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嵐の予感と穏やかな日

次回は9月2日(月)8:30に投稿します。

ヴァレンティンは、オーレリアンから真っすぐに魔道具研究所のカーラを尋ねた。


「何かわかったか。」


いつもの応接室で、テーブルを挟み向かい合ったカーラは、足を組み直して言った。


「ああ。一人目の聖人は牧師である双子の兄だったんだが、恐らく兄を蘇らせたのは双子の弟だ。そして指輪は彼らの両親から受け継いだ物のようだった。しかも、どうやら2つあるようなんだ。」


「2つ?ゾーイが使ったもの以外にもう1つあると?」


「ああ。今その所在は不明だが、兄が金の指輪を、弟が銀の指輪を譲り受けたようだ。しかし兄が突然亡くなり、弟が蘇りを願っていた…と、弟の手記にはあった。これ以降の記述は無かったから、恐らく亡くなったんだろう。そして兄が蘇った。」


ふむ、と腕を組むカーラ。


「最初の聖人がその双子ならば、両親が持っていた時点では使われなかったか…、或いは二人の為に作られたか。まあ後者の線が濃厚だろうな。」


「あぁ、それ以前の記録はないから恐らくそういう事だろう。つまり弟の持つ銀の指輪の魔道具に、蘇りなどというとんでもない力が付与されていた…と。」


カーラは立ち上がり、応接室に置かれたデスクへ向かった。


引き出しから取り出したのは分厚い本と、オレンジの宝石の付いたブローチ。


「ふむ。物理攻撃で死なせることが出来たとしても、死者を蘇らせるなどそれこそ神の領域だろう。そのような力を付与する事は到底不可能だ。」


パラパラと本をめくりながらカーラは言った。


「そこで考えたのが、以前話した件だ。」


ヴァレンティンはグッと身を乗り出しながら言った。


「銀の指輪の魔道具が、意思を持った魔道具である可能性か。」


「その通りだ。もしそうだとしたら、前例なんてものは役に立たない上に、もはや人知を超える。」


カーラはため息を吐きながら本を閉じた。


「いやはや…それでは、そろそろ情報共有といこうじゃないか。」



―――――――――――――――――――――――――――



遡ること数時間前、ゾーイは相変わらず居室に引き籠っていたが、ふと思い立って図書館へ向かった。


日は傾き始めていたが、夕食が運ばれてくる頃に部屋にいれば問題ないだろうと考えたのだ。


(あの本はまだ返さなくて良いわよね。さて…何を読もうかな。)


長い廊下をイザークと共に歩いていると、慌ただしそうにすれ違い、追い越していく複数の使用人がいることに気が付いた。


「今日は何だか慌ただしいわね。何かあったのかしら?」


何気なく言葉を発したゾーイに、イザークはスッと視線を向けた。


「数日後に控えた舞踏会に合わせて、デュポン公爵令嬢がいくつもの用品店を呼んで試着をしているようです。」


「なるほど、そうなのね。」


納得したゾーイは、それ以上気にすることなく淡々と歩いていく。


信じられないような顔で一瞬立ち止まったイザークは、慌てて再び歩き出す。


「あの…レフェーブル伯爵令嬢は、ご準備されなくて良いのですか。」


「行く予定がないから。」


「しかし…伯爵邸には招待状が届いているのでは…。」


「どうかしら?」


それ以上話を膨らませるつもりのないゾーイに、イザークは表情を曇らせる。


「私のような者が申し上げることではないと承知していますが、レフェーブル伯爵令嬢は拘束されているわけでもありませんし、参加しない理由がありません。招待状について伯爵邸へ確認するよう仰っていただければ…」


「必要ないわ。でも、コルベール卿は私を気遣ってくれたのね。ありがとう。」


ゾーイはイザークにニコリと笑いかける。


「い、いえ…。」


それ以上会話が続かず、二人は沈黙したまま図書館に到着した。


イザークは前回同様入り口に控え、ゾーイは本棚の間をゆっくりと歩きながら本を選び始めた。


(『薬草の神秘 ~症状別万能薬草大辞典~』あら、自信に満ち溢れたタイトルね。『薬草は毒か薬か』?どっちにもなりえるという事かしら。『薬草の毒と危険性』ですって?どうしてこうも、攻めたタイトルばかりなの?)


かなり偏りに満ちたタイトルにフッと笑みをこぼすゾーイ。


「神秘の聖人はドレスに夢中で、噂の悪女は本に夢中か。」


慌てて口元を両手で隠し、恐る恐る周囲を見渡す。


「フィ…ベルナール殿下。」


本棚の裏からフィリベールがヒョコッと顔を出した。


今日は白いシャツの上に紺のベロアのジャケットを羽織り、黒の厚手のスラックスというシンプルな装いだ。


「フィリップで良いって。しかし変なタイトルばかりだな。司書が適当に本を集めているようだ。指摘しておこう。」


「ふふ。刊行の際に検閲されているでしょうから、内容に問題はなのでしょう。タイトルで読者を引き付ける目論見なのでは?」


本に目をやりながら、面白そうに話すゾーイ。


「それなら作者の目論見は見事に的中したようだね。ゾーイの目をこんなに釘付けにしているんだから。」


ベルナールは、からかうような視線をゾーイに向ける。


「レフェーブル伯爵令嬢?誰とお話をされて…」


入口に立っていたはずのイザークがいつの間にかゾーイの背後から顔を出し、ゾーイの前に立つ人物を見て固まった。


「べ、ベルナール・ド・フェンテ皇太子殿下に…」


「ああ、いい。私は今ゾーイと話している。席を外しなさい。」


「…お、恐れながら…私は、伯爵令嬢が誰かと会う際は立ち会うようにと…」


「監視しろという国王の指示か?君は、彼女が監視すべき対象だと考えているのか?」


「…。」


胸に手を当て、頭を下げたままイザークは固まった。


「自分の頭で考えろ。分かったら部屋の外に出ていろ。」


ジッと動かなかったイザークは、深く頭を下げて背を向け立ち去ると、静かに扉が開いて閉まる音が聞こえた。


「何となく、彼は大丈夫な気がしたんだよね。」


「え?」


「さて、ゾーイ。合図をすると言ったが、会えたから手間が省けた。皆好き勝手動いているみたいだから、今夜あたりカーラ嬢に連絡を取って近況報告会といこうじゃないか。これ渡しとくね。」


そう言ってベルナールが何気なく差し出したのは、カーラがゾーイに手渡したオレンジのブローチ型通信具だ。


「あれ…これは帰る時に渡すと…。」


「私はこう見えて皇太子だからさ。やり方によっては出来ないことなど、あまりないよ。」


いたずらをやり切った少年のようなベルナールに、ゾーイは開いた口が塞がらなかったが、フッと笑うとブローチを受け取った。


「君から何かアクションを起こす必要はないが、念のため夕食以降は部屋に誰もいれないように注意してくれ。また連絡するからね。それじゃあ。」


言いたいことだけ言って立ち去るベルナールの背に向け、ゾーイは深々と頭を下げた。

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