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王国の謎とゾーイ

次回のお話は19日8:30に投稿します。

「シャルロット…。どうして…戻ってきてくれ…。」


右手に握られている感覚を覚えた。


既視感にゾーイの意識が浮上する。


“きっとまた夢だ”


「お前がいれば私は…。愛娘がいれば、私は…。」


美しいサラサラとした金色の髪をした、愁いを帯びた顔が目に入る。


(お父様…どうかそんな悲しい顔をしないで…。私は心からお父様を愛して…。)


ゾーイのものとは違う感情が内側から溢れてくる。




ゾーイの意識がフッと浮上した。


見慣れない天蓋付きのベッドの上にいるようだ。


込みあげてきた咳を一つする。


「目が覚めましたか。」


声が聞こえた方に振り返れば、イザークが立っていた。


「コルベール卿…ここは?」


「王宮の一室です。レフェーブル伯爵令嬢は、謁見の間で突然倒れたため、急きょここに運ばれました。体調はいかがですか。半日眠っていましたが。」


(半日…??あんなに短い夢だったのに…。)


「た、体調は問題ありません。」


無表情でゾーイをジッと見つめるイザーク。


「そうですか。それでは食事を運びましょう。しばしお待ちを。」


そう言ったイザークは、素早く立ち去ってしまう。


天蓋を見つめるゾーイは、記憶を辿っていた。


(シャルロット。見覚えがあるわ…。1000年前、8人目の聖人として蘇った皇女。シャルロット・ド・フェンテ。ルシニョール王国初代国王の第一皇女…。でも…。)


ガチャリと扉が開き、イザークが入って来る。


「こちらをお召し上がりください。それと…。」


言い淀むイザーク。


「何か?」


「陛下より聖人様の侍女になるようにとのご指示を承っています。」


随分と早口に言い切ったイザークは、視線を彷徨わせている。


「そうなの…。」


(ベラは私が侍女になることを何故か望んでいた。何故私をそばに置きたいのかしら。どうもベラの意思が分からないわ。)


「分かりました。それでは聖人様のところへ案内してくれますか?」


イザークはグッと眉間に皺を寄せ、逡巡したようだった。


「いえ…今日はお休みください。倒れたばかりです。今日はまだ意識が戻っていないことにします。」


ポカンとした表情のゾーイは、未知の生き物を見るような視線を向ける。


「そ、そうですか…?それでは…。明日伺いましょう。」


「承知しました。それでは私は扉の前におりますので何かあればお呼びください。侍女もおります。」


「ありがとう…。」




イザークの配慮により全快したゾーイは、イザークの後に従いながら、王宮の廊下を歩いていた。


(王宮は舞踏会以外来た事が無かったけれど、ダンスホール以外も何もかもが豪華なのね。)


ゾーイは顔を動かさないようにしながら周囲を伺う。


フッと目が留まった。


長い廊下に飾られた額縁。


歴代の国王と家族の肖像画が並んでいる。


ゾーイはゆっくりと瞬きをして、一枚の絵を見つめた。


「レフェーブル伯爵令嬢?」


突然立ち止まったゾーイを訝し気に見るイザークは、ゾーイの視線を辿り肖像画を見た。


「初代国王陛下にご興味が?」


その画には、茶髪に茶色い髭を生やした男性と、金髪の美しいが儚げな女性が描かれていた。


ゾーイは視線をしばらく逸らさなかったが、徐に前を向いた。


「いいえ。参りましょう。」


ゾーイはキッと前を見つめ、再び歩き出した。



「ゾーイ!待っていたわ!ここに座って?」


イザークの案内で到着した豪奢な部屋には、ピンクのフリルがたっぷりと付いたドレスに身を包んだベラがいた。


「いえ、ロッシュ公爵令嬢。私は一介の侍女にございます。隣に座るおこがましいかと。」


「ゾ、ゾーイ?怒っているの…?その…あなたを守る方法が他に思いつかなくて。何だか可笑しな噂が飛び交っているものだから…。」


突然悲しそうな顔をしたベラに戸惑うゾーイ。


ゾーイは無意識に周囲に視線をやった。


広い部屋には、見たことも無いほどの騎士と侍女が控えている。


その顔は一様に緊張しているようで、ゾーイがベラに何かをしでかすのではと疑っているように見えた。


「いえ…。私を気遣ってくれたのでしょう?ありがとう。」


(ベラは…私に何をさせたいのかしら…。)


