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ベラと狂い始めた歯車

ゾーイはベラに課題図書を届けた後、王宮に宛がわれた部屋に戻り夕食を食べていた。


部屋に戻る時は、イザークが移動具を使うため明確な場所は不明だった。


どうでも良い事を尋ねるふりをして扉を開けた時に分かったことだが、どうやら部屋の扉の前には2人の騎士が常駐しているようだし、窓の外を見れば遥か下に庭園が見える。


試しに窓を開けてみようとしたが、鍵がかかっているようだ。


(つまり私はマイルドに監禁されているのよね?皇太子殿下は合図を送るって言っていたけれど…。どうやって?)


ティカップ型魔道具もアンクレットもブローチも、ここへ連れて来られた時点で奪われてしまっていた。


“ここを出て行くときにお返しします”


イザークはそう言っていたが、現状誰とも連絡は取れない。


(ソレイユが知っているから、もしかしたら伯爵にも伝わるかも…いえ。知っていたとしても何もしないか。)


入浴を済ませたゾーイはベッドに入り、昼間手に入れた本の表紙を見る。


“ルビン王国はなぜ失われたのか 国教から紐解く歴史”


ルビン王国とルシニョール王国、2つの宗教は指輪と密に関わっているのは間違いない。


「著者が書かれていないわね。」


1ページ捲ると、白紙だ。


パラパラと一通りのページに目を通すゾーイ。


「何も書かれていないわ…。」


大いに肩透かしを食らったゾーイは、本をパタンと閉じてベッド脇の丸テーブルに置く。


天蓋付きのベッドに横になると、気を張っているためかすぐに眠気が襲ってきた。


「ベラはどうしてあんなにも…」


うつらうつらとしながら、ゾーイは呟いた。



―――――――――――――――――――――――――――



ベラは、ゾーイが本を探すため図書館に向かう後ろ姿をじっと見つめていた。


(最後に別れた時はこの世の終わりみたいな顔をしていたのに、どうして今は息を吹き返しているのかしら。ソレイユだって近付かないようにしているのに…。)


ベラは心底不愉快だった。


むしろ生気を取り戻したような、強い意思の宿る目が気に入らない。


(私がこうしてあなたよりも上の立場にあるというのに、何も思わないの?)


明かになった身分の差を理解させようと侍女にしたにも関わらず、ゾーイはベラの話し相手という役割を淡々とこなしている。


気に入らない気に入らない気に入らない。


ベラはティカップを持つ右手にグッと力を籠めた。


“あいつの大切なものを全て消してやる”


ベラはどんよりとした視線をティカップに向けた。



授業の後、赤毛の騎士の誘導で部屋へ戻ろうとするゾーイをベラは呼び止めた。


「待ってゾーイ。そういえば失踪していた間、どこで何をしていたの?」


ゾーイに優しく微笑みかける。


「…旅をしてみたくて。短い時間だったけれどたくさんのことを学べましたよ。」


「聖人について調べていたのではなくて?ヴァル様と一緒だったのでしょう?」


ベラはゾーイの一瞬の表情の変化も見過ごすまいと、じっと見つめた。


ほんのわずかにゾーイの眉が上がるのが分かった。


「ヴァル様は今どこにいるの?ここに来て数日経つのに、ゾーイに会いにも来ないなんて、少し薄情よね?ヴァル様どころか誰も会いに来ないなんて…。」


ベラは酷く落ち込んだ表情を見せる。


ゾーイが僅かに顔を顰め、唇を噛んだ。


ベラは右手で口元を覆い、こぼれそうになる笑みを必死に抑え俯いた。


「ソレイユ君は、最初はゾーイを心配していたのよ?でも全然音沙汰が無いからウンザリだって、私の所に来たの…。ゾーイも、悪いわ…。」


ゾーイは依然として黙っている。


「旅先で嫌な思いはしなかった?ゾーイは一人で何でもできるけれど、ずっと一人は…辛いでしょう?」


ベラはバッと顔を上げ、意を決したような表情をゾーイに向けた。


「ねぇゾーイ、魔力を失ったなんて、嘘よね…?」


ゾーイはベラと目が合うと、スッと視線を下に落とした。


「たくさん聞きたい事があるのね。」


ゾーイはそう言うと視線を上げ、しっかりとベラを見つめる。


「先生もソレイユも、みんなそれぞれの役割をこなしているだけ。その時間が私と一時的に交わらなくても、それが必ずしも疎遠になったという事ではないはずだわ。違う?」


(どうして…?)


ベラは予想外の出来事に混乱し、口をつぐんだ。


「魔力は失っていないわ。体調がひどく悪くて、使えなかっただけなの。」


「そ、そうなの?」


「私は強いなんて言われるけれど、とっても弱いの。魔力云々じゃなくてね。それに向き合うのすら怖かったわ。でも、それじゃダメだった。」


淀みなく話すゾーイを前に、ベラは言葉を発することが出来ない。


「思い返せばベラ、昔からあなたの言葉に過敏に反応してしまっていた気がするわ。」


「わ、私は心配で…。」


「ありがとう。でも、もう心配しないで。それでは、私は部屋に戻りますね。」


そう言うとゾーイは、部屋を出て行った。


取り残されたベラは呆然とゾーイを見送ったが、すぐに立ち上がり公爵邸へ帰る馬車へ向かう。


馬車のドアが閉まると、ベラは窓のカーテンを強くひき、腕を組んで右手の爪を噛んだ。


(どこから違ったの?ゾーイが失踪するのを止めれば良かった?ゾーイがヴァル様と会わなければ?ソレイユの行動が制御しきれていなかったの?ゾーイが…私が…死ななければ…?)


ベラは、丁寧に編み込まれた頭をガシガシと掻いた。


フーッと息を吐くと、両手を組みおでこにつけて祈るように目を瞑った。


「あなたはやっぱり死ななくちゃいけなかったのよ。そうでしょう、ゾーイ。」


既に暮れ切った空には星が瞬き始めていたが、ベラの乗る馬車の周辺だけが、底知れない暗さを纏っているようだった。

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