表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/90

情報共有と干し肉一枚分の思いやり

ベジェの宿は閑散としたものだった。


特別行楽地というわけでもないし、真冬は季節的に旅行には向かない時期だ。


次の目的地に向かう事を提案したが、ゾーイの体を慮ってか、ヴァレンティンが断固として宿へ向かう事を譲らなかった。


宿の1階は食堂になっており、宿泊客でなくても食事が出来るようで、数人の客が点在する丸テーブルにつき、食事を摂っている。


室内とはいえ隙間風が入る食堂で、3人はローブを脱がずに座っていた。


「まさか全室空いているとは。空いていなかったら一旦ドニエに戻ることも考えていたけどね。さすがにゾーイを野宿させられないし。」


固めの丸いパンをちぎり、ホカホカと湯気の立つクリームスープに浸してグルグルと回しながら、一向に食べる気配を見せないヴァレンティンは言った。


「何を言うんです。私は得意ですから一向に構いませんよ。」


スープをおいしそうに口に運びながら、ゾーイは抗議した。


「得意?この頃の貴族令嬢は野外活動を学ぶのか?」


カラカラとフィリップが笑う。


「ゾーイ、君は女性だ。むやみにそんなことはしてはいけないよ。どんな危険が待っているか分からない。」


「何故です?野宿の基本はルドルフさんに教わりましたし、女性だから駄目というのも理解できません。それに、今は一人というわけでもないでしょう。」


パンを食べるのを一旦保留にしたヴァレンティンは、額に手を当てため息を吐いた。


「ゾーイは噂とは違い随分お転婆なようだな。こちらが本性か?私はそっちの方が好きだな。」


「フィ、フィリップ、ゾーイをけしかけるようなことを言わないでくれ。危なくてしょうがない。」


ゾーイは温かいジンジャーティを飲みながらヴァレンティンをジッと見た。


(この人はどうしてこんなに心配性なの?面倒見が良い人だとは思わなかった。)


「な、なんだい、そんなに見て。まだ何も食べてないから何もついてないよね?」


ヴァレンティンはゾーイの視線に気が付き、口元を触りながらドギマギしだした。


「はい?そんなに見ていましたか?不躾でした。すみません。」


そんな二人のやり取りをニヤニヤと見ていたフィリップは、フッと真顔になる。


「ところでヴァレンティン、先ほどまで王都にいたわけだけど、向こうの状況はどうだった。」


「あぁ。その話はしなければいけないと思っていた。」


まばらに客がいるとはいえ、賑やかとは程遠い店内を見回してヴァレンティンは声を落とした。


「学園長が王宮に呼ばれ、ゾーイを捜索するよう王命を受けたそうだ。」


「え!?」


ゾーイは驚きのあまり、持っていたコップを手からスルリと落とし、テーブルにぶつかる直前にヴァレンティンがギリギリでキャッチした。


「危なかった。やけどはない?驚くのも無理はない。しかし不可解なのは、ベラが君を心配しているから探して欲しいと国王陛下に進言した、という点だ。」


「国王は随分と浅慮だな。」


ポツリとフィリップが零した言葉を聞き、ゾーイとヴァレンティンは目を丸くした。


「ここは王都から遠いとはいえ、言葉を選んだ方が良い。不敬罪で捕まるぞ。」


「事実を言った者を捕まえるなら、尚更愚か者だな。」


フィリップはフォークとナイフを手に取り、こんがりと焼けたヤギの肉を黙々と食べ始めた。


ゾーイはハラハラと胸の前で手を組み、チラリとヴァレンティンを見た。


「ゴホン。学園長は、自分以外に近衛にも捜索の指示を出しているだろうと。だから一層身辺には気を付けないといけない。」


受け取ったカップを両手で包み、ゾーイはゆらゆらと揺れる液体を見つめる。


「それから…。トーマス・マイヤーがゾーイを探しているようだ。」


「はい?トーマスが?」


ヴァレンティンはグッと眉間に深い皺を寄せた。


「“マイヤー”はゾーイの事を心配し、自ら動いているようだよ。」


ヴァレンティンはファミリーネームを強調した。


ゾーイは信じられないという顔でゆるゆると首を振った。


「あり得ません。彼が私を心配するなんて。もしかしてベラが探しているから渋々協力しているのでは?」


「いや…、そうでもないみたいだ。今は彼らに接触は殆どないようだし。」


二人が黙ると、フィリップの扱うカトラリーの音だけが行儀良く聞こえる。


「2組の追手ね。」


フォークとナイフを置いたフィリップが口を布でぬぐい言った。


「しかしヴァレンティンの移動具があれば、そうそう捕まる事は無いだろう。警戒を怠らないのは当然のこととして。」


ゾーイは不思議な感覚を抱いた。


(心配して探していると聞いて、こんなに不安な気持ちになるなんてね。)


「どっちが先に来るかな?賭けてみる?それともダークホースがいるかな。」


「先生の移動具の利点は距離を厭わないことですから、目的地の距離を順不同にした方が良いですね。」


フィリップの言葉を聞き流し、ヴァレンティンは頷いた。


「僕も茶色い髪にしようかな。家族に見えるように。」


「似ているかどうかは別にして、君の金髪は目立つからそうした方が良いだろうね。」


次の目的地を考えながら、無意識にテーブルに置いた右手の指輪を見つめるゾーイ。


そんなゾーイの様子に気が付いたヴァレンティンは口を開いた。


「夢のことといい、君が頭痛を感じる場所といい、やはり指輪と聖人は密接に関係しているようだ。これなら、全てを回る必要はないかもしれないね。」


「そう…ですね。」


「どうした?」


「いえ…、聖人を蘇らせた人たちにも…当然事情や感情がありますよね。でも、声を聞いたり、夢を見たりする時に感じるのは、ただひたすら、無念と言うか、後悔のようなものなんです。これって少し、変だなって。」


「変というのは?」


「つまり…その人の蘇りを願って、それが実現したんですよね?それならどちらかと言えば、喜びに近い感情が湧くものではないですか?」


ふむ、とヴァレンティンは腕を組んだ。


「確かにそうだね。聖人についても指輪についても、うさん臭さが増すばかりだ。さて、明日はどこへ向かう?」


フィリップは肩を竦めながら言った。


「そうですね…。明日は、南へ向かいましょうか。確か魔術師が蘇った地。ええっと…。」


資料を取り出そうとするゾーイ。


「エクセロンだね。南部公爵領の中心に近い町だ。1600年前、4人目が蘇った地。」


ヴァレンティンは空で言った。


「そうです。ここから距離があった方が良いでしょう。」


「ふむ。それでは目的地も決まった事だし、とにかく今日はもう休もう。」


ヴァレンティンの言葉に3人は立ち上がる。


ゾーイはテーブルの上にある皿に、チラリと視線をやった。


2階は宿泊部屋が5部屋あり、階段を上がって左端がヴァレンティン、真ん中がゾーイ、その右隣りがフィリップと決め、各々部屋のドアノブを握る。


「明日は朝食を食べてから発とう。ゆっくり休んで。カギはしっかりかける事。何か気になる事があったらティカップの魔道具を使うんだよ。」


部屋に入ろうとしたゾーイを引き留め、ヴァレンティンは事細かに注意してくる。


「分かりました、先生もフィリップもゆっくり休んでください。」



部屋はシンプルなベッドと丸テーブル、背もたれのある木の椅子1組があるだけで、とても簡素だった。


窓にはカーテンが付いていたので、暗くなり始めた外に一瞬視線をやり、シャッと閉じる。


ベッドに横になると、一気に疲れが押し寄せてきたようだった。


(一人で出発した時は、心細いなんて感じなかったけれど、こうして誰かといると、一人になるのは心細いわね…。)


はた、と思い出し、ベッド脇に置いたリュックを漁る。


ルドルフから餞別としてもらった干し肉と水筒に入れた水持って、ゾーイは再び外に出る。


コンコン。


「誰だ。」


「先生、ゾーイです。」


ガタガタッと大きな音がして、一瞬間がありドアが開いた。


「ゾ、ゾーイ?どうしたの?」


明かに動揺したヴァレンティンは、ローブを裏表に着ている。


脱いだローブを再び着ようとして失敗したようだ。


「あ、これを。ルドルフさんから頂いたんですが、美味しいですよ。」


「これを…?何故?」


「何故って、夕食が熱くて殆ど口にできていなかったでしょう。私の為の話をしていて満足に食べられなかったのですから、責任を取るのは当然…」


ヴァレンティンの顔を見たゾーイは言葉を切った。


見たことのない表情だ。


ヴァレンティンの口元がもにょもにょと動き、それを隠すように片手で覆った。


「あ、ありがとう。その…パンは少し食べたから、でも心配してくれて。」


(何だか変な文章ね、焦らせてしまったかしら。)


「いえ、お世話になっているので、当然です…。それではおやすみなさい。」


妙な空気が流れたので、ゾーイはそそくさと部屋へ戻った。


(変な先生。たった一枚の干し肉なんかであんなに喜んで。)


何故かくすぐったい気持ちになったゾーイは、ベッドに横になる。


様々な考えが頭を巡り、しばらく天井の模様を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