エリックの尋問とヴァレンティンの調査
「ここから出せ!このことを知ったら父上が黙っていないぞ!」
王都にあるエリックの屋敷は普段水を打ったように静かだが、今日は違った。
「静かにしてくれ、私は煩いのが嫌いだ。」
屋敷の地下、本来であればワインセラーにでもなるような空間に6人はいた。
簡素な木の椅子に縛り付けられて横並びになる4人を見ながら、エリックはため息を吐く。
「学園長?夕飯を食べてからにしませんか?私はもうお腹がペコペコで…」
「君は帰っていいんだよ。何でいるんだ。何故でうちで食べる気でいるんだ?」
肩を竦め、頭を振ったエリックはジョゼットを信じられないという目で見た。
「分かりました。待っています。」
心底不愉快そうな顔でジョゼットは唇を尖らせた。
「何故君が怒っているんだ…。ゴホン。まあいい。それでは話を聞こうか。まずは、そうだな。ドミニク・ガルシア。君がクリストフ牧師を追っていた理由は何だ。」
「学園長に話す理由はありません。」
ドミニクはプイっと顔を逸らした。
「そうか。それでは君に現状というものを教えてあげよう。まずは学園の無断欠席だ。3年にも関わらず、君はまだ履修できていない科目が複数ある。その授業の出席日数が足りなくなるのは間もなくだろう。それから君が度々通っていた魔道具店だが、あれは違法だ。知っていようが知っていまいが、一発退学ものだな。それでは君にはこれから退学の手続きを…」
「ち、父に!父に言われたと言ったでしょう!僕はただ指示に従っただけです!」
「どのような指示だ?」
「そ…それは。クリストフ牧師は今回の件に深く関わっているから、手中に置く必要があると…。」
「今回の件とは?」
「詳しくは知りません。ただ、僕が勝手に思っている事ですが、レフェーブル伯爵令嬢を異常に気にしていたことと、宗教について関わりがあるのかも…。」
「宗教とは、マルア教の事か?」
「…はい。父はマルア教の隠れ信者ですから。僕は無宗教なので関係ありませんし、学園長は言いませんよね?宗教を極端に嫌っていると聞きました。」
父をも売ろうという態度に、エリックは心底軽蔑の視線を向ける。
「君の父親が何を信仰していようと興味はない。つまりマルア教の信者であるガルシア伯爵が、レフェーブル伯爵令嬢とクリストフ牧師を気にかけていると。」
「気にしているというより、伯爵令嬢については恐れていると言っても良いくらいでした。クリストフ牧師は、上からの指示だったように思いますが。」
「恐れている?」
「レフェーブル伯爵令嬢は元々ガルシア伯爵令嬢でした。ご存じですよね?」
「ああ、理由は知らないが、母親と共に伯爵邸を去ったと。当時上がった噂は、母親の不貞だったか。」
「はは。違いますよ。レフェーブル伯爵令嬢の魔力暴発が原因で、元ガルシア伯爵、つまりレフェーブル伯爵令嬢の実の父が死んだんです。その件を穏便に済ますために、私の父が裏で手をまわし、瑕疵なくガルシア邸を出たんです。」
「何故そんな対応をした彼女を恐れる?何故今更?」
「知りませんよ。今更気にし始めたのは…、レフェーブル伯爵令嬢が4日間意識を失ったことを、父に伝えてからでしたが。」
エリックは仁王立ちしながら腕を組んだ。
「つまり当時の事故について隠したい事がある…?マルア教関係か?それではトーマス・マイヤー。君は今何をしているんだ?」
エリックがトーマスに視線を向ければ、俯いていたトーマスが視線を上げる。
「私はゾーイを探しているだけです。私を必要としているだろうから。彼女は私を愛しているんです。」
エリックの後ろで、ジョゼットがゲェッという顔をする。
「君はベラ・デュポン君の恋人だったのでは?捨てられたから鞍替えしようと?」
エリックの言葉は、いつも容赦ない。
「なっ…!わ、私はベラと恋人だったことはありません!彼女がどう思っていたかは知りませんが。それに今ベラは第二皇子殿下の婚約者でしょう。そもそも、何故ゾーイに対してあんなにもネガティブな感情を抱いていたのか、全く自分が分からない。」
トーマスは視線を彷徨よわせながらブツブツと言った。
