5年前の事件と大聖堂
エリックは今にも雪が落ちてきそうな空模様の中、王都の道を馬車に乗り大聖堂へ向かっていた。
朝早い時間ということもあり、馬車も人の往来も少なく、静かだ。
(フィリップの奴。無茶してくれるなよ。)
昨夜のやり取りを思い出し、エリックは小さくため息を吐いた。
王都の大聖堂は学園の近くに位置している。
エリックの屋敷は王都の端、どちらかと言えばレフェーブル伯爵領寄りにあるため、小一時間馬車に乗る必要があった。
王都内に屋敷を設けたくないのが本音だったが、国王から王都内に造るようにと命令を受けたのだ。
その理由が、有事の際にすぐ駆け付けさせるためだということは分かり切っていた。
窓の外に視線をやると、大聖堂の荘厳な建物が街並みの向こうに見え始めている。
この景色を見ると、5年間の大事件について思い出さずにはいられなかった。
―――――――――――――――――――――――――
王都全体に警笛が鳴り響き、国に登録されている魔術師に一斉に緊急招集がなされたのは、学園の授業の最中だった。
「学生の諸君は、大ホールに集合しなさい!教員の指示に従い緊急招集が解かれるまで決して外に出ない事!」
学生たちに指示を出し、速やかに現場へ向かう。
(王都の騎士が全滅だと…?)
応援の魔術師が続々と到着する現場は、騒然としていた。
「ルー教授!大聖堂付近一帯を、囲うように大きな結界が張られているようで、ボネ学園長以外は入れない状況です!」
結界の中には多数のレジスタンスと、たった一人ボネ学園長が見える。
エリックはギリッと歯を食いしばった。
(萎れかけの老木の癖に何してやがる…!)
そこかしこで魔道具を使い結界を攻撃する魔術師の間を縫って、結界に突進していくエリック。
黒いローブの懐から緑の石が一つ付いた杖を取り出すと、握った瞬間にギュンッと伸び、エリックの肩までの長さになった。
この魔道具はエリックが学園入学時、餞別としてボネ学園長からもらい受けたものだった。
“丁度合うみたいだね。君は魔力の特性上、かなり多くの魔道具と合うようだ。自分に合うものが見つかったら交換しなさい。大分古いし、私のおさがりだから。”
ボネ学園長はカカカと笑いながらそう言ったが、エリックはその魔道具を使い続けていた。
エリックが杖を構え魔力を込めると、結界にぶつかる衝撃に備える。
しかしまるで何も無いように通過してしまい、驚いたエリックは勢いに任せて前のめりに倒れかけた。
「あれ?」
後ろを振り向くと、攻撃していた魔術師たちがポカンとした顔で見ている。
ドガンッと大きな音が聞こえ振り向くと、ボネ学園長が吹き飛ばれた瞬間だった。
「じいさん!」
ボネ学園長が落下する直前、エリックは杖を振り落下の速度を落とした。
横たわる学園長と複数のレジスタンスの間に立ちはだかると、エリックは長い杖を構えた。
「あんたら目的は何だよ。こんな騒ぎを起こして、生きていられると思ってんのか。」
エリックの言葉に終始無言のレジスタンスたちは、ジリジリと広がりながらエリックを囲もうとしている。
エリックは杖を上に持ち上げると、両手で回転させ始めた。
するとその動きに呼応するように、風が渦を巻き、風が刃となってレジスタンスたちを襲い始めたのだ。
エリックの意思で、周囲の建物や自分、学園長にとって刃はただの暴風だ。
逃げ惑うレジスタンスは端からバタバタと倒れていき、見える範囲の敵は倒せたように思われた。
ふっと力を抜き、杖の回転を緩めた瞬間、死角から一直線に矢が射られた。
その矢は杖に刺さるだけに留まらず、まるでそれ以上進もうとするかのように杖を信じられない力で押してくる。
バギッ!
