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フィリップの正体と解け始める糸

ゾーイは相変わらず、ベラの侍女として王宮にいた。


誰の計らいかは不明だが牢屋は免れ、簡素な一室が与えられたゾーイは、不本意にも王宮生活を送っている。


「さっきの授業とっても難しかったわ。そう思わない?他国との関係なんて、知る必要があるのかしら。皇太子妃でもないのに。」


ベラは広い庭園のガゼボで、準備されたお茶を飲みながら小さく愚痴をこぼした。


ガゼボはどうやら保温魔道具が設置されているようで、全く寒くない。


しかし庭園は真冬のため、悲しいほどに花が無く、寒々しさを感じた。


「第二皇子殿下は他国に留学中とのことですし、将来は外交を通して国を支える可能性もありますから。妻となるベラ様が他国に関する知識を持っておくことは必要なことかと。」


持っているティカップに視線を落としながら、美しい所作で紅茶を飲むゾーイ。


ベラは一瞬睨みつけるような視線をゾーイに向けたが、誰もそのことに気が付かなかった。


「ゾーイ。私はそんなふうに他人行儀にしてほしくないって言ったよね?…いいわ。頑固なゾーイ。どうせ何を言ってもダメでしょ。」


拗ねたようにプクッと頬を膨らませたベラは、息を吐きながら肩を落とした。


「でも私は疲れてしまったの。ねぇゾーイ、先ほど出された課題の本、王宮図書館に行って探してきてくれる?」


「分かりました。もう少しで講義のお部屋に戻られますよね。そちらにお届けします。」


ゾーイが立ち上がると、どこからともなくイザークが近づいた。


「コルベール卿、図書館へ案内して頂けますか?」


「もちろんです。こちらへ。」


イザークはヒラリと振り返って歩きだし、ゾーイは静かに後に続く。


延々続く廊下を歩き、まだだろうかと思い始めた頃、イザークが大きな両開き扉の前で止まった。


「こちらです。」


ゾーイが扉を仰ぎ見れば、高さはゾーイの身長のゆうに3倍はあったし、精巧な彫刻がびっしりと彫り込まれている。


「禁書庫以外は鍵などかかっておりません。私は扉の横に控えておりますので。」


中に入り淡々と説明をしたイザークは、彼自身が彫刻になってしまったように動かなくなった。


ゾーイはそんなイザークを一瞥した後、図書館内部に目を向け愕然とした。


あまりにも規模が大きいのだ。


1階の見える範囲だけでも、中央に置かれた読書机を囲むよう本棚が並び、奥にもそれぞれ10列は続いている。2階は回廊が壁伝いに敷設され、その壁全体が本棚になっているようだ。


読書好きなゾーイにとっては垂涎ものだが、今回ばかりはたった一冊の本を探すのに苦労しそうだと、思わずため息が出そうになった。


「よし。」


“何がよしですか。まさか一人で探そうとしてないよね?”


思わずハッと振り返るが誰もいない。


無意識にヴァレンティンを思い出したことに僅かに赤面したゾーイは、頭を振ると本棚に向かい歩き出す。


(当然カテゴリ別に収納されているわよね。課題図書は「ルシニョール王国とフォッジオ王国の戦争と和平」だったわね。著者は…ハインツ・ロッシュ。)


