ヴァレンティンの過去と自覚
ルシニョール王国には3つの公爵家が存在する。
南のショパン、西のボネ、中央のロッシュだ。
それぞれが広大な領地を有し、王宮にも影響力がある。
とりわけ強い影響力のある家門が、ロッシュ公爵家だ。
ボネ公爵家は代々、西部統治と王国の宰相という二足の草鞋だったこともあり、当然多大な影響力があったが、ロッシュ公爵家は、各地に散らばる貴族を束ねる家門であったため、無視できない存在だった。
ヴァレンティンの家族は、よくある互いに無関心な人々だった。
兄は後継者教育に忙しく、父は兄が後を継ぐことにしか関心が無い。母は父の顔色を疑い、姉はそもそも家族に関心が無かった。
そんな家庭で育ったヴァレンティンは、何事においても無関心だった。
興味を持たれない人間は、何においても関心が薄い。
学園でも、近づいてくる人間は大抵ロッシュ公爵家と繋がりを持ちたい者だったし、そうでなくてもヴァレンティンの容姿に惹かれてうわべだけの言葉を紡ぐ者ばかりだった。
ヴァレンティンが初めて入職したのは王立魔道具研究所だった。
魔道具には幼い頃から関心があり、無心になれる研究職は自分に合うと感じたからだ。
ヴァレンティンが魔道具研究所に入ってからほどなく、レフェーブル伯爵家から緊急の要請が入る。
“娘が魔道具に閉じ込められ、出てこない”
魔道具研究所は、魔道具に関する研究をする傍ら、魔道具についてのトラブルシューティングも請け負っていた。
当時の所長は面倒くさがって、入ったばかりのヴァレンティンを派遣したのだ。
(魔道具に閉じ込められるって何だ?)
初めての単独任務が意味の分からないものだったので、ヴァレンティンは酷く緊張していた。
訪れた伯爵邸では、白衣の制服を着たヴァレンティンを、蒼白な顔をしたアーサーが迎えた。
「妻から引き継いだポーチのような魔道具にゾーイが入ってしまったようで、出て来られないのだ。どうにか助けられないだろうか。」
この世の終わりのような顔をしたアーサーは、必死に言い募っていた。
「拝見します。」
全く自信のないヴァレンティンだったが、とりあえず閉じ込められたというポーチ型魔道具を受け取る。
一見何の変哲もない魔道具だが、手にした瞬間ヴァレンティンは、その魔道具から拒絶されていると感じた。
生まれて初めての感覚だった。
その魔道具について調べるのに、ヴァレンティンは数日を要した。
解決策を見いだせないこと数日、アーサーが外せない仕事に出かけている時、事態に変化が訪れた。
目を瞑り内部の状況を探ろうとした時、突然中からはじき出されるようにゾーイが飛び出してきたのだ。
(な、なんだ!?)
ヴァレンティンは目を白黒させ、飛び出してきた少女を見つめる。
「あ、あなた誰?」
飛び出してきたのは、とても美しい少女だった。
「僕は…、ヴァレンティン・ロッシュだよ。その…、大丈夫?」
ヴァレンティンが名乗ると、ゾーイは一瞬訝し気な表情を見せた後、パッと表情が明るくなった。
「もしかして、私の友達になりに来たの?」
そうであって欲しいと顔に書いてあるゾーイに、違うとは言えずヴァレンティンは黙り込んだ。
「凄い…、信じられない。いつもお願いしていたのよ、リネー様が送ってくれたのかしら。それなら、ヴァレンティンは私の初めての友達ね?」
おずおずとヴァレンティンを見つめるゾーイを、拒否などできなかった。
「そうだよ。君が僕を呼んだんだ。」
落ち着いて話をするため、二人はソファに隣り合って座り、ゾーイはとじこめられていた時のことを話してくれた。
「良く分からないけど、ずっと誰かに話しかけられていたわ。私に伝えないといけないことがあるって。でも私怖かったし、聞きたくないって言ったの。そうしたら、“時期が来たら必要になる”なんて言うんだもの。時期って何かしら?」
まくしたてるように言うゾーイは、不安からか隣に座るヴァレンティンの両手を握ってきた。
その時、部屋の扉が開いた。
「何をしている!その手を離せ!」
大きな声を出したのはアーサーだった。
ヴァレンティンの手を握るゾーイの手が、ビクッと大きく揺れたのが分かった。
事情を話そうとした口を開いた直後、ゾーイから不穏な気配を感じた。
(これは…魔力暴発か…?)
