情報共有と干し肉一枚分の思いやり
ベジェの宿は閑散としたものだった。
特別行楽地というわけでもないし、真冬は季節的に旅行には向かない時期だ。
次の目的地に向かう事を提案したが、ゾーイの体を慮ってか、ヴァレンティンが断固として宿へ向かう事を譲らなかった。
宿の1階は食堂になっており、宿泊客でなくても食事が出来るようで、数人の客が点在する丸テーブルにつき、食事を摂っている。
室内とはいえ隙間風が入る食堂で、3人はローブを脱がずに座っていた。
「まさか全室空いているとは。空いていなかったら一旦ドニエに戻ることも考えていたけどね。さすがにゾーイを野宿させられないし。」
固めの丸いパンをちぎり、ホカホカと湯気の立つクリームスープに浸してグルグルと回しながら、一向に食べる気配を見せないヴァレンティンは言った。
「何を言うんです。私は得意ですから一向に構いませんよ。」
スープをおいしそうに口に運びながら、ゾーイは抗議した。
「得意?この頃の貴族令嬢は野外活動を学ぶのか?」
カラカラとフィリップが笑う。
「ゾーイ、君は女性だ。むやみにそんなことはしてはいけないよ。どんな危険が待っているか分からない。」
「何故です?野宿の基本はルドルフさんに教わりましたし、女性だから駄目というのも理解できません。それに、今は一人というわけでもないでしょう。」
パンを食べるのを一旦保留にしたヴァレンティンは、額に手を当てため息を吐いた。
「ゾーイは噂とは違い随分お転婆なようだな。こちらが本性か?私はそっちの方が好きだな。」
「フィ、フィリップ、ゾーイをけしかけるようなことを言わないでくれ。危なくてしょうがない。」
ゾーイは温かいジンジャーティを飲みながらヴァレンティンをジッと見た。
(この人はどうしてこんなに心配性なの?面倒見が良い人だとは思わなかった。)
「な、なんだい、そんなに見て。まだ何も食べてないから何もついてないよね?」
ヴァレンティンはゾーイの視線に気が付き、口元を触りながらドギマギしだした。
「はい?そんなに見ていましたか?不躾でした。すみません。」
そんな二人のやり取りをニヤニヤと見ていたフィリップは、フッと真顔になる。
「ところでヴァレンティン、先ほどまで王都にいたわけだけど、向こうの状況はどうだった。」
「あぁ。その話はしなければいけないと思っていた。」
まばらに客がいるとはいえ、賑やかとは程遠い店内を見回してヴァレンティンは声を落とした。
「学園長が王宮に呼ばれ、ゾーイを捜索するよう王命を受けたそうだ。」
「え!?」
ゾーイは驚きのあまり、持っていたコップを手からスルリと落とし、テーブルにぶつかる直前にヴァレンティンがギリギリでキャッチした。
「危なかった。やけどはない?驚くのも無理はない。しかし不可解なのは、ベラが君を心配しているから探して欲しいと国王陛下に進言した、という点だ。」
「国王は随分と浅慮だな。」
ポツリとフィリップが零した言葉を聞き、ゾーイとヴァレンティンは目を丸くした。
「ここは王都から遠いとはいえ、言葉を選んだ方が良い。不敬罪で捕まるぞ。」
「事実を言った者を捕まえるなら、尚更愚か者だな。」
フィリップはフォークとナイフを手に取り、こんがりと焼けたヤギの肉を黙々と食べ始めた。
ゾーイはハラハラと胸の前で手を組み、チラリとヴァレンティンを見た。
「ゴホン。学園長は、自分以外に近衛にも捜索の指示を出しているだろうと。だから一層身辺には気を付けないといけない。」
受け取ったカップを両手で包み、ゾーイはゆらゆらと揺れる液体を見つめる。
「それから…。トーマス・マイヤーがゾーイを探しているようだ。」
「はい?トーマスが?」
ヴァレンティンはグッと眉間に深い皺を寄せた。
「“マイヤー”はゾーイの事を心配し、自ら動いているようだよ。」
ヴァレンティンはファミリーネームを強調した。
ゾーイは信じられないという顔でゆるゆると首を振った。
「あり得ません。彼が私を心配するなんて。もしかしてベラが探しているから渋々協力しているのでは?」
「いや…、そうでもないみたいだ。今は彼らに接触は殆どないようだし。」
二人が黙ると、フィリップの扱うカトラリーの音だけが行儀良く聞こえる。
「2組の追手ね。」
フォークとナイフを置いたフィリップが口を布でぬぐい言った。
「しかしヴァレンティンの移動具があれば、そうそう捕まる事は無いだろう。警戒を怠らないのは当然のこととして。」
ゾーイは不思議な感覚を抱いた。
(心配して探していると聞いて、こんなに不安な気持ちになるなんてね。)
「どっちが先に来るかな?賭けてみる?それともダークホースがいるかな。」
「先生の移動具の利点は距離を厭わないことですから、目的地の距離を順不同にした方が良いですね。」
フィリップの言葉を聞き流し、ヴァレンティンは頷いた。
「僕も茶色い髪にしようかな。家族に見えるように。」
「似ているかどうかは別にして、君の金髪は目立つからそうした方が良いだろうね。」
次の目的地を考えながら、無意識にテーブルに置いた右手の指輪を見つめるゾーイ。
そんなゾーイの様子に気が付いたヴァレンティンは口を開いた。
「夢のことといい、君が頭痛を感じる場所といい、やはり指輪と聖人は密接に関係しているようだ。これなら、全てを回る必要はないかもしれないね。」
「そう…ですね。」
「どうした?」
「いえ…、聖人を蘇らせた人たちにも…当然事情や感情がありますよね。でも、声を聞いたり、夢を見たりする時に感じるのは、ただひたすら、無念と言うか、後悔のようなものなんです。これって少し、変だなって。」
「変というのは?」
「つまり…その人の蘇りを願って、それが実現したんですよね?それならどちらかと言えば、喜びに近い感情が湧くものではないですか?」
ふむ、とヴァレンティンは腕を組んだ。
「確かにそうだね。聖人についても指輪についても、うさん臭さが増すばかりだ。さて、明日はどこへ向かう?」
フィリップは肩を竦めながら言った。
「そうですね…。明日は、南へ向かいましょうか。確か魔術師が蘇った地。ええっと…。」
資料を取り出そうとするゾーイ。
「エクセロンだね。南部公爵領の中心に近い町だ。1600年前、4人目が蘇った地。」
ヴァレンティンは空で言った。
「そうです。ここから距離があった方が良いでしょう。」
「ふむ。それでは目的地も決まった事だし、とにかく今日はもう休もう。」
ヴァレンティンの言葉に3人は立ち上がる。
ゾーイはテーブルの上にある皿に、チラリと視線をやった。
2階は宿泊部屋が5部屋あり、階段を上がって左端がヴァレンティン、真ん中がゾーイ、その右隣りがフィリップと決め、各々部屋のドアノブを握る。
「明日は朝食を食べてから発とう。ゆっくり休んで。カギはしっかりかける事。何か気になる事があったらティカップの魔道具を使うんだよ。」
部屋に入ろうとしたゾーイを引き留め、ヴァレンティンは事細かに注意してくる。
「分かりました、先生もフィリップもゆっくり休んでください。」
部屋はシンプルなベッドと丸テーブル、背もたれのある木の椅子1組があるだけで、とても簡素だった。
窓にはカーテンが付いていたので、暗くなり始めた外に一瞬視線をやり、シャッと閉じる。
ベッドに横になると、一気に疲れが押し寄せてきたようだった。
(一人で出発した時は、心細いなんて感じなかったけれど、こうして誰かといると、一人になるのは心細いわね…。)
はた、と思い出し、ベッド脇に置いたリュックを漁る。
ルドルフから餞別としてもらった干し肉と水筒に入れた水持って、ゾーイは再び外に出る。
コンコン。
「誰だ。」
「先生、ゾーイです。」
ガタガタッと大きな音がして、一瞬間がありドアが開いた。
「ゾ、ゾーイ?どうしたの?」
明かに動揺したヴァレンティンは、ローブを裏表に着ている。
脱いだローブを再び着ようとして失敗したようだ。
「あ、これを。ルドルフさんから頂いたんですが、美味しいですよ。」
「これを…?何故?」
「何故って、夕食が熱くて殆ど口にできていなかったでしょう。私の為の話をしていて満足に食べられなかったのですから、責任を取るのは当然…」
ヴァレンティンの顔を見たゾーイは言葉を切った。
見たことのない表情だ。
ヴァレンティンの口元がもにょもにょと動き、それを隠すように片手で覆った。
「あ、ありがとう。その…パンは少し食べたから、でも心配してくれて。」
(何だか変な文章ね、焦らせてしまったかしら。)
「いえ、お世話になっているので、当然です…。それではおやすみなさい。」
妙な空気が流れたので、ゾーイはそそくさと部屋へ戻った。
(変な先生。たった一枚の干し肉なんかであんなに喜んで。)
何故かくすぐったい気持ちになったゾーイは、ベッドに横になる。
様々な考えが頭を巡り、しばらく天井の模様を見つめていた。