「作者別かしら、それともタイトル別?」


陳列の傾向を判断しようと、本の背表紙を順に見ていく。


「タイトル別だよ。」


「そうね、タイトル…え?」


背後から小声で話しかけられ、思わず振り返ろうとした。


「振り返らない。私は君の後ろの本棚の裏側にいるよ。」


「フィ、フィリップ…?」


ゾーイは言われた通り振り返らず、小声で話しかける。


「ご明察。どうして図書館に?」


「私は今ベラの侍女なの。それで皇妃教育の課題図書を探しに…。あ、あなたこそどうやってこんな場所に?」


「ついておいで。」


フィリップは質問に答えず、動き出す気配がした。


本棚の脇からイザークを覗き見て、そっと後をついて行く。


「今日は随分キチッとしたかっこ…う…。」


ゾーイの言葉が尻すぼみになる。


フィリップは上下白の正装に、片方の肩には裏起毛の赤いマントをかけていた。


「あ、あったこれだよ。」


フィリップは本棚の一点を指さして言った。


「べ、ベルナール・ド・フェンテ皇太子殿下にご挨拶申し上げます…。」


ゾーイは震える手足を何とか動かし、カーテシーをした。


「ゾーイ、顔を上げてよ。私のことはフィリップで良い。黙っていたのは私だ。」


フィリップ改め、ベルナールは屈託なく笑った。


(金色が混じったような茶髪に青い目、お顔だって遠目から見たこともあったのに、どうして気が付かなかったの。それにフィリップとの初対面は、どう考えても同年代に見えたのに…。)


恐る恐る体を起こしながら、ゾーイは頭をフル回転させる。


「認識妨害の魔道具を持っているんだ。顔はそのまま見ることができるが、その人と認識できないんだよ。それに少し、若作りさせてもらったからね。」


まるでゾーイの心を読むようにベルナールは言ってのける。


「私たちについて来ている間、ご公務に支障はなかったのでしょうか…。」


「心配しないで。こう見えて皇太子だ。何人か影武者がいるし、妻も協力してくれているから。」


ゾーイは僅かに安堵したものの、次から次へと疑問が思い浮かんでくる。


(どうして秘密裡に調べているの?国王陛下には知られてはいけないの?第二皇子殿下との関係は?カーラさんやロッシュ先生も知らなかったの?)


最優先で聞くべきことがどれなのか、全く頭の整理がつかないゾーイ。


「殿下は、学園長と共に指輪について調べているのですよね。それは…この国の成り立ちと…関係していますか?」


直近の疑問が口から飛び出した。


「ふむ、ゾーイはなかなか深いところまで来ているようだね。さて、そろそろヒントを持ちよって、答え合わせの時間かな。君はとりあえずこの本を持って部屋に戻りなさい。合図を出すよ。必ずまた会おうね。」


その時図書館の扉が開いた。


「殿下!ベルナール殿下はおいでですか?国王陛下がお呼びです。」


口元に人差し指を添え、口角を上げてほほ笑んだベルナールはクルリと向きを変えた。


「今行く。」


バタンと扉が閉じ、再び静まり返る図書館。


ふぅ、と息を吐き緊張を解いたゾーイは、持ち帰るべき本に手をかけて止まった。


隣の本の背表紙に目を奪われたのだ。


“ルビン王国は何故失われたのか 国教から紐解く歴史”


恐る恐る本に手をかけ、そっと引き抜くとその上に課題図書を乗せる。


「レフェーブル伯爵令嬢。」


ゾーイの心臓が破裂寸前まで一度大きく拍動し、バクバクという音が聞こえそうな胸に手を当てながら後ろを振り返る。


「コ、コルベール卿、驚かさないでください…。」


「すみません。時間がかかっているようだったので、何かお手伝いできることがあるかと…。」


ホッと胸をなでおろしたゾーイは、呼吸を落ち着かせながらかぶりを振った。


「いえ、たった今見つかったところです。ご配慮ありがとうございます。それでは戻りましょうか。」


イザークはしばらくジッとゾーイの事を見下ろした。


いよいよ熱い視線に耐えられなくなったゾーイが口を開きかけた時、イザークが動き出す。


「参りましょう。」


気付かれぬようゆっくりと息を吐いたゾーイは、イザークの後に続いた。


「返却期限はありますか?」


「特にありません。返却時はこの扉のこの彫刻の箇所。ここに本を差し込んでください。自動的に戻ります。」


「凄いわ。この扉が魔道具なんでしょうか。」


イザークはコクリと頷くと、再び長い廊下を歩き出した。


ゾーイは胸にある2冊の本を、ギュッと強く両腕で抱え歩き出したのだった。

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