エリックの杖が真っ二つに折れた音が響く。
矢の射られた方向から更に二本目が放たれ、エリックの頬を掠めた。
「クソッ!」
学園長を抱きかかえ一旦引こうと、地面にしゃがみこんだ瞬間、学園長の左手が地面に触れた。
すると地面から何本もの太い植物の茎のようなものがボコボコと生え始め、ドームのように二人を囲ったのだ。
「な、何だこれ?」
「これは私が考案した魔道具だよ。」
ボネ学園長は意識を取り戻したらしく、口の端から血を流しながら途切れ途切れに話し始めた。
「私が長年…研究してきた課題でね。ゴホッ、植物を魔道具として操る事は出来なかと。」
「あんたが言っていたのは、冗談じゃなかったのか…?」
「カカカ。老いぼれのたわごとだと思っていたか。私の左手には、あらゆる植物を操る事が出来る魔道具が埋め込まれている。これを一か八か、君に譲ろう。杖が折れちゃったからね。」
理解できないという顔のエリックに、ニヤリと笑いかけたボネ学園長は、重たそうに左手を持ち上げると、エリックの右腕を掴んだ。
「何するつもりだよ!?これ以上魔力を使うと体が壊れるぞ!」
瀕死の老体とは思えぬ力でエリックの腕を掴んだ学園長は、何事か口を動かし唱えた。
次の瞬間、学園長の左腕からエリックの右腕に、緑のツタが勢いよく這い、手から肘上までギチギチと巻き付くと、まるで心臓のように脈打ち始める。
「あ…!あっちぃ!!」
エリックは右腕を炎で焼かれているような感覚を覚え、顔を顰めた。
次第に脈動が落ち着き、ツタは黒くなりながら右腕に吸い込まれると、まるで蛇が右腕に巻き付くように黒々とした文様が浮かび上がった。
「良かった、安定しなかったらどうしようかとヒヤヒヤしちゃったね…。やっぱり、私が見込んだ秘蔵っ子だ。」
ガハッと血を吐いた学園長は再び気を失い、エリックは慌てて呼吸を確認した。
(まだ呼吸はある…。しかし、何だよこれ。どうやって…)
その時、二人を囲っていた植物のドームが壊され、再び矢が射られた。
(クソ!クソクソ!どうにでもなりやがれ!)
エリックがそばにあった木に触れると、その木は意思を持ったように動き始め、ギュンと高く伸びたかと思えば、一直線に枝を伸ばし、建物に突き刺さった。
その枝には、矢を射ていたと思われるローブを着た男が突き刺さっていた。
「は…。」
エリックが言葉を失い固まっていると、結界が解けたためか、魔術師がなだれ込んできた。
「教授!…こ、これは…。」
「とにかく学園長を運べ!危険な状態だ!」
エリックが学園長の方に振り向いた瞬間、学園長の胸に矢が突き刺さった。
駆け付けた魔術師たちが学園長の周囲を囲い、エリックはくし刺しにしたはずのレジスタンスの方に顔を向けた。
そこには腹に折れた枝が刺さったまま、立つローブの男がいた。
「余計なことをしてくれたな。我らマルア教は、異端どもに思い知らせてやる。」
まるで拡声器でも使ったように、その男の言葉ははっきりとエリックの耳に届き、言い終えた瞬間、その男は消えたのだった。
―――――――――――――――――――――――――
エリックは黒い手袋をした右手を見つめギュッと握ると、大聖堂を睨みつけた。
大聖堂の奥、応接室に通されたエリックは、シルクのような手触りの立派なソファに腰を下ろし、学園の教員派遣について打ち合わせを行っていた。
その場には事前に連絡しておいた通り、モレー主任牧師も呼ばれている。
概ね打ち合わせが済み、モレー主任牧師以外の牧師が退室すると、エリックはテーブルに置かれた紅茶を一口飲んだ。
「ルー学園長、私にお話とは?」
おずおずとモレー主任牧師は口を開いた。
「いえ、以前うちの教授が訪ねて来た事があるようだったので、どのような話をしたのかと。彼は少し、突っ走ってしまうところがありましてね。あ、それはそうと、ここへ来る途中に息子さんを見ましたよ、あれは確か、クリストフ牧師でしたか。」
「そ!そんなバカな!!!…!いえ、申し訳ありません。彼は今屋敷で療養しているのです…。見間違いかと。ええ。ロッシュ教授がいらして聞かれたのも、クリストフについてでしたが…。療養しているとお伝えしただけですよ…。」
すっかり落ち着きを失ったモレー主任牧師は、目をきょろきょろさせながら小さく貧乏ゆすりを始めた。
「そ、その、お話が以上でしたら、失礼しても?礼拝がありますので…。」
握った拳にポタリと汗が落ちたことにも気が付かないようだ。
「ええ、構いません。お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。」
エリックはニコリと笑うと、立ち上がりドアに向かった。
モレー主任牧師はドアを開け、エリックを見送ると足早に反対方向へ歩いて行く。
(食いついてくれると良いが…。)
その足音を背中で聞きながら、エリックは出口を目指した。




