ベラの計略と罠
窓の外は久しぶりに吹雪いている。
今年の冬は例年に比べて雪が少ないようだと、窓際に立つベラは思った。
ここのところ、国王に勧められて王宮に滞在しているため、最高級のもてなしを受けているベラは、これまで以上に磨きがかかっていた。
身に付けるもの、体の隅々に手厚く施される手入れ、食事。
全てが最高級で完璧だった。
まるで既に王族となったような待遇にベラは満足していたが、何か決定的に物足りないと感じていた。
(それもこれも、全部ゾーイのせいね。)
ゾーイをわざわざ傍に置いたにも関わらず、彼女の態度がかえってベラを苛立たせていた。
(もういらない。必要ないわ。どうやって…消せば良いかしら…。)
口元に右手を当て、愁いを帯びた表情で窓の外を見る。
その物騒な心の内など他者に読み取れるはずもなく、どこか切なげで高貴さを湛えたベラの姿を、崇拝に近い気持ちで見守る者は少なくなかった。
「お茶をご準備いたしますか?」
控えていた侍女がベラに声をかける。
この吹雪で、今日来る予定だった教師が急きょ来られなくなり、突然時間が空いたベラは、暇を持て余していたのだ。
だからと言ってゾーイを呼び寄せてお茶をする気にもなれず、部屋に一人籠っていた。
コンコン
「ベラ様。国王陛下から、数日後に開催される舞踏会のドレスやアクセサリーを第二皇子殿下に代わって送りたいとの事で、よろしければ試着室へご案内します。」
「まあ、嬉しいわ。国王陛下へお礼を申し上げなくてはいけないわね。まずは試着室に案内して頂戴。」
ベラはパッと表情を明るくした。
数日後に催される舞踏会は、年に3回王家主催で開かれる盛大なものだ。
国中の貴族が招待され、2日間に渡って夢のような時間を過ごすのだ。
(フィリベール殿下の代わりにと言うのが腑に落ちないけれど、この舞踏会で私の地位は盤石なものになるでしょうね。何しろ、国王から直々に装身具を送られるのだから。)
意気揚々と試着室に向かう。
ベラを先導するのは王宮の専属侍女、そして後ろには短い茶髪に緑の目をした体格の良い近衛騎士が警護している。
この二人は特にベラを称賛していて、騎士に至ってはベラを守るためならば水火も辞さないというほどだ。
(そうだわ。良い事を思いついた。)
ベラは振り返り騎士を見てニコリと笑う。
近衛騎士は赤面し、視線を漂わせていた。
試着室には、ベラがこれまで見たことも無い量のドレスとアクセサリー、靴や化粧品が並んでいて、部屋全体がキラキラと輝いているように錯覚するほどだった。
中央には一人がけのソファと丸テーブルがあり、全てがベラのためだけに誂えられたものだとわかる。
ベラはこれまでにない優越感に満たされ、次々に提供される装身具を試着していく。
「素晴らしいですわ。このドレスはベラ様の為に存在したのですわね。」
「美しいですわ!これほど洗練されたお嬢様はベラ様だけでしょう。」
首元が大きく開いたドレスは薄いピンク、スカートは幾重にも重なったデザインで、ベラが動くたびに不思議な輝きを放っている。
ネックレスとピアスには大ぶりなサファイヤがいくつも使われ、婚約者であるフィリベールの瞳を意識したものとなった。
かなりの数を試着したベラは疲れていたが、それでも妥協しなかったのは、今後を左右する舞台に相応しい完璧な装いにしたかったからだ。
「ありがとう。とても素晴らしいものだったわ。当日はよろしく。それでは失礼しますね。」
部屋を出る時に感じていた苛立ちを打ち消すには十分な時間だった。
ベラは全ての試着を終えると、陛下の執務室へ向かった。
「事前の申し出なく来室し申し訳ありません。しかし陛下から賜った品々が素晴らしく、すぐにでもお礼を申したく、参った次第でございます。」
国王は、今王宮にいる誰よりもベラに心酔しているのは、火を見るよりも明らかだ。
その為ベラの如何なる態度にも不自然なほど寛容だった。
「構わんよ。君ならいつでも来てくれ。ところで、王宮での生活はどうだね。」
重厚な書斎机には多くの書類が詰まれ、その書類に目を通していた陛下は眼鏡を外しながら顔を上げた。
「わたくしには勿体ないほどでございます。皇妃教育も滞りなく進んでおります。」
「そうか。レフェーブル伯爵令嬢はどうだね。君がどうしてもというから傍に置かせているが、危険な事は無いか?」
ベラの目が僅かに鋭くなる。
「は、はい…。その…今はありません。彼女を信じていますから。でも不安が無いと言えば、嘘になりますが…。」
「心配しなくていい。君には、かなりの人数の警護が付いている。見えないところでもな。君に危害を加える者がいればすぐに対応できる。」
「何から何までありがとうございます。あ、お忙しいのにお時間を取らせてしまいました。御前、失礼いたします。」
ベラは静々と執務室を後にし、何食わぬ顔で自室に向かった。
自室の前で侍女に用事を申し付け、人払いを済ませるとベラは騎士を見つめた。
「少しお願いがあるのだけれど、良いかしら?」
「は、はい。何なりとお申し付けください。」
「ここでは何だから、部屋に入って頂戴。」
そう言ってベラは、恐縮する騎士を部屋に招き入れる。
(誰かに聞かれるわけにはいかないもの。この騎士は馬鹿みたいに私を信じているから…)
ベラは以前ヴァレンティンから習った、防音の魔術を口ずさんだ。
「数日後に開かれる舞踏会があるでしょう。私はとても緊張してしまうと思うの。国中の貴族の目にさらされるでしょうし、私にとって大事な日になるでしょうから…」
「…心中お察しいたします…」
「それに心配なこともあって…。ゾーイがどうも私のことを良く思っていないみたいで…」
「ご慈悲を頂いた分際で、何という不義理な!」
ベラが言い終わらないうちに、騎士は恐ろしい形相で捲し立てた。
「私はただ、また前のように仲良く出来たらって思っていたのに上手くいかなかった…。だからこそ心配なの。あの子はやっぱり魔術が使えるようだし、私の大事な舞台で私を傷付けようとするんじゃないかって。」
「もちろん、そんなことはさせません。ベラ様には多くの警護が付いていますから。」
「ええ…、でも、あなたは舞踏会の間、私から少し離れなければいけないでしょう?だからね、私が合図したら、すぐに駆けつけて欲しくて…。今信じられるのは、あなただけだから…。」
目に涙を浮かべ、切実に訴えてくるベラを見た騎士は片膝をついて頭を下げた。
「この命に代えても、ベラ様をお守りいたします。」
「ありがとう。信じているわ。」
(一度失敗しているんだもの。今度こそ、死んでもらわなきゃ。あなたに相応しい舞台で。)
全ての舞台装置を完成させたベラは、満足気に騎士を見下げながら笑みを浮かべた。




