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ヴァレンティンとダニエルの過去

ダニエル・ショパンは、ルシニョール王国の南側の大部分を統治するショパン公爵家の三男で、幼い頃から文武に長け、神童ともてはやされていた。


しかしいくら能力が優れていようと、公爵家を継ぐのは長男に限られ、また公爵家が統べる一部領においても、次男が侯爵として治めることは決まっていた。


その為、いくら努力したところで官僚として王宮に勤める程度が関の山で、持ち分の無い自分に常に劣等感を抱いていたのだ。


そんなダニエルの劣等感に拍車をかけたのは、他でもないヴァレンティン・ロッシュだ。


ヴァレンティンとダニエルは学園の同期だった。


カーラとルカ、現ドニエ辺境伯夫人のイザベルも同様だ。


南部公爵領においては神童と謳われたダニエルだったが、ヴァレンティンは楽々とダニエルを超えていった。


「ダニエル、この課題一緒にやるようにだって。」


ヴァレンティンはいつもつまらなそうな顔をしていた。


お互い公爵家の人間という事もあり、バランスに配慮して何かとセットにされる事が多かったが、組まされた課題でも必要最低限の会話しかなかった。


「その方法だと、うまく行かないと思うよ。こうした方が良い。」


ヴァレンティンは特に実技の場で、ダニエルの欠点を指摘した。


初めて習う魔術を5分後には習得し、1年の段階で無詠唱を獲得していたヴァレンティンにとって、ダニエルはカメの歩みのようだと感じていたのかもしれない。


「ロッシュ様、その…クラスメイトですし、少しこちらでお話しませんか?」


ヴァレンティンはその見た目と家門と優秀さから、度々令嬢方に声を掛けられていた。


それも学年問わずだ。


「いえ、結構です。これから調べ物があるので。」


ヴァレンティンは入学当初から一人、聖人について調べていたし、人間関係も希薄だったため“変人”と呼ばれるようになっていた。


しかし“変人”の異名を持とうとも、令嬢からの人気は衰えなかったのだ。


どれほど麗しい令嬢に声をかけられようと、まるで壁と話しているように無表情を決め込むヴァレンティンを、ダニエルは苦々しく見つめていた。



ダニエルは卒業後、学園の教員になる事を決めた。


家族からは王宮の官僚職を推薦されたが、学園ですっかり自信とやる気を失ったダニエルは聞く耳を持たなかった。


教員の仕事は機械的で、彼自身意欲的では無かったが、ヴァレンティンと離れ、ようやく心の安寧が訪れたように感じていた。


しかし卒業後魔道具研究所の職員となっていたヴァレンティンが、5年前突然学園の教授として戻ってきたのだ。


ダニエルがなることが叶わなかった教授として、だ。


教授は、何らかの実績によって推薦される上、そのポストが空いた時のみチャンスがある。


「ダニエル先生!ご無沙汰しています。お手柔らかにお願いしますね、先輩。」


ハキハキと挨拶し、ニコリと笑ったヴァレンティンは、学園時代とは別人だった。


「ロッシュ教授。どうぞよろしく。随分と、雰囲気が変わりましたね。」


「あぁ、カーラの家族が底抜けに明るい人たちなので、感化されましたかね。」


ダニエルは一瞬理解できなかったが、そう言えばドニエの長女とヴァレンティンは魔道具研究所に入職したのだったな、と思い至った。


「そうですか。カーラ嬢と婚約でも?」


「いえ、彼女は友人ですよ。うちは楽しくないので、よくバラトに遊びに行くんです。」


そんなふうに始まった学園生活は、ダニエルにとっては苦痛以外の何物でもなかった。


文句なしに優秀な彼は、誰からも一目置かれていた。


誰が言ったわけでもないが、常に比較されているような強迫観念が付きまとっていた。


そんな折、いつものように教授会に遅れているから探してこいという学園長からの指示の下、ヴァレンティンの部屋を訪れたダニエルは目を疑った。


人が変わったとはいえ、今も昔も女の影など微塵も感じなかったヴァレンティンの部屋に、ゾーイ・レフェーブル伯爵令嬢がちょこんと座っているではないか。


あまり良い噂を聞かないが優秀な生徒。


噂によれば聖人となったベラ・デュポンを虐げ、果ては呪い殺したとか。


そんな生徒と密室に二人きりの教授。


 否が応でも下世話な想像が掻き立てられた。


そしてこれは“利用できる”とダニエルは考えた。


ジルメーヌ魔術学園は、やんごとなき貴族の通う名門だ。


その教授ともなれば、信用が一番ものを言うだろう。


ダニエルは何の気なしを装って、ヴァレンティンに密に思いを寄せているロベール先生にその事実を漏らした。


予想通りロベール先生は顔を赤くして憤っていた。


彼女は国教を教える教員であり聖職者だ。


未婚女性の不埒な疑惑、しかも思いを寄せる男との噂など、我慢ならないだろう。


(この分なら、俺が動かなくても噂が広まってアイツは追い詰められるかな。)


しかしダニエルの予想に反して、追い詰められたのはゾーイだけだった。


貴族令嬢の方が、そのような噂が致命的になることは容易に予想できたはずだ。


(彼女には何の恨みもないのに、悪い事をしたかもしれない…。)


ゾーイの失踪とヴァレンティンの関与疑惑についての進言も、学園長にはサラリと流されてしまい、打つ手なしとなったダニエルは、静観するしかなくなった。


ヴァレンティンが不在の日もちらほらとあったが、それが取りざたされることなく授業は滞りなく行われ、時間は過ぎていく。


そうして悶々と過ごすダニエルの下に、突然一通の魔道レターが届いた。


魔道レターは、石板のように分厚く硬い紙を、決められた2か所でのみ往復する事ができる通信具の一つだ。


差出人はショパン公爵夫人、つまりダニエルの母だった。


今はもっと便利なものもあるが、ダニエルの母は好んでこの手紙を使った。


“元気にしているか。少しは顔を見せて欲しい。南部にダニエルの友人が来ているようだから、あなたも帰ってきたらどうか”というような内容だった。


(友人?俺の友人とは誰のことだ?)


ダニエルには全く心当たりが無かった。


渋々母に魔道レターを返信する為、専用の羽ペンを手に取る。


“忙しく仕事している。年が明けたら一度くらい帰るかもしれない。友人とは誰か。”


家族に対して一定の距離を保っているダニエルは、端的な文章を書き魔力を込めると、魔道レターは消えた。


すぐにまた決められた位置に魔道レターが返って来る。


“ヴァレンティン・ロッシュ公爵子息が、友人とともに南部公爵領を訪れているようだ。”


「ハッ!!」


ダニエルは思わず吐き捨てるように笑った。


「南部に何の用だ、ヴァレンティン・ロッシュ。」


ダニエルは苦々し気に口元を歪めた。

次回は7月29日(月)8:30に投稿します。

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