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ベジェの街と男爵家の真実

ヴァレンティンは、昼食を終えた頃ドニエ邸に戻ってきた。


居室でフィリップと共に紅茶を飲んでいたゾーイの下にスタスタと歩み寄る。


「ゾーイ、昨日はよく眠れたかい?」


当たり前のようにソファの隣に腰掛けたヴァレンティンは、ゾーイの顔を覗き込みながら優しく言った。


「は、はぁ。よく眠れました。」


若干体を引きながら引き攣った笑顔でゾーイは答えた。


(先生ってこんなに奇麗な顔だったのね。金髪のせいで、かなり眩しわ。)


そんな態度のゾーイを見て不安そうな顔になるヴァレンティン。


「どうした?怖い?僕の顔は怖いのか?」


片方の頬に手を当てて愕然とするヴァレンティン。


ハハッと声が聞こえた。


「あぁ、フィリップ。こんにちは。しばらくよろしく。ところで何故笑ったんだ?」


「ええ、ロッシュ公爵子息。よろしく。いえ、何だか微笑ましくて。」


未だにクックと笑うフィリップを訝し気に見たヴァレンティンは、ゾーイに向き直った。


「髪の毛を染め直そう。大分落ちてしまっているしね。」


そう言ったヴァレンティンは杖を取り出し、フワリと振るとゾーイの髪は奇麗な茶色になった。


3人は厚手のこげ茶のローブを羽織り、雪道にも対応できるブーツを履く。


「それでは、準備も出来たことだし、早速出発するかい?」


「そうですね。次はベジェに向かおうと思います。」


「ベジェね。ここからそう遠くないね。まあ距離なんて関係ないけれど。」


そう言いながら、持っていたアタッシュケースを扉に変えるヴァレンティン。


カチャリとドアを開ければ、その先には町が見えた。


「さぁ、行こう。」



ベジェは数時間歩き続ければ街を一周できてしまうほど、こじんまりした所だった。


平屋の家屋が並び、人々も長閑で、土の道路には雪が積もり馬車のわだちが出来ている。


「男爵家の屋敷は取り壊される事無く残っていたはずだよ、少なくとも僕が来た時には。行ってみる?」


ヴァレンティンの言葉に、コクリと頷くゾーイ。


3人は雪道を黙々と歩いた。


フィリップは両手に息を吹きかけながらついて来る。


「あの、フィリップ。大丈夫ですか?」


「ありがとう、ゾーイは優しいね。大丈夫。寒さに弱いと言っても、耐えられないほどではないよ。」


ニコッと笑うフィリップ。


「あぁ、あそこだ。当時と…変わらないな。」


そう言ったのはヴァレンティンだ。


男爵家の屋敷は、ベジェの街の端にあった。


街には高低差が殆どなく、平屋の家屋の先に見える僅かに高い建物がそれだった。


ドニエ邸の100分の1程の大きさで、黒い柵の門は固く閉じられ、奥に見える屋敷は人気もなくひっそりと雪をかぶっている。


「ここが男爵家のお屋敷。」


ゾーイは恐る恐る柵に触れると、キイッと門が開いた。


ゾーイは咄嗟にヴァレンティンの方を見る。


「誰もいないんだ。入ってみても問題ないだろう。」


黒い鉄製の門をくぐると、枯れ木や何も植わっていない花壇が寒々しくゾーイ達を迎えた。


放置された雪の積もる庭園が玄関まで続いている。


3人が雪を踏んで歩く音以外聞こえない。


開き直ったゾーイが玄関に手をかけると、抵抗なく開いた。


「暗いな。明かりを付けよう。」


ヴァレンティンは屋敷に残っていた燭台の上のロウソクに火を灯し始めた。


そんなヴァレンティンを何となしに見ていたゾーイは、不意に階段の方に視線をやった。


エントランスホールの左端にこじんまりと設置された階段は、突き当りで右に折れ、暗い2階へと続いている。


フラリと階段を上り始めたゾーイを見て、燭台を持ったヴァレンティンは慌てて付いて来た。


「ゾーイ、暗いから足元に気を付けて。…ゾーイ?」


ヴァレンティンの言葉がまるで聞こえていないようなゾーイは、目的地が定まっているように真っすぐに歩いた。


2階の突き当りのドアの前に立ち止まるゾーイ。


「このドアの先が気になるの?」


「この先に…。」


ポツリと言ったゾーイの言葉が聞きとれず、ヴァレンティンは聞き返そうと口を開いた。


ゾーイはドアノブにそっと手を伸ばした。


ドアノブに触れた瞬間、割れるような頭痛と耳鳴りを感じた。


「ああああぁぁぁ!!」


頭を抱えてうずくまるゾーイ。


「ゾーイ!?大丈夫か?!また頭痛がするのか?!」


「この部屋は寝室のようだ。中にベッドがある。そこに運べ。」


フィリップが素早くドアを開け、中を確認するとヴァレンティンに指示を出す。


うずくまるゾーイを抱き上げたヴァレンティンは、急いで部屋のベッドに運んだ。


フィリップが急いで厚手のマントを脱ぎベッドに乗せる。


ヴァレンティンがその上にゆっくりと下すと、ゾーイは意識を失っていた。


ゾーイの呼吸を確認したヴァレンティンは、ベッド脇に膝をつきながらホッと息を吐いた。


「また、というのは、前にもこのようなことが?」


フィリップが