指輪の声とゾーイ
ベルナールは王宮図書館でゾーイに会った後、国王に呼びつけられていた。
第二皇子であるフィリベールが、卒業前の大事な時期だからと帰国を固辞しているため、数日後に控えた舞踏会では、ベラのエスコートを代行するようにと指示を受けたのだ。
そんなバカなことがまかり通るはずがない。
ベルナールには大事な妻がいるのだ。
「ベラ嬢はロッシュ公爵家の庇護に入ったのでしょう。確か次男は婚約者も決まっていなかったはずです。そちらに頼むのが筋です。」
事情を知っているベルナールは、ヴァレンティンに申し訳なく思いながらも苦言を呈した。
「ヴァレンティン・ロッシュはゾーイ・レフェーブルと密に関係していた可能性が高い。捕まえた時に同行していたのだからな。そんな人間にベラ嬢を頼めるはずが無いだろう。」
片方の口の端を上げ、ハッと短く笑うベルナール。
「私は皇太子妃をエスコートする役割があります。他を当たって下さい。」
そう言うとさっと踵を返し歩き出す。
「お前がここのところ国務以外に精を出しているのは分かっているのだ。何をしているか知らんが、あまり勝手をするようでは、皇太子を挿げ替えることも視野に入れなければならんな。」
「…今回だけです。」
苦虫を噛み潰したよう言ったベルナールは、今度こそ執務室を後にした。
(今この地位を追われるわけにはいかない…。もう少しなんだ。)
席を外していた間に溜まった業務を片付けた時には、窓の外はとっくに暗くなり、雪がちらつき始めている。
「アレクサンドラにきちんと説明しなければ…。」
コンコン
真夜中の執務室の扉をノックする者がいた。
「誰だ。」
「殿下。アレクサンドラです。お茶と軽食をお持ちしました。」
ガタリと立ち上がったベルナールは、急いで扉を開けた。
「お疲れでしょう?すぐに退室しますので。」
「いや…、入ってくれ。良ければ一緒にお茶を。」
ベルナールとアレクサンドラは向かい合って座り、アレクサンドラの淹れた湯気の立つ紅茶を静かに飲んだ。
入浴後なのか、薄いピンクのフワフワとした髪を緩くまとめ、厚手のカーディガンを着込んでいる。
ピンク色の目を伏せて紅茶を飲むアレクサンドラを、じっと見つめる。
「アレクサンドラ。」
ベルナールが口火を切る。
「3日後の舞踏会だが…国王から聖人であるベラ嬢をエスコートするようにと命令を受けたのだ…。君には申し訳ないが、今下手に王の機嫌を損ねるわけにはいかない…。だからもし嫌なら体調不良で欠席してもいいし…」
威厳を持って言い始めたはずの言葉は、後半になるに従いしどろもどろになってしまう。
クスリと声が聞こえ、ベルナールは顔を上げた。
「承知いたしました。その日は父にエスコートをお願いしますわ。母は一昨年亡くなりましたから、問題ないでしょう。」
「い、反対しないのか?」
「殿下が何か重大な任務の為に動いているのは知っていますから。今更でしょう。」
アレクサンドラはニコリと笑った。
ベルナールはグッと唇を噛むと、徐に立ち上がりアレクサンドラの隣に座り、手を握った。
「すまない。もうすぐ…。もうすぐ終わるから…。」
アレクサンドラの肩に顔をうずめながら、ベルナールは呟いた。
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ベラの皇妃教育が急きょ無くなり、呼び出しも無いためゾーイは居室で一人窓の外を見ていた。
昨夜から続く雪はこの冬一番の吹雪に変わり、周囲一帯を真っ白に染めている。
やる事も思いつかず、ゾーイはベッド脇チェストの上に放置していた本を手に取った。
何度捲ってみても、中は白紙のままだ。
捲っていた右手にふと視線がいく。
“そこにあると思ってみなければ、見えない魔道具”
パタンと本を閉じると、表紙をゆっくりと触る。
「何かとても重要な事が分かる気がするのに…。」
ゾーイはゆっくりと目を閉じ、魔力を込めた。
キ――――――ン
突然の耳鳴りに頭を抱えるゾーイ。
『指輪――壊してくれ。神でも悪魔でもない。よく聞くんだ…。―――――誰も幸せになどなれなかった…。――――我々が守るから。』
声と同時に耳鳴りも消え、ゾーイはいつもの静かな部屋にいた。
指輪を見つめる。
「壊してって…。もしかして前から聞こえていた声は、これまで亡くなった人…?」
最初に聞いたのは誰だか分からなかった。
(でもドニエで聞いた声は女性だった。騎士を蘇らせたのは、恋人。ベジェでは男爵の気持ちが流れ込んできたもの…。前にも、壊してって聞こえたわ。)
「どうして…亡くなった人の声が…?」
ゾーイは左手で腕をさすり、僅かに身震いをした。




