ヴァレンティンとカーラの検討
「おいおいどうなってるんだよ!」
カーラは魔道具研究所の施設長応接室のテーブルを拳で叩いた。
「お前がそばにいるんじゃなかったのか!」
「面目次第もない…。」
カーラの前に座るヴァレンティンは、唇を噛み子犬のように縮こまっている。
カーラはサラサラとした髪を雑に掻き上げ、ため息を吐いた。
「はぁ…。それで王宮だと…?いくらドニエが王族から干渉されない家系であったとしても、今回ばかりは下手に動けないぞ。連れ出す口実が無い。」
「分かっている。それはドニエに着いた時に嫌と言うほど言われた…。クソッ!」
「王宮に連れていかれたのは間違いないのか?」
「ダニエル・ショパンは嘘を言っていないようだった。それにゾーイに託しているティカップ型の通信具が一度王宮で開かれたんだ。間違いないだろう。」
「はぁ…それなら、焦るよりもまず状況を整理する必要があるだろう。」
そう言ったカーラは、ドシッと腰を落ち着けヴァレンティンを睨みつけた。
「ゾーイが王宮に連れていかれたという事は、十中八九幼馴染の聖人絡みだろう。」
コクリと頷くヴァレンティン。
「ベラは異常な程ゾーイに執着しているようだった。」
「そしてゾーイは聖人の真実を追っていた。歴史に残る聖人では無く、聖人を蘇らせた影の存在こそ、聖人の謎に迫るキーであると。そして今回聖人を蘇らせたのがゾーイだった。」
カーラはハッと顔を上げた。
「そう言えば、ゾーイから聞いたか?魔力が戻ってきている事。」
「ああ。カーラが気付いたと。」
「そうだ。私はお前らに依頼されていた時計台の魔道具を調べていた。あれは壊れていたし、罪悪感なく分解できたお陰で、中の魔力を通す部分をじっくり見ることが出来たんだ。」
「壊したのか?」
カーラは大きくかぶりを振った。
「言葉を間違えないでくれ。“壊れていたから分解したんだ”。」
「はぁ。それで?」
ヴァレンティンは額に手を当てて俯きながら言った。
「うん。それで、分解したお陰で構造が理解できた。というか解明できた。その構造を、ゾーイに渡したアンクレット型魔道具に使ったんだ。」
「あの移動具に?」
「そう。つまりあのアンクレットは、魔力を選ばない魔道具ってこと。まぁ念のため少し私の魔力も込めていたが、結局ゾーイは自分の魔力を使ってあの町にたどり着いたんだ。」
「なんでゾーイは魔力を取り戻したんだ?いやそもそも、魔力を失うなんて事例はなかったわけだから、何故なんて思うこと自体おかしいのか?もしかして、聖人の地を巡っていることに何か関係が?」
コクリと頷くカーラ。
「私もそれを考えていた。聖人の蘇りの為に失った魔力なら、聖人に関して行動していることに何か理由があるだろう。もともとゾーイは何故、この件を調べ始めたんだ?」
「それは…指輪とベラの関係が気になったからだ。指輪は牧師に渡されて。その牧師はマルア教の信者で…。マルア教は5年前の王都襲撃に関係していて、マルア教は今は異端だ。マルア教は…何故異端だった?」
「マルア教の大主教が、ルビン国王を殺害したせいだと歴史書には書かれているが。」
「ルビン国王…。そうだ。今まで聖人の一人としか思っていなかったが、ルシニョール王国が始まった頃、聖人が生まれている。確か…ルシニョール王国の初代第一皇女だ。」
「第一皇女ね。もしかしたら王宮で、ゾーイは何か夢に見るかもしれないな。それに、魔力も更に戻るかもしれない。」
ヴァレンティンが組んだ両手を見つめた。
一時静まり返る応接室。
『ドニエ辺境伯令嬢。聞こえますか?』
「ん?レフェーブル伯爵子息か?」
『はい。あ、僕のことはソレイユと呼んでください。』
カーラは、ソレイユにも通信具を持たせていた。
「分かったソレイユ。それで、どうかしたか?」
『それが、僕は今王宮でベラさんの付き人のようなことをしているんですが』
「付き人?どういう事だ?」
ヴァレンティンは食い気味に質問する。
『その声はロッシュ先生ですか!?どうして義姉様のそばにいないのですか!?義姉様は今、何故かベラさんの侍女をしているんですよ!』
「侍女?何故だ?」
『僕にも事情は分かりません。どうして義姉様があんなことをしなければいけないのか。』
「そもそも、君はどうして王宮に?」
『それが、ベラさんが僕に接触してきたんです。まるで…僕を洗脳しようとするかのような態度でした。義姉様の話を聞いた後だったので、聖人について何かあるのではと思い、素直に従ったんです。』
「なるほど。ヴァレンティンよりよっぽど有能だな。」
チラリとカーラが見れば、ヴァレンティンはこれ以上ないほど渋い顔をしている。
「ゾーイへの対応は?ソレイユは、ゾーイと接触できそうなのか?」
『どうでしょう…。義姉様がどこにいるのか分かりませんし、日中は基本的にベラさんと一緒にいます。あ、今日は第二皇子殿下に話しかけられていましたが。』
「第二皇子?フィリベール殿下か?」
『はい。ケガはないようだねって言っていましたが、顔見知りのはずがないんですよね。』
ヴァレンティンが天井を仰ぎ見た。
「はぁ。少し解けたと思ったらまた糸が絡まる。一体どうなっているんだ。」
「ソレイユ。これからは定期的に連絡をくれるか。無理の無い範囲で良いが。」
『そのつもりです。どうにかあの窮屈な空間から義姉様を助け出したいのですが…。』
「言わずもがなだ。必ず助け出す。」
『その言葉が、嘘にならないことを祈っていますよ。先生。』
プツリと通信が切れた。
しばらくソファに背を預け、天井を見つめていたヴァレンティンはガバッと前を向いた。
「うわ、びっくりした。どうした。」
「糸が…」
「ん?」
「いや、原点は何だ?糸の始まりを掴めば、何かわかる気がするんだ。僕はオーレリアンに行く。」
素早く立ち上がったヴァレンティンは、手元にアタッシュケースが無い事を思い出して舌打ちをした。
「うむ。君にはこの便利なグッズを授けよう。」
カーラはポケットを探ると、右手のひらをグッとヴァレンティンに突き出した。
「これは何だい。」
ヴァレンティンが思わず手に取ったのは、手のひらサイズのフラスコに入った水だった。
「水だよ。」
「見ればわかる。これが何だ?」
「これは移動具だ。どこにでも水はあるだろう。行きたい場所の水辺をイメージして魔力を込めろ。あ、ただ水に込めるなよ。このうっすいフラスコに込めるんだ。こっちが魔道具だから。お前なら出来るだろう?」
カーラを見つめたヴァレンティンは、フラスコに視線を移す。
「当然だろ。」
そう言ったヴァレンティンは、一瞬にして応接室から消えた。




