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ゾーイとベラ

次の投稿は、8月15日(水)の8:30にします。

ゾーイの意識がふっと浮上したのは、馬車の中のようだった。


断言できないのは目隠しをされているせいだったが、それでも痛いほどガタガタと揺れるこれは恐らく質の悪い馬車だと、ゾーイは結論付けたのだ。


状況を整理しようと、頭を巡らせる。


(確か私は、ロッシュ先生と図書館にいて…、それで一人で外に出て…。そうよ、そこから記憶がない。)


自分でも驚くほどゾーイは冷静だった。


これはかどわかされたのだと理解した。


(誰の仕業かしら…。トーマス?ベラ?それとも関係のない誘拐犯…?)


あまりにも揺れて体が硬いものに当るため、ゾーイは思わず身じろぎした。


「ん?お目覚めですか?世紀の悪女さん。」


ゾーイは聞いたことのない声に驚いた。


「だ、誰ですか?なぜこんな扱いを?」


「それはあなたが一番わかっているのでは?極悪人と言うのは、須らく厚顔無恥なんでしょうかね。」


ははっと笑う声が響き、ゾーイは眉を寄せる。


「あなたは誰?私はこんな扱いを受けるようなことをした覚えはありません。」


ゾーイは毅然として言った。


「あまり詮索しない方が身のためですよ。命が大事なら。尤も、あなたの命があとどれくらい続くのかなど、私には分かりませんが」


“詮索しない方が良い”ということはつまり、相当上の人間からの指示だろう。


今それに当てはまるのは、国王ただ一人だ。


(つまり私はこのまま王宮に連れていかれ、やってもいない罪で罰せられるという事かしら。)


ゾーイはふぅっと息を吐いて再びガタガタと揺れる床に横になった。


「おや、存外諦めが早いんですね。」


フンと小馬鹿にしたように男は言った。


「近衛騎士に歯向かったところで、私に分はないでしょう。」


何てことないように言ったゾーイの言葉に、ひゅっと息を吸う男。


男が黙り込んだ事に、してやったりと満足する。


(恐らく今脱出は不可能だし、可能性があるならむしろ王宮に着いてからね。)


