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5年前の真実と繋がり始める過去

アーサーは、ソレイユからの話を聞いた時膝から崩れ落ちそうだった。


“姉上が王宮に捕らえられています”


よくよく聞けば、捕らえられているわけでは無いようだったが、とはいえ未婚の娘を王宮の侍女にするならば、まずは父親であるアーサーに許可を得るのが当然だ。


その手続きを飛ばしてゾーイが王宮に閉じ込められているならば、父親として抗議しないわけにはいかないと思ったのだ。


アーサーはソレイユから話を聞いた次の日、国王への謁見を申し出た。


しかしその日、謁見許可は得られなかった。


「現在聖人滞在の為、国王の業務は多忙を極めています。数日は謁見許可を得られないことをご容赦下さい。」


宰相が言う事には、国王は仕事をするつもりはないようだ。


その時の、諦念したような宰相の表情にアーサーは引っかかりを覚えたが、それ以上抗議するわけにもいかず一旦帰宅したのだった。


アーサーが邸宅に戻ると、家令が恭しく言った。


「旦那様。ゾーイお嬢様の元侍女のアンナ・ヴォワール男爵令嬢が面会を申し出ています。」


本来であれば格下の貴族からの突然の訪問など、無礼だと一蹴したいところだ。


しかも今は、自分で言うのもなんだが、かなり虫の居所が悪い。


しかし“ゾーイの元侍女”、しかもかなりの古株だった記憶もあり、放置できなかったのだ。


応接室の扉を開けると、ソファに座っていたアンナが弾けるように立ち上がった。


「ご、ご無沙汰しております。突然の訪問、大変失礼とは存じましたが…」


「いい。かけなさい。お茶を二人分、準備しなさい。」


アーサーは、まだ提供されていなかったアンナの分も含め、メイドにお茶の準備を指示した。


「それで、今日は一体どういった要件だ?」


出されたお茶には手も触れず、腿の上で真っ白になるほど両手の拳を握りこんでいる。


アンナは徐に袋を取り出すと、ジャラリと机の上に置いた。


それはゾーイがアンナに託したアクセサリーが入った袋だった。


「せ…正当な罰を受けるべきだと…。」


「罰だと?」


「お嬢様が、最終的に家を出ることを決めた原因は、私にあると思うのです…。」


アーサーの表情が見る見るうちに険しくなった。


「それは何故だ。」


「お嬢様が家を出る少し前、ヴァレンティン公爵令息からのお手紙を…お渡しせずに隠しました。」


「何だと?」


アーサーの温度の低い声に肩を震わせ、アンナは話を続けた。


「ガルシア伯爵からの指示でした…。お嬢様の過去を世間に広められたくなければ、お嬢様と外部とが接触するのを妨害するようにと。」


「過去…。ガルシア伯爵邸での魔力暴発か。しかし当時彼女は3歳だった。責められるようなものではないだろう。」


アンナは力なくかぶりを振った。


「当時3人の人間が死にました。そして10年以上、その事実は伏せられていたのです。たとえお嬢様が幼かったとはいえ、その事を面白おかしく語るのが、社交界ではないのでしょうか。」


アーサーは否定できなかった。


「私はその罪に耐え切れず、逃げるようにお嬢様の元を離れました。」


アンナの握りこんだ両手に、ポタポタと涙が落ちる。


「あの夜のお嬢様のお顔が頭から離れないのです…。まるで…まるで抜け殻になってしまったような…。私はそれでも…。」


耐え切れず顔を伏せたアンナは、しばらく嗚咽を漏らしていた。


「アンナのせいじゃない。いや、アンナのせいだけじゃないよ。」


扉の方で声がする。


「僕だって父上だって、間違っていたんだ。僕は義姉様に嫌われるのが怖くて、義姉様は一人で大丈夫だって自分に言い聞かせて、距離を取っていた。父上だってそうでしょう。」


アーサーは、ソレイユの言葉にグッと唇を噛んだ。


「そうだな。彼女だけを責められたものではない…。私はゾーイとどのような距離でいたらいいのか、ずっと分からなかった。今もそうだ。心配だからといって、あの子を探すことが、もしかしたら逆に追い詰めてしまうのではないかと…。」


シンと静まり返る応接室。


「義姉様は今、ベラさんに強要されて王宮で侍女をしています。ベラさんはまるで、僕の感情を操ろうとでもするかのような態度で接近してきました。だから敢えて、そばにいる事にしたのです。」


