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ダニエルの豹変と繋がり始める過去

ダニエルは教材を片手に、満足げな様子で学園の廊下を歩いていた。


母からの魔道レターを受け取ったダニエルは、すぐに王宮近衛騎士に密告した。


既に世間ではゾーイが指名手配されたという噂で持ち切りだったし、ヴァレンティンも一網打尽になってしまえば良いと考えたのだ。


「ダニエル先生。」


教室に入ろうとしていたダニエルを呼び止めたのは、お馴染みの騎士と何故かソレイユを侍らせた、以前より洗練されたベラだった。


「デュポン君、こんにちは。どうかしたか?」


「嫌ですわ、先生。私は今ロッシュ公爵令嬢ですのよ。」


片手を口元当て、クスクスと笑うベラの目は全く笑っていない。


ダニエルはなぜか寒気を感じ、鳥肌が立つのが分かった。


「す、すまない。ロッシュ君。それで、何か用かな?」


「ええ、先生が近衛騎士にゾーイの居場所を伝えたんですよね?どうしてお知りになったんですか?」


表情の無かったソレイユが僅かに後ろで身じろぎした。


確かに匿名で密告したにも関わらず、次の日にはベラに知られているとは一体どういうことなのかと、ダニエルは身構えた。


「あ、ああ。南部公爵領にいる公爵夫人、つまり私の母から連絡が来てね。ロッシュ教授が友人を連れて訪れているようだと。これはレフェーブル君と一緒にいる可能性が高いと思ったから。」


微笑をたたえたベラに表情の変化は無かったものの、僅かに首を傾げた。


「何故ヴァル様と一緒にいるのがゾーイだなんて思われたんです?他にお友達がいるかもしれないではないですか?」


問い詰められたように感じたダニエルは、理解できないという顔で頭を振った。


「彼に友人などいるはずないだろう。あの性格だからね。」


「そうですか?それでも先生は、ヴァル様には及ばないんですものね。あの素晴らしい方を蔑む資格がおありなんでしょうか?」


ベラの口から放たれた無礼千万な言葉が一瞬理解できず、ダニエルは口をポカンと開けた。


「まあ…。ふふ。先生、お顔にしまりがありませんよ。どうされたんですか?」


クスクスと笑われ、ダニエルの顔がジワジワと赤らんでくる。


「ロッシュ君、君が何の目的で私を侮辱するのか理解できないが、それで、用件は何なんだ?」


学生相手という事実が、辛うじてダニエルの理性を保たせ、絞り出すように言葉を発した。


「ええ、わたくし、とってもゾーイを心配していましたから、手がかりを伝えて下さったお礼をと思いまして。ですが、ヴァル様を悪し様に言われたようでしたので、それはダニエル先生の恥部を晒す行為だという事を理解して頂きたかったのです。それでは、お時間を取らせました。」


まるで同情するように眉を下げたベラは、奇麗にカーテシーをして美しい足取りで去って行った。


後ろから付いて行くソレイユがそっと後ろを振り返ったが、呆然としたダニエルは気付かなかった。


フラッとよろめいたダニエルは、廊下の壁に片方の肩を付けて体を支え、ぶるぶると震える両手をゆっくりと上げると、顔を覆った。


ダニエルの内側から、自覚が追い付かないほどに憎悪の感情が湧いてくる。


(殺したい殺したい殺したい…)


ヴァレンティンへの憎悪に体を支配されたダニエルは、授業をするはずだった部屋からフラフラと離れ、廊下を歩いて行ってしまった。



――――――――――――――――――――――――――――



「フィリップはどうしたんでしょう?まだ寝ているのかしら?」


宿の食堂に一向に降りてこないフィリップを心配したゾーイは、ヴァレンティンに問いかけた。


「ああ、彼は昨晩急用を思い出したと言って王都に戻ったんだよ。そのうちまた、フラッと現れるでしょう。」


「そうでしたか。」


すんなりと納得し、黙々と食事を摂り始めたゾーイを盗み見るヴァレンティン。


「次の目的地のエクセロンだけど、1600年前だから今までで一番古い。どこまで情報が得られるか分からないね。聖人についてならば伝説のように語り継がれているけれど。」


「そうですね…。魔術師ということでしたけど…」


ゴソゴソと羊皮紙を取り出したゾーイは、ペラペラと紙をめくり該当箇所を指さしながら読みあげる。


「旧暦300年、南部エクセロン、あ、当時はシャルンベリーと言ったんですね。ルビンからルシニョール王国に変遷時、いくつかの街が合併して今のエクセロンになったと。シャルンベリー周辺を統べる侯爵家に仕えていた専属魔術師のシルヴィア・ワルディック、年齢不詳。死亡原因は分からず、蘇りはシャルンベリーの教会…。」


うーむと腕を組んで考え込むゾーイ。


「どうした?何か気が付いたの?」


「いえ、ただ当たり前ですが、殆どの場合蘇ったのは教会なんだと思っただけです。それはそうですよね、亡くなった方は教会に運ばれますから。」


「そうだね…。教会関係で思い出したんだが、これはゾーイにも言っておいて良い事だろう。君に指輪を渡したというクリストフ・モレー牧師だが、彼はどうやらマルア教信者のようだった。」


持っていた資料がグシャリと握り、ゾーイは言葉を失った。


「リ、リネー教の牧師をしながら、実はマルア教の信者だったと…?でも…あの方は本当に昔からあの教会にいました…。私とベラが出会うよりもずっと前から。」


「そうなのか。そういえば、ベラとはどんな出会いを?」


「ああ…彼女と初めて出会ったのは、私たちが11歳の頃でした。」


そう言ってゾーイは、ベラとの教会での出会いや、足しげく伯爵邸に通ってくれた思い出話をした。


「ベラの蘇りを願うにしては…。いやその人を大事に思う理由は、他人には分かりっこないか。すまない。」


ヴァレンティンはゾーイを不快に感じさせてしまったのではと、そっと伺った。


「いえ。そうですね。私には当時友達もいませんでしたし、伯爵邸内にも居場所はありませんでした。出会いや過ごした日々こそ平凡に思われるかもしれませんが、その平凡を知らなかった私にとって、彼女はかけがえのない存在だったんです。」


俯きながらテーブルに乗る食べかけの丸いパンを見つめるゾーイの表情は、懐かしんでいるようにも、悲しんでいるようにも見えた。


ヴァレンティンは口を開きかけて閉じた。


(君は言ったじゃないか。僕が初めての友達だと。)


”ゾーイをこれ以上傷付けないためなんだ。黙っていてくれ。”


アーサーの言葉が頭をよぎる。


ふと疑問が浮かんだ。


”ゾーイのためを思うその中に、彼女の意思はあるのか?”

次のお話は8月5日(月)に投稿します。

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