聖人の始まりと指輪の魔道具
ヴァレンティンはオーレリアンにある唯一の教会の前に立っていた。
柵で覆われた敷地内には薄っすらと雪が積もり、教会の両開き扉には頑丈な南京錠がかかっている。
海の目の前に立つ教会には、真冬の夜の冷たい風が吹きつけていた。
窓や扉には割ったりこじ開けたりした形跡はなく、つい最近まで人の出入りがあったと言われても信じられるほどだったが、窓の中は真っ暗で寒々しい。
ヴァレンティンは杖を取り出し、そっと南京錠にあてる。
ガチャリ
重々しい音がして南京錠が開いた。
室内に入ると教会の中は薄暗く、ヴァレンティンはポケットから小さな水晶を取り出した。
魔力を込めるとボウッ優しい光が灯り、周囲を照らした。
荒らされた形跡はないとはいえ、ここ数年誰一人足を踏み入れたことのない室内はホコリが積もり、じめじめとしていた。
教会のベンチの間を通り、祭壇の前に立つと周囲を見渡すヴァレンティン。
(どこかに地下の安置室に繋がる階段があるはずだが…)
地下へ繋がる階段は思ったよりも簡単に見つかった。
誰もが利用する可能性のある階段なのだから、分かりやすい所にあって当然である。
階段を降り切った場所は、外よりも数度気温が低いのではと感じるほど寒かった。
手に持つ水晶をかざせば、大人一人が通れるほどの狭く短い廊下の先に扉がある。
恐る恐る取っ手を握ると、難なく扉は開いた。
そこはどこの教会にもある、大理石の寝台が一つあるだけの安置室だった。
部屋の全てを把握するのはあまりにも簡単だった。
何故なら室内にある物体は大理石の寝台一つだけだったから。
(何かを隠すような部屋はないのか…)
煉瓦造りの壁を手でじっくりと触りながら、隠された何かが無いか探したが不審な場所はない。
もしかしたら本当に何もないかもしれないと、ヴァレンティンはため息を吐きながら寝台に寄りかかった。
ガゴン
寄りかかった先が突然動いたので、ヴァレンティンは崩れそうになった体勢を何とか保った。
「あった…」
寝台があった床には、更に下に続く階段があった。
ゆっくりと降りていくと、階段の先には扉が一つあり、その扉はそっと押せば簡単に開いた。
扉の先にある部屋は、ロッシュ公爵家の各居室に宛がわれた浴室よりも狭く、3面に本棚が設置されているため更に手狭に感じた。
中央には簡素な机と椅子が置かれ、その机の上には積み上げられた本と羊皮紙が散在している。
ヴァレンティンは、本の表紙やくたびれた羊皮紙に視線を向ける。
羊皮紙には、数年前までの教会への寄付や購入備品、孤児への支援内容などが書かれていて、教会にある資料として不自然な点はない。
壁に埋め込まれた本棚に収納されている本を、一つ一つ見ていくヴァレンティン。
部屋の奥、本棚の一番下に、タイトルの無い本があった。
その本は一般書籍よりもシンプルで古く、所々にカビが生えている。
背表紙にはタイトルどころか著者も書かれていない。
引きつけられるようにヴァレンティンはその本を手に取った。
パラリとめくれば、それは日記のようだった。
10月2日
両親が死んだ。まさか家の裏の崖が崩れるなんて思わなかった。父上母上。どうして僕らを置いて行ったのですか。信者は悲しんでいます。この街には、マルア教を宣教する牧師は二人だけだったではないですか。
10月15日
うまく行かない。兄上はまだ父上と母上の死を受け入れられていないようだ。僕だってそうだ。今も夢ならどんなに良かったかと思っている。でも二人でやらないと。父上たちの宣教で、救われた人がたくさんいたんだから。
10月30日
兄上が僕を避けているのは知っていたけれど、まさか死ねなんて言われるとは思わなかった。たった二人の家族なのに。この世に一緒に生まれた双子なのに。
11月6日
崩れた崖が撤去され、全壊した家で両親の遺品が見つかった。どうやら僕らに託したかった魔道具のようだ。二人で大切にしようと言ったのに、兄上は相変わらず僕と話してくれない。
11月8日
信じられない。どうしてだ?神に祈るほど僕を嫌っているのか?祭壇に向かって僕の死を願う兄上は、見たことも無いほど切実だった。僕は兄上に何をしてしまったのだろう。一体どこからすれ違ってしまったんだろう。
11月20日
両親が無くなってから信者の足が遠のいていたが、最近人が戻ってきた。両親がいた頃の、静かだが賑わいのある教会を見ると、胸が熱くなるようだ。
12月1日
決まって深夜だ。兄上が祭壇に向かうのは。朝方に部屋のドアが閉まる音がするから、一晩中僕の死を祈っているんだろう。最近、教会以外では顔を見るのも難しい。
12月5日
何だか体調が悪い。ずっと寝不足みたいな感じだ。休みたいところだが、信者の手前そうもいかない。僕が今倒れたらまずい事になる。コルベール家は、ずっとマルア教を支えていくんだ。きっと兄上も分かってくれる。
12月10日
体調が思わしくない。説教はずっと兄上に任せっきりだ。何とか体調を戻さないと。
12月23日
嘘だろ?どうして?どうして兄上は死んだんだ?何故?信者が何故牧師を殺すんだ?僕が駆けつけた時には床は血まみれで、兄上は息をしていなかった。どうして僕を一人にしたんだ?どうして?たった一人の家族だったのに。
12月24日
生き返ってくれたらどんなに良いだろう。思い出すのは最近の兄上じゃないよ。ずっと一緒にいた幼少期の記憶だ。あの頃に戻れたらどんなに良いだろう。僕は一人ぼっちになってしまった。
兄上の指から魔道具を外した。迷ったけれど、これは兄上の遺品だ。僕の銀の指輪は右手にしているから、兄上の金の指輪は左手に嵌めよう。
今日も僕は神に無様に願うだろう。兄上が戻ってくることを。
日記はここで途切れていた。
文章は、最後に向かうに従い震えを伴い、辛うじて読めるものだった。
ヴァレンティンは震える手でそっと日記を閉じる。
オーレリアンで初めて蘇った聖人は、確かに牧師をしていた双子の片割れだった。
聖人は、双子の兄だった。
双子は両親から、それぞれ指輪の魔道具を託されていた。
指輪は、二つ存在したのだ。