肩を激しく上下させ、大きく見開かれたゾーイの目には、何も映っていないようだった。
「ゾーイ、落ち着いて。大丈夫だ。怖い事なんて無いんだよ。僕は友達だろう?」
背中をさすりながら言ったヴァレンティンの声が届いたのか、ゾーイの呼吸は次第に落ち着き、その場に気絶したのだった。
駈け寄るアーサーは、ゾーイを抱えヴァレンティンを見た。
「声を荒げて申し訳ない。今回の報酬は研究所へ支払っておく。今日は帰ってくれるか。」
余裕のないアーサーの言葉に、ヴァレンティンは頷くしかなかった。
数日後、魔道具研究所のヴァレンティンの下に、アーサーが訪れた。
「先日は無礼を働いてしまった。謝罪しよう。」
そう言ったアーサーは、ソファに座りながら深く頭を下げた。
「顔を上げて下さい。僕は気にしていません。その後彼女は?」
「その…、言いにくいのだが、あの時の出来事は全く覚えていないようなんだ。」
言いにくそうに視線を落としたアーサーは、小さく言葉を発した。
「ゾーイはかなり魔力の強い子なんだが、彼女が幼い時、その魔力暴発で父を死なせてしまった事がある。」
グッと眉間に皺を寄せるヴァレンティン。
「その当時ゾーイは3歳で、暴発が起きた理由が、大人の男の言い争いだった。怖かったんだろう。遥かに大きな、しかも性別の違う人間の大声のやり取りが。そして先日は私が理性を失って声を荒げてしまっただろう。あの時も魔力暴発が起きかけていた。幸い大事には至らなかったが、気絶したゾーイは全くそのことを覚えていない。恐らく、自己防衛本能でも働いたんだろう…。」
「彼女はつらい経験をしたんですね。」
ヴァレンティンは、神妙な表情で言った。
「ああ…。私も未だにどう接しあげれば良いか分からないんだ。それで…、今回の事なんだが、ゾーイの為なんだ。黙っていてくれないか。」
* * * *
当時の事を思い出せば、ただ申し訳ないという気持ちばかりだった。
あの時は訳も分からず頷くしかなかったが、今にして思えば、特に何もせず報酬を受け取った事も、ゾーイの意思を無視した行動も後悔ばかりが頭に浮かぶ。
学園に入学してきた彼女を、申し訳なさから無意識に目で追っていた。
しかし今はどうだろう。
当時のことを覚えていないゾーイを恨めしくすら思っている。
(ベラじゃないよ。最初の友人は僕だって言っただろう。)
言ってしまえればどんなに良いかと思いながらも、口にできない。
(彼女には知る権利がある。たとえ傷付いたとしても、真実を隠して真綿に包んでいる事が、その人を大切にするということではないはずだ。)
そう思ったヴァレンティンだったがすぐには決心がつかず、静かに食事を口に運ぶゾーイを盗み見て、すぐに運ばれてきた食事に目を落とした。
その時ヴァレンティンは小さな異変に気が付いた。
先ほど運ばれてきたばかりのスープの皿から全く湯気が上がっていないのだ。
皿に触れれば温かさは感じるが、熱いとは思わない。
スプーンですくって飲めば、丁度良い温度だった。
ふと視線を上げた時に、ゾーイがこちらを盗み見て、すぐに視線を落としたのが分かった。
口元は僅かに緩み、目には穏やかさが感じられた。
まさかと思ったが、自意識過剰の可能性もあり口にできない。
黙々と食事を摂っていると、パンのおかわりを聞くためにウェイトレスが席を訪れた。
「パンはいかが?焼きたてだからお兄さんには熱いかな?素敵な恋人がフーフーしてくれるかしらね?」
持っていたパンからウェイトレスの顔に視線を移すと、彼女はウィンクしてパンを一つ皿に置き、立ち去ってしまった。
「あの…、ゾーイ?」
おずおずと顔を上げる。
「何ですか?」
こちらに視線を向けないゾーイの頬は僅かに赤らんでいる。
「その…、もしかして厨房にお願いしてくれた?ぬるめにって。」
一瞬動きが止まったゾーイが視線を上げる。
「はい。先生が熱いのが苦手なのを知っているのに無視するのは変でしょう?それとも余計なお世話でしたか?」
ゾーイの言葉に唇を噛むヴァレンティン。
ゾーイの決してひけらかさない気遣いが、ヴァレンティンの胸を痛く打った。
頬が熱くなるのがわかる。
「そんなはずないだろう。君のそういう気遣いはとても素敵だと思う。僕は好きだよ。」
ヴァレンティンの言葉に一瞬眉を寄せ、真っ赤に顔を染めるゾーイ。
口をパクパクとさせたゾーイは、視線をパンに移した。
「そうですか。」
ゾーイが人との付き合いに慣れていないのは一目瞭然だったが、それでも他者を気遣う人となりにヴァレンティンは心を打たれた。
(あぁ、この子が好きだ。)
「ゾーイ、ありがとう。君のおかげで僕は今日も食いっぱぐれずに済む。」
(ゾーイには気持ちを素直に伝えよう。君が好きなんだと分かってもらいたい。)
「お、大袈裟ですね。」
肩を竦めて食事を摂るゾーイに胸が熱くなる。
「本当だよ。僕には君が必要だ。」
視線を彷徨わせたゾーイは、何か言いかけたようだが再び食事を食べ始めた。




