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王宮とゾーイ

ベラは部屋から出ると一心に前を向き、次第に歩くスピードが上がる。


後ろから騎士や侍女がついて来ているのは分かったが、気遣う気になどなれなかった。


(何?あの表情。絶望に染まっていると思ったのに。私があなたの唯一の救いなのに…。生意気な表情をして…。)


王宮に用意された自室の前にたどり着く。


「下がって良いわ。用があれば呼ぶから。」


ついて来た全員の顔を見たくなかった。


苛立ちから何か仕出かせば、これまで作り上げて来た“虐げられながらも、献身的にゾーイを想うベラ”像を壊しかねない。


(ゾーイ、あなたは私がいなければ駄目でしょう…?義父は元々あなたに興味が無いし、お母さまは死んだわ。ソレイユは私の言いなりだし、良く分からないけれど唯一の味方だった侍女もいなくなった。)


誤算だったのはヴァレンティンだったが、それも今は遠い存在だ。


“あの時から、あなたの運命は決まっていたの”


ベラは右手の甲を左手でさすり、両手を組んだ。



――――――――――――――――――――――――――――――



ゾーイが目を覚ましたのは、沈み込むベッドと格子の掛った小さな窓が一つあるだけの、清潔だが色味の無い部屋だった。


“あぁ、そうか”とゾーイは思い出す。


(私は王宮の牢屋に入れられているのよね。)


ゴロリと一つ寝返りを打ち、起き上がる。


鉄格子の方に視線をやると、例の赤毛の騎士が格子の向こうで微動だにせず立っている。


ゾーイの起きた気配に気が付いたのか、赤毛の騎士は振り向いた。


「目が覚めましたか。食事をお持ちします。」


「その前に、お手洗いに行っても?」


「も、申し訳ありません。すぐに女性を連れてきます。」


慌てた様子の赤毛は、眉を寄せ立ち去ろうとする。


「別にあなたで構いません。」


「しかし……。……わ、わかりました」


有無を言わさぬ表情のゾーイに根負けした男は、視線を逸らしながら言った。


 赤毛の騎士の後ろを付いて行きながら、ゾーイは自分の今後について思いを巡らせていた。


(そもそもどういう理由で私は、ここに捕まっているのかしら。赤毛の騎士さんに聞けば、答えてくれる?)


用を足して戻ったゾーイは、食事を運んできた赤毛の騎士に目を向ける。


「あの…。」


「はい、何でしょうか。」


赤毛の騎士はしっかりとゾーイに目を向けて答えた。


「あ…あなたの名前は?」


ゾーイは思わず違う事を質問してしまった。


「赤毛の騎士さんなんて…思いながらあなたを見ていたものだから、それでは無礼かもしれないと思っただけなの。言いたくなければ良いわ。」


赤毛の騎士はジッとゾーイを見つめた。


「私はイザーク・コルベールと申します。」


ゾーイは何となく聞き覚えのある名前に、一瞬思考を止めた。


(コルベール?どこかで聞いたような…。)


しばし沈黙したゾーイを、イザークは変わらずジッと見つめている。


「あ、コルベール卿。食事をどうもありがとう。その…質問したいのだけれど、良いかしら。」


「どうぞ。」


「私はどうしてここに閉じ込められているの?」


イザークは、眉間に深い皺を寄せた。


「本当に理由が分からないのですか?それなら、何故素直に従っているのです?」


「今は私が質問しているでしょう。あなたは何故、私を捕まえたの?」


しばし沈黙したイザークは、重い口を開いた。


「聖人様があなたの安否を気にされています。…それで…しかし…国王陛下が…。」


グッと眉間に皺を寄せたイザークは、こめかみを押さえた。


「陛下が、私を牢屋に入れるように言ったのね。分かったわ、ありがとう。」


ゾーイは返答に満足いき、運ばれた食事を持ってベッドの方へ歩き始める。


そんなゾーイを、イザークは信じられないものを見るような目で見つめた。


「あ、あなたは…何をしたんですか?」


振り返ったゾーイは、首を傾げた。


「さぁ?あなたが一番わかっているのでは?」


イザークは自分がしたのとまるで同じ質問をされた事に言葉を失い、何故こんな事をしているのかと自問した。


ゾーイは静かにベッドに腰を下ろし、簡素なパンと具の少ない透明なスープを黙々と口に運ぶ。


「あなたは本当に、ゾーイ・レフェーブル伯爵令嬢ですか? あまりにも……動じなすぎでは……」


まだいたのか、というようにゆっくりとイザークの方に視線をやる。


「あなたは一体、私についてどれくらい知っているというのですか?」


ゾーイの言葉に押し黙るイザークは、黙したまま鉄格子に背を向けたのだった。




「レフェーブル伯爵令嬢、国王陛下がお呼びです。」


うつらうつらとしていたゾーイに、イザークが声をかけた。


(思ったより早く呼ばれたのね。)


手がかりが屋外からの光のみとなった部屋では、もはや時間的概念はないに等しかったが、まだ自分を見失うほどでは無かった。


「そう。案内をよろしくお願いします。」


先導するイザークに従って歩くゾーイを、廊下にいるメイドや騎士が訝し気に見つめているのが分かる。


ひときわ大きな扉の前で立ち止まるイザーク。


左右に侍る騎士に何事か伝えると、騎士は徐に扉を開いた。


「こちらへ。」


端的に伝えるイザークは、表情から感情が読み取れない。


ゾーイは無言で従った。


謁見室に足を踏み入れた途端、ゾーイは酷い眩暈と耳鳴りに襲われる。


立っていられなくなったゾーイは、頭から前に倒れこんだ。


硬い床に頭を打った直後、遠のく意識の中でイザークが呼ぶ声が聞こえたような気がした。

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