ソレイユは、アーサーとアンナに視線を向けた。


「ロッシュ先生とドニエ辺境伯令嬢が何とか義姉様を救い出そうと考えています。エリック・ルー学園長もいます。義姉様は、今は一人ではありません。」


アンナはハッとした表情をする。


「そろそろ連絡を取ってみようと思っています。二人は、立ち会いますか?」



―――――――――――――――――――――――――――



「目に見える事だけだ真実ではありませんから。」


クリストフの言葉に、エリックはピクリと片方の眉毛を上げた。


「神とやらが見えれば、疑う余地などないんだがな。」


エリックは皮肉っぽく言葉を投げかけた。


「目に見えぬものをも信じることが出来てこそ信仰なのです。それにマルア教の神は、我々人間に特別なものを授けて下さいました。」


「話の流れから、その特別なものというのが指輪なわけか。」


「その通りです。200年沈黙していた指輪が、再び動き出したのです。」


ガタリと大きな音がしたかと思えば、エリックがどこからともなく椅子を持ってきて腰掛けた。


「どうぞ続けてくれ。」


横柄な態度で腕と足を組み、首を傾げながら言った。


「学園長!私の椅子を準備してくれないんですか?今魔術で出しましたよね?私の分も出してくれますよね?」


締まった雰囲気が一気に緩む。


天井を仰ぎ見たエリックは、右手をスッと振ると子供が座るような小さな椅子が現れた。


「私には少し小さくないですか?これでも座れますけど、まるで子供用みたいで…」


「君はさっきから4歳児のようにペチャクチャと所かまわず話しているんだから、子供用で十分だろう。」


エリックが凄んだ顔でジョゼットを見れば、下唇を出してちょこんと座った。


「ゴホン、続けてくれ。」


「遥か昔、マルア教の物として人間の手に渡った指輪は、裏切り者のマルア教牧師の手によってリネー教に渡ったのです。」


「そもそもそんな昔の話を、何故君は知っている?」


「とある牧師が話してくれました。悲しい過去があるのだと。僕はその事実を聞いて、あってはならない事だと憤りました。そしてリネー教徒として教会に入り、指輪を奪う機会を狙っていたんです。」


「その指輪は、何が特別だというんだ?」


「かの指輪は、生と死を司るのです。」


地下室はシンと静まり返り、クリストフだけが幸悦とした表情を見せている。


「馬鹿な。生と死だと?100歩譲って死を与えることは出来るだろう。物理的な攻撃でもすれば。しかし生など…」


「それこそが神の領域なのです。一つは生を、一つは死を司る物。そしてその時が来ると、然るべき人間の元に落とされるのだと。」


エリックはガシガシと頭を掻いていた手を止め、信じられないという顔をした。


「二つある…だと?」


「5年間の王都襲撃に便乗し、銀の指輪は奪う事が出来ました。しかし金の指輪は何者かによって持ち去られてしまった。」


「何を言っている?5年前の事件にお前が関係しているというのか?」


「ええ、指輪が動き出したのはもう何年も前からです。指輪はリネー教の大主教にお言葉を授け、大主教が指示を出す。そのようにして運命が動き出したのです。」


「何を言っているか全く理解できないな。それでどう関係してくるというんだ?」


「指輪が動き出したことは、マルア教信者は私を通して知っていました。神からの指示が下っている今、取り戻すべきだと動き出したんです。それが、5年前の王都襲撃事件の真相でした。」


エリックはしばらく呆然とし、短く息を吐いた。


「王宮とリネー教はベッタリだ。その事実を伏せる為に事件の真相を隠したってわけか…。皮肉にも、国王が事実を隠したという事が、それが真実であると証明しているってことか。」


エリックはゆるゆるとかぶりを振る。


「つまりその金の指輪を持ち去った人間が、おじい様を殺した真犯人ってことですね。」


いつものトーンより幾分低い声でジョゼットが口を挟んだ。


「誰だか見当はついているんでしょう?」


ジョゼットが立ち上がり、クリストフにトコトコと近付くと顔を覗き込んだ。


「私は、リネー教大主教ではないかと…思っている。長い事…療養していて誰も顔を見ていないんだ。」


「ふぅん?」


クルリと踵を返すと、ジョゼットは再び子供用の椅子に腰かけて頬杖をついた。


「つまり指輪は大主教が持っている…か。これはこれは…。クソ。一旦休憩しよう。食事はここに運ばせるが、残念ながら拘束は解いてやれない。分かってくれるだろう?」


そう言ったエリックは、足早に地下室の階段に向かい、ジョゼットが小走りでその後を追う。


エリックはイライラしていたせいでかなり速足になっていた。


ドタン!


後ろで聞こえた大きな音に振り返れば、ジョゼットが派手に転んでいる。


「君は…。」


やれやれとエリックが手を差し伸べれば、ジョゼットはエリックをじっと見つめた。


「どうするの?」


「今回ばかりは慎重に事を運ばなければいけない。」


「旦那様。」


後ろから執事が声をかけてきた。


「ご伝言がございます。至急、ドニエ辺境伯家に連絡が欲しいとの事でございます。」


「ふむ。いよいよ動き出すか。お前も来い。ジョゼット。」


エリックは準備をすべく、書斎へ急いだ。

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