「ゾーイは私のお話相手になって欲しいの。慣れない王宮で、とっても寂しいものだから…。良いでしょう…?」


ベラは心底心配そうな表情でゾーイを見た。


(これは決定事項だもの。私が何を言おうと覆らないのに。)


「ええ…、皇妃教育で大変でしょう…。私が少しでもお役に立てれば良いのですが。」


そう言って会釈したゾーイは、顔を上げると一瞬目を疑った。


ベラが見たことのない笑みを浮かべていたのだ。


困ったように眉を下げ、口元に浮かぶ笑みを必死に抑えているような。


まるで優越感に浸るような表情を。


しかしその表情は一瞬で消え、いつもの屈託のない笑顔を浮かべている。


「私はこれから歴史の授業なの。ついて来てくれる?」


「承知しました。」


静々と授業が行われる部屋へ向かう。


(ベラは随分と貴族令嬢の教育を受けたみたい…。洗練された姿勢だわ。)


ボンヤリとベラの背を見ながら、ゾーイは思った。



「ですから、1000年前にマルア教徒によって殺害されたルビン王国国王に変わり、現在はフェンテ国王が王国を統べているという訳です。」


「マルア教は、それを機に異端として廃絶されたのね?」


ベラが教師に聞く。


「仰る通りです。詳しくは書かれていませんが、歴史書によれば国王は反乱を起こしたマルア教により殺害されたと。ルビン王国の国王にはまだ子供はおらず、仕方なく公爵家であり、側近であったフェンテ家が王国を統べることになったのです。」


ベラの横に控えながら、ゾーイはザワザワとした胸騒ぎが収まらない。


(ルシニョール王国初代国王はつまり、家臣だったフェンテ家。現在の王族はみな茶髪だわ…。でも初代国王の隣にいた皇女は金髪だった…。それに夢に見たシャルロットを娘と言った男性は…金髪だったわ…。)


皇女の蘇りについて不可解なものを感じたゾーイは、この事実をヴァレンティンに伝えなければと考えていた。


(ロッシュ先生も、何かされていないと良いのだけれど。もう一緒に旅することも、できなそうね。)


一時の平和を思い出し、ゾーイの胸はツキリと痛んだ。



ベラと幾人かの騎士や侍女の後ろにつき、部屋への長く広い廊下を歩いている時、ベラの弾んだ声が聞こえ、視線を前に向けたゾーイ。


「フィリベール殿下!もうお戻りになってしまったかと思っていましたわ。」


「ええ、今から戻るところです。」


ベラの前に、サラリとした茶髪に美しい顔立ちの、背の高い男性が立っている。


フィリベール・ド・フェンテ第二皇子は、あまり公衆の前に出たことがなかった。


そのため、ゾーイもその顔を初めて見たのだ。


フィリベールはベラと何度か言葉を交わし、歩き出した。


慌てたゾーイは廊下の横に避け、頭を下げてその足が通り過ぎるのを待った。


しかしスタスタと歩いていた足が、ゾーイの前でピタリと止まった。


フィリベールが言葉を発しなければ、頭を上げるわけにもいかず、ジッと耐える。


「ゾーイ・レフェーブル伯爵令嬢。ここで何を?」


(私のことを知っている…?)


「第二皇子殿下にご挨拶申し上げます。私はデュポン公爵令嬢の侍女として王宮に来ております。」


頭を下げたまま素早く言い切る。


「そう。顔を上げて。」


ゾーイがゆっくりと顔を上げると、二人の視線が合った。


透き通った青い目が、ゾーイを見つめる。


「怪我は無さそうだね。それでは。」


そう言ったフィリベールは再び長い脚で歩き始め、あっという間に見えなくなってしまった。


(どこかで、見たことがあったかしら。)


訝しげな顔でフィリベールの消えた方を見るゾーイ。


そのゾーイに、ベラは感情の読めない視線を向けていた。

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