「ふむ。色恋沙汰が絡むと面倒だな。それではクリストフ牧師、あなたは何の目的で行動している?」
「何の目的?そんなの決まっているでしょう。マルア教の再興と汚名返上ですよ。」
「汚名と言うのは、異端とされた事件についてか?」
「当然です。ルビン国王を殺害したのがマルア教大主教だなんて。そんなはずないんです。二人は親友だったと記されているのですから。もし殺害する動機があるとしたら、むしろリネー教の方です。」
「それは何故だ?」
「指輪を奪いたかったのでしょう。」
エリックは目を見開いた。
「その指輪とは、レフェーブル伯爵令嬢に渡した物か?何故渡した?何故、リネー教がその指輪を奪いたいと思うんだ?」
クリストフが、エリックの頭から足元まで一瞥すると、ため息を吐いた。
「目に見えている事だけが、真実ではありませんから。」
そう言って語り始めたクリストフの話は、エリックの想像を超えるものだった。
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魔道具研究所の応接室から移動したヴァレンティンは、気が付くと暗い海の中にいた。
慌てて水面を目指し、ぷはっと顔を上げると目の前に船体が見える。
「おい、あんた大丈夫か?こんな真冬に海に潜るなんてキチガイも良いところだぞ。」
船上から男が話しかけてくる。
言われて水の冷たさに気が付いたヴァレンティンの体はガタガタと震え始めた。
「カ、カーラめ。あ、ダメだ。口が動かない。」
「あんちゃんほら上がれ!こっちでとりあえずあったまりな!」
男は漁師で、とても親切だった。
「おれの着替えだからブカブカだな。ほれこっちで暖を取れるから。」
夜の漁へ出ようとしていた真っ黒に日焼けした屈強な男たちは、わざわざ岸まで戻りヴァレンティンを介抱してくれた。
「これから漁に出るところだったのですよね?もう僕は大丈夫です。この服はすぐにお返ししますね。」
ヴァレンティンは急いで杖を取り出し、服を乾かしながら言った。
「あんた魔術師か!貴族さんかと思ったがやっぱりな!こんな田舎の夜の海にいるなんて、命は大事にしろよな。」
どうやら漁師たちは、ヴァレンティンが身投げしようとしたと勘違いしているようだ。
「この街に移動する時に、間違って海に落ちてしまっただけです。ご心配なく。」
フルフルと首を振るヴァレンティンの金髪から、雫が飛び散る。
「そうか?それなら良いが。あんたは随分腰の低い貴族だな。よし!お前ら今日は終いだ!飲みに行くぞ!ほれあんたも!」
最も体格の良い男が声を上げ、あれよあれよと言う間にヴァレンティンも酒場へと連れていかれた。
「マルア教の過去?ヴァレンティンはそんなことを調べてんのかい?」
漁師たちでいっぱいになった酒場の年配のウェイトレスが食事を出しながら聞いてくる。
「それだけではありませんがね。」
大ジョッキがドンと置かれ、ヴァレンティンは手に取りながらウェイトレスを見る。
「昔ここにいた、リネー教の牧師はもうお亡くなりになったのですよね?」
「あぁ、あの病気だった爺さんのことかい?うん、3年前だったか。思ったより長生きしたが、死んじまったよ。知り合いだったのかい?」
「いえ、知り合いというほどではありませんが…。数年間にここに来た時に少し話をした程度です。今は引継ぎの牧師は?」
「ふん。ここはかつてマルア教の聖地と呼ばれた場所だ。元々邪険にされていたようだが、あの牧師が死んでから誰もいなくなっちまった。まぁ、ここの者たちはそんなに敬虔な信者もいないしな。あぁ、マルア教について知りたいなら、教会に行ってみると良い。あの頑固な爺さんもいないから残っている物から何かわかるかもな。」
ヴァレンティンは飲みかけたジョッキをテーブルに戻しハッと顔を上げた。
(あの牧師と対話しただけで、教会には足を踏み入れていない。確かに何かわかるかもしれないな。)
ガタンと立ち上がったヴァレンティンは、テーブルに金貨を一枚置いた。
「ご馳走様。失礼します。」
「ちょっとあんたこれは多すぎるよ!まだ何も食べていないだろう!」
ヴァレンティンは振り返りながら、軽く会釈して店を後にした。