短期間で多くの経験をしたゾーイの心は、相当に鍛えられていたようだったし、そもそもゾーイは大人しい性格ではない。


「こちらとしては抵抗しないでもらった方が助かりますが。」


「そうですか。」


ガタガタという音と振動だけが響く。


馬車に揺られながら図太くもウトウトとするたびに、ガタンという振動に強制的に目覚めさせられる。


ふいに頭に布が差し入れられた。


意図の分からない行動に警戒するゾーイ。


「レディーにこんな対応をしなければいけないのは、本意ではありません。」


「あなたの良心について聞いていませんが。」


再び黙り込む男。


「すみません。」


「!何ですか?」


食い気味に聞いてくる男に僅かに尻込みする。


「の、のどが渇いたので、水を頂けますか。」


「少しお待ちください。おい。止めろ。」


すぐさま要望に応えた男は、ゾーイの体を起こして手にコップを握らせる。


その後は終始無言を通したゾーイは、頭に差し入れられた布のおかげで長時間の馬車移動を寝て過ごした。


ゴトンと大きな振動に目が覚める。


「深窓の令嬢と聞いていましたが、随分図太くいらっしゃるのですね。」


ふぅとため息を吐く。


「私はあなたがどこの誰なのか存じません。」


ゾーイの言葉に黙り込む男。


「だから私はあなたのその無礼な物言いについて何も言いません。なぜならあなたについて何も知らないから。あなたは、私についてどれほど知っているのですか?」


「…降りて下さい。」


取られた手は思ったより優しく、足取りもゆっくりだった。


「今日はもう遅いので、こちらでお休みください。」


シュルリと外された目隠しの向こうに、近衛騎士が見えた。


赤みがかった茶髪はクルっと癖があり、騎士らしくガッシリとした体と不釣り合いな優しい目をしている。


周囲に目をやると、どうやら地下の牢獄のようだ。


ベッドが一つあるのみで、鉄格子が近衛騎士の背に見える。


「わかりました。おやすみなさい。」


そう言ったゾーイは備え付けの硬いベッドに足を運んだ。


黙り込む騎士は、立ち去ることなくゾーイを見つめた。


「まだ何か?」


グッと眉間に皺を寄せた騎士は、黙り込み背を向けた。


「明日は国王陛下と聖人様にお目通りすることになるでしょう。今日はゆっくりお休みください。」


「そうですか。ご苦労様でした。」


そう言うや否や、ゾーイは疲れた体をベッドに横たえる。


騎士が信じられないといった顔でゾーイを見ていることなど、気づきもしなかった。



どうやら牢獄には窓があったようで、周囲が明るくなったことでゾーイは目を覚ました。


重たい目をこすりながら起き上がる。


「目が覚めましたか。」


突然声が聞こえ、その方向に視線をやった。


「あなたは昨日の…。」


「聖人様が、あなたに会いたいと言っているそうです。」


「そうなの?それでは案内願えるかしら?私は王宮についてそれほど存じませんので。」


こればかりは避けられないだろうと思っていたし、ベラの現状も知りたかった。


 こちらへ、という騎士に付いて目的地に向かう。


案内された部屋は豪奢な扉に、レフェーブル邸におけるゾーイの部屋の2倍はあろうかという規模だった。


「こちらでお待ちください。少ししてから聖人様が参ります。」


騎士の言葉にコクリと頷き、視線をぎゅっと握った自分の手に落とす。


ジッとゾーイを見た騎士は、踵を返して扉から出て行った。



騎士が出て行ったあとは、最低限の呼吸以外身じろぎをせず待った。


突然扉がバタンと開かれる。


「ゾーイ!あなたどこにいたのよ!心配していたのに!」


突然入ってきたベラは、薄桃色の清楚なドレスに身を包み、涙を浮かべながらゾーイに駈け寄った。


「ベラ…。どうして私を呼んだの?」


「ど、どうしてって…だから私は心配していたって。」


ゾーイの座るソファの下に、膝をつく形でゾーイを仰ぎ見るベラを一瞥する。


「心配してくれてありがとう。何だか大事になってしまったみたいね。でも心配しないで、私はやりたい事があって出かけていただけだから。」


ゾーイの言葉に、僅かに眉を寄せるベラ。


「そう?でも突然いなくなるなんて、あの日のことを怒っているのかと心配してしまったの。分かってくれるでしょう?」


“あの日”とは恐らく最後の舞踏会でベラの手を払った件だろうとゾーイは予想した。


聖人であるベラを守るためか、部屋の中には数人の侍女と護衛騎士がいる。


その中に先ほどの近衛騎士が目に入った。


「あの日はベラが私のお母さまについて急に話してきたから、少し取り乱してしまったのよね。ごめんね。」


動揺など全く見せないゾーイに、益々ベラの表情が曇った。


「そうだった?いずれにしても、親友の失踪など放っておけないでしょう?」


ゾーイが口を開きかけた時、扉が開いて、部屋に入って来る人物を見たゾーイはさすがに言葉を失った。


「ソレイユ…。」


ゾーイの言葉に少しだけ顔を上げたソレイユだったが、すぐに下を向いてしまった。


「ゾーイ。あなた、私の侍女になるのはどう?」


ベラの言葉に一瞬理解が追い付かず、ゾーイは黙った。


「侍女?」


「ええ、あなたも私の隣の方が良いかなって思って。王宮の専属侍女をあなたに変えてもらえるように、国王陛下に進言してみるわ。」


ベラの言葉が、まるで外国語のようで理解できない。


「いえ、その必要はないわ。私は自分のすべきことをしたいの。」


ベラは怪訝な顔をし、黙り込む。


「ゾーイは疲れているみたい。少し休んで。またお話ししましょう。」


徐に立ち上がったベラは、さっさと出て行ってしまう。


彼女と共に入ってきた侍女や騎士も、後に着いて出て行く。


ソレイユを見つめるゾーイ。


二人が視線を交わらせた後、ソレイユはゆっくりと出ていったのだった。

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