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ガルシアの陰謀とトーマスの崩壊の始まり

ゾーイたちがベジェの街に着いた頃、トーマスはガルシア伯爵邸の晩餐に招待されていた。


ガルシア伯爵邸は歴史のある建物で、食堂もかなり広く部屋の内装も豪奢だ。


同等の爵位だが、国への貢献度合いからいえばガルシア伯爵の方が僅かに上で、トーマスは恐縮していた。


とはいえ、それも前当主までの話だが。


「同級生だし、私のことはドミニクと呼んでくれ。そして父のガルシア伯爵だ。」


晩餐を囲みながら、ドミニクはまるでメニューを読み上げるように気軽に伯爵を紹介した。


「こ、こんばんは、素晴らしい晩餐に招待して頂きありがとうございます。ドミニク、私のこともトーマスと。」


ざっくばらん過ぎる紹介にドギマギしながら、トーマスは言った。


「いや、ドミニクの友人だろう。構わず食べてくれ。」


そう促されたトーマスは、しばらく談笑しながら食事を進める。


「ところで、君はレフェーブル伯爵令嬢と仲が良かったとか。」


メインが終わる頃、ガルシア伯爵は口元を拭いながら本題を切り出した。


「ええ、幼馴染です。」


「お父様、トーマスは彼女をとても心配しているんですよ。お父様も姪の安否が気になっているんですよね。」


「交流は無かったとはいえ、兄の忘れ形見だからな。心配して当然だ。それで、君はどこまで彼女の手がかりをつかんでいる?」


「どこまで…と申しましても、何も手がかりが無い状況です。」


「そうか…。現在国王陛下の指示で、彼女の捜索がなされているのは知っているね?巷では指名手配などと言われているが。」


「ええ。もちろん、聖人殺害容疑がかけられていますから、指名手配などと言われても仕方のないことでしょう。だからこそ、私が今必要なはずなんです。」


ベラの殺害容疑などという不確かな情報ありきで、白馬の王子を決め込むトーマスに、ガルシア伯爵は小さく鼻で笑った。



―――――――――――――――――――――――



ドミニクの父、イシドール・ガルシアは、5年前の王都襲撃作戦に関わらなかった自分を褒めてやりたかった。


教団幹部が極秘の方法を使い、各地に散らばる信者たちに招集をかけたのだ。


この事件で大きな成果を上げれば、教団幹部の座も夢では無かったはずだが、元々気の小さいガルシア伯爵は、様々な理由を付け招集を拒否し、結果的にはガルシア伯爵だけが生き残ることになった。


そもそも招集の目的も明かされず、ただ王都の騎士たちを陽動する駒の一人だったようだ。


“全滅したのだから、目的が果たされたのかも分からない”


教団の目的は地下組織からの脱却と、国教としての復活だ。


つまりその為の何らかの行動だったのだろうと、ガルシア伯爵は結論付けていた。



教団幹部からの指示はいつも秘密裏に、しかも理由の分からないものばかりだった。


その最たるものが、14年前のガルシア伯爵邸における魔力暴発事件だ。


当時指示された内容はたったの一つ。


ゾーイの父、レオン・ガルシアを教団に引き入れる事。


しかしレオンは頑なに断るばかりか、異端の宗教を信仰しているイシドールを酷く叱責した。


更には、ここで足を洗わなければ保安隊に引き渡すとまで言うではないか。


頭に血が上ったイシドールは、レオンに掴みかかった。


「伯爵になったからって調子に乗りやがって!長子だっただけの能無しが!!!」


イシドールの言葉と剣幕を恐れたゾーイは、庭園を半壊させ、3人を死亡させるという大事故を引き起こしてしまったのだった。


イシドールはこの事件が外に漏れることを恐れた。


事件の原因を追究されれば、イシドールに矛先が向きかねない。


だからこの件は穏便に、事情を知る者たちにはゾーイに全ての視線が向くように仕向けることで、クロエやゾーイから事実が漏れるのを防いだのだった。



運よくガルシア伯爵位を継いだイシドールだったが、常に強迫観念を抱いていた。


ゾーイもアンナも当時の記憶などショックで曖昧だったし、子どもの話など真剣に聞くものはいないだろうが。


クロエが死んだことは喜ばしい事だった。


ゾーイがこのまま死んだように静かに過ごしてくれれば…。


しかし、これまで一度も学園を欠席したことの無かったゾーイが、突然何日も休んでいるとドミニクから聞いた時、ゾワリと嫌な予感がした。


得体のしれない不安がイシドールを支配する。


ゾーイと全く接点のないドミニクを遣わしたが、当然門前払いを食らってきた。


レフェーブル伯爵はガルシア伯爵よりも多くの領地を有し、国王からも一目置かれる家門のため、門前払いを食らったとしても文句も言えなかった。


“とにかくゾーイと他者との接触を極力減らさなければ”


アンナは伯爵邸を監視するのに都合の良い駒だったが、何故かゾーイを恨んでもいなかったし、いつの間にか姿を消していたことも痛手だった。


(いっそ何かの事件に巻き込まれて死亡してしまえば…。)


このままでは何か取り返しのつかない事態になると、イシドールは直感していた。



――――――――――――――――――――――――――



(この男の異常な執着心を利用して、心中でもさせられないだろうか…。)


トーマスと向き合いながら、ただ物の使い道を考えるように冷たい視線を向けていた。


「トーマス君、ゾーイはきっと君を待っている。しかしもしかしたら、噂通りロッシュ教授との関係も深いものかもしれない。その時は、どうするつもりだい?」


イシドールの質問に一瞬表情を消したトーマスは、片頬をヒクつかせて不自然に笑った。


「そんなはずないですよ。昔から俺のことが大好きだから。もしあの男から何か悪い影響を受けているなら…目を覚まさせなければ…」


後半は親指の爪をガジガジと噛みながら、聞こえないほど小声で独り言を呟く。


本来は端正な顔立ちに恵まれた体躯のおかげで、言い寄られる側の人間であろう彼は今や、過去に自分が捨て置いた、たった一人の少女に執着する病的な男になっていた。


(これなら存外簡単に、この男が一人で罪を被ってくれそうだな。)


一縷の望みが見え、余裕が出来たイシドールは、椅子に深く座りワイングラスを傾けていた。

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