋という部屋を虱潰しに探れ。)
エリックがツタに指示を出すと、水を得た魚のようにうねうねと動き始める。
ピクリとも動かないエリックは、ツタから送られててくる情報を一つ一つ精査していく。
『大主教がいらっしゃれば混乱もないものを…』
とある部屋で聞こえた声に、エリックは耳を止めた。
『少しの間なら主任牧師で回せたとしても、何年もこんな状況ではいられないはずです。』
『口を慎みたまえ。モレー主任牧師と連絡が取れない今、我々で何とかするしかないんだ。』
『しかし…いっそ公表してしまっては如何ですか?』
『バカな。大主教が4年前に死んだという事をか?今更だろう。そんな重大なことを黙っていたとなれば、リネー教への威信に関わる。』
エリックは耳を疑った。
(大主教が、4年前に死んでいるだと…?)
それで金の指輪はどうなったのか。
誰がエリックやジョゼット、フィリベールやベルナール、イザベルの仇だというのか。
ぶつけようのない怒りがエリックの心を支配した。
(全てを詳らかにしてやる…。)
エリックは、真実を明らかにすべく、邸宅へ急いだ。
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ゾーイは夕食を終えると、もう休むから朝まで誰も入れないで欲しいとイザークに伝えた。
イザークは何か言いたげな表情でゾーイを見たが、軽く頭を下げて扉の前の定位置に着いた。
ゾーイは不思議に思いながらドアを閉め、いつものように鍵をかけた。
(いつ何時連絡があるか分からないというのは、とても緊張するわね…)
既に軽く入浴を済ませていたゾーイは、ベッドに腰掛けながらオレンジのブローチを両手でいじっていた。
なかなか連絡が来ず、うつらうつらとし始めたゾーイの手元で突然声がした。
『ジジ…ジ…各位。聞こえているか』
ゾーイは驚いて思わずブローチを手放してしまい、カシャンと床に落ちた。
『うわッ!今の大きい音は何だ?』
聞こえてきたのはカーラの声のようだ。
ゾーイは震える手でブローチを広い、それほど時間が経ってもいないのに酷く恋しい声に耳を傾けた。
『俺は聴こえてい「うわこれ複数で通信できるタイプの通信具ですか?凄いこれ欲しい。学園長これ私も欲しいです」離れろ!ちょっ!複数で連絡を取る人など君にはいないだろう!痛て!分かったから!』
『カーラ、これは本当にゾーイにも通じているのか?「だからそうだと言ったろう。フィリップが間違いなく渡していればな!」』
ヴァレンティンの声が聞こえ、ゾーイは唇を噛んだ。
『渡しているよ。聞こえているはずだけど…ゾーイ?聞こえてる?』
ゾーイは零れそうになる涙を何とか堪え、口を開いた。
「は、はい…聞こえています…」
『良かった!ゾーイすまない!僕が離れなければこんな事には…。ケガはしていないか?』
弱々しいヴァレンティンの声が聞こえる。
「わ、私は…元気です。先生こそ、ケガをしていませんか?近衛騎士にひどい扱いを受けていませんか…?」
『僕は大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。それより声が震えているようだけど、もしかして寒い部屋に…』
『ヴァレンティン、ゾーイはきちんとした部屋にいるし、扉一枚隔てた外には騎士もいる。心配するな。それよりも、各自報告すべき事があるのだろう?』
声の主はベルナールのようだ。
『そうだな。あまり時間も無いだろう。私たちから話そう。ヴァレンティンが最初の聖人が生まれた地に行ってきたんだ。「僕から話そう。ゾーイが持っている銀の指輪は、最初の聖人であるマルア教の牧師の双子の片割れ、弟が両親から引き継いだものだった。そして、弟が兄を蘇らせたようだ。」』
「双子の弟?」
『ああ。弟の手記にはそうあった。最後は僕らの予想だが、間違いは無いだろう。そして、双子の兄にも、指輪は託されていた。手記によれば、金の指輪だったと。』
『やはりか。』
エリックが割って入る。
『私はガルシア伯爵子息であるドミニクと、レフェーブル君に指輪を渡したというクリストフ牧師に話を聞いた。』
ゾーイはそこで信じられないことを耳にする。
5年前、レジスタンス襲撃事件の際に盗まれた指輪がゾーイに渡っていた事、5年前の事件は、1000年前に起きた国の変革期に乗じて罪を擦り付けられたマルア教が、指輪を奪還すべく起こしたものであったという事。二つあるはずの金の指輪が無い事。銀の指輪には人を蘇らせる力が、金の指輪には命を奪う力がある可能性がある事、リネー教大主教が4年前、他界しているという事。
「な…何故私に銀の指輪が渡ったのですか…?」
『それは分からない。指輪は200年ぶりに動き出し、指輪がそう指示したと…クリストフは言っていた。』
『私の考えを言っても良いですか?』
カーラの声が聞こえる。
『そもそも、銀の指輪を行使して人間を蘇らせていたのは魔力を持つ人間だけだ。そして、人間を蘇らせるなんて能力を持った魔道具があるんだとしたら、それを行使するには多大な魔力がいる事だろう。つまり、聖人たちを蘇らせてきた人物は、ゾーイと同様、規格外の魔力を有していた可能性がある。』
誰もが言葉を発しない。
『銀の指輪がそんな人知を超える力を持っているとして、仮にも魔道具だ。魔道具を操るには魔力を込める必要がある。ゾーイ、君も指輪に魔力を込めただろう?』
「は、はい…私に合うと思い、無意識に…」
『そう。無意識とはいえ、結果的に相当な量の魔力を込めたんだろう。その結果としてゾーイは4日間目覚めず魔力は枯渇し、時計台が動き出したんだ。魔力枯渇についての常識は、今は通用しない。』
『時計台に何の関係が?』
『時計台の魔道具は、魔力を選ばないものだった。すぐそばで膨大な魔力を受けたために動き出したんだろう。そしてあの時計台は1000年前、ルシニョール王国が始まった時に止まったんだ。』
「1000年前…?」
『最初の皇女が蘇った時に、王都で発せられた魔力に反応した…という事か?』
ベルナールの声が小さく聞こえる。
『そうだ。王都とノーヴルは目と鼻の先。当時からあった時計台だ。恐らく間違いないだろうな。』
『いくつもの事実が、この仮説を裏付けているようだな。』
ベルナールは言った。
「銀の指輪は2000年前、マルア教の最初の聖人を蘇らせてからずっと何人もの人間を蘇らせてきて、その指輪は1000年前にリネー教に手に渡り、5年前に再びマルア教の手に戻ったと…。金の指輪を持っているはずのリネー教大主教は、4年前亡くなっていた…。」
『信じられない話だが、辻褄が合う。もしかしたら、金の指輪を持った兄が、弟を殺した可能性があるな。死を司る魔道具なのだとしたら。なんらかの事情で死んだ兄を蘇らせた弟を、兄が殺したのだとしたら、皮肉なものだな。』
ゾーイはひとしきり思案していた。
(時系列が違うのかもしれない。)
「金の指輪の所在が…分かったかもしれません。」
俯いたゾーイは、オレンジのブローチを握りしめながら絞り出すよう言った。




