エリックとジョゼット
エリックは目の前で繰り広げられる光景に、らしくもなく混乱していた。
遡ること数時間前、エリックが不安を煽り行動を起こすよう仕向けたモレー主任牧師が動き出したのだ。
エリックが立ち去ってすぐに教会を出て、王都にあるモレー邸宅へ向かった。
聖職者たるモレー一族は、古くからリネー教を支えている。
その地位は確固たるもので、権力も財力も多大に有していることが邸宅の大きさからも伺い知れた。
エリックはそのカラスのような姿を、周囲に立ち並ぶ屋敷の陰に忍ばせモレー邸を伺う。
ポンポン
突然腰の辺りが叩かれ、気配に気付かなかったことにゾワリと寒気を感じながら、エリックは素早く振り返った。
「学園長。ごきげんよう。」
遥かに視線の低い位置に、茶色いおさげに眼鏡をかけた小柄な女性が立っている。
「こんなところで何をしているんですか?トーマス・マイヤーの監視を変わってくれるんです?事務と探偵の2足の草鞋をようやく脱げるんですか?」
首を傾げる彼女は、紺の厚手のジャケットに、白のシャツ、紺のリボンに紺の細身のパンツ、そしてふわふわの白い耳当てを付けている。
「ジョゼット・ボネ。気配を消して近づくな。君こそ何故こんな所に?トーマス・マイヤーの監視はどうした。」
「何故ってすぐそこに彼がいますから。」
何てことないというふうに肩を竦め、親指を立てて背後を指さした。
「ここにマイヤーが?何故だ。」
「ドミニク・ガルシアと共に、少し前からここを見張っていますよ。あの二人学園は良いんですかね?見張っている人を見張っているので、まるで根競べみたいです。」
ふむ、と考え込んだエリックは、近くにあった木を右手で触る。
すると細い木の枝が天高く伸びて行き、エリックは目を瞑った。
「何と監視の下手なことだ。家紋の入っていない馬車を使っているがあんな場所に停まっていたら、疑ってくれと言っているようなもの…、ん。モレー主任牧師が裏口から出るようだな。ふっ、クリストフも一緒だ。」
「わわ、怖い笑顔。」
フワフワの耳当てを両手でいじりながら、ジョゼットが顔を顰めた。
「じゃ、引き続き監視を続けてくれ。私は主任牧師を追う。」
そう言うと素早く移動し、王都の街をガタガタと走る馬車を追った。
エリックは体力には自信があったし、馬車というのは存外遅い。
馬車は西へ向かい、しばらく走ると王都と隣接する領の境にある森の前で止まった。
「出なさい。」
離れた所で様子を伺うエリックの下に、微かに声が届いた。
下りて来たクリストフは一瞬フラッとしたが、モレー主任牧師が支え、二人は森の中へ入っていく。
(こんな場所に…、やはり主任牧師は…。)
エリックは音もなく静かに後を追う。
森ならばエリックの得意とするフィールドだ。
エリックが触れれば周囲にある木々は追う人物を指し示してくれる。
「あらら、殺す気ですかね?息子を。仮にも息子ですよね?それとも養子かな?」
もはやエリックは振り向かなかった。
「ジョゼットここで何をしているんだ。君には任せた仕事があるだろう。」
主任牧師たちが歩いて行った方を見ながらエリックはため息を漏らす。
「何って仕事ですよ?監視対象がこの森に入ったものですから。私は悪くありませんよね?だって仕事一筋に…」
「黙れちょっと。静かにしなさい。森の中だぞ。声が聞こえる。」
ジョゼットは両手で口を覆う。
二人がコソコソとやり取りをしている間に、トーマスとドミニクが通り過ぎた。
「あの二人、主任牧師か息子を追っているみたいですね?」
二人だけに聞こえる程度のボリュームで、ジョゼットが話しかける。
エリックはその言葉に答えず、目標を目で追っていた。
森はどんどん深くなり、歩きづらさを感じる程になってきていた。
主任牧師とクリストフ牧師が不意に立ち止まる。
この森の一か所に六人もの人間がいるにも関わらず、誰もが息を殺したように静まり返る。
「お前は私の言う通りにしていれば良かったんだ。」
主任牧師がそう言ったと同時に、クリストフ牧師に杖が向けられた。
(殺すつもりだ。)
そう思ったエリックは、すかさず二人の下へ駆けつけようとした。
しかしそれよりも前に、ドミニクとトーマスがその間に入る。
「待ってください!彼は私たちが必要とする人材なんです!」
ドミニクが叫ぶ。
トーマスはどちらかと言えば訳も分からずついて来た様子で、オロオロとしていた。
「誰だ?君たち、何の目的で…」
突然現れた幼い少年たちに驚くモレー主任牧師。
緊迫した雰囲気が、一瞬にしてモタついた。
「何だ、あれは。逆にどうしたら良いんだ?」
エリックは、目の前で繰り広げられる光景に、らしくもなく混乱していた。
「とりあえず、止めに入ります?」
「そうだな。クリストフ牧師に死なれても困る。それに学生二人の意図が全く分からん。」
そう言ったエリックは、地面に手を付いた。
するとにらみ合う4人の足元からツタのようなものが勢いよく飛び出し、全員を拘束した。
「な、何だこれは!?魔物の仕業か!?」
主任牧師が慌てた声を出す。
「ここは王都に近い場所ですよ、魔物は入って来られない。」
スタスタとエリックが拘束された4人に近付く。
「「「「エ、エリック・ルー学園長…。」」」」
4人は見事に声を揃えた。
「悪いけど、順を追って説明してくれ。君たちの関係性がてんで分からないんでね。」
エリックは腕を組み、疲れた様子で言った。
「わ、私は父に命令されただけなんです!クリストフ牧師を連れて来るようにって!そうしたら、父親に殺されかけているじゃないですか!止めないわけにいかないでしょう!」
ドミニクが叫んだ。
「父親…、ガルシア伯爵が?」
「ち、父は昔から、時々訳の分からないことをするんです。でもきっと意味のある事で…」
ドミニクは言い淀んだ。
「モレー主任牧師は、息子のスキャンダルをもみ消すために消そうと?」
エリックは歯に衣着せぬ物言いで言った。
「そ…いけませんか?ここまで付いて来たという事は、もう全てお分かりなんでしょう?我々は代々、リネー教に全てを捧げてきました。それなのにこの三男と来たら、マルア教に心酔して…。聖職者たるもの、その身は潔白でなければいけない。」
「ははっはっは!」
主任牧師の言葉に、エリックは思わず声を上げて笑った。
「それはまた面白いですね。聖職者が人を殺め、しかもそれが実の息子とは…。それでもあなたの身が潔白と言えるんですか?」
「リ、リネー教こそ…邪教なのです…。」
ずっと黙ったままだったクリストフが突然口を開く。
「リネー教は我々から大事なものを奪いました。そして我々にありもしない罪を着せ、名誉を地まで落としたのです…。」
殆ど独り言のように話すクリストフの目には、光は宿っていなかった。
「はぁぁ。とにかくそれぞれから話を聞かなければいけないようだな。悪いがこのまま、私の邸宅に同行してもらおう。」
エリックは心底面倒だと思いながらも、そう言った。
「あら、お腹もすきましたし、私も行っていいですか?お宅のシェフの腕は本物だから。」
まるで空気を読まないジョゼットの言葉が、エリックにとどめを刺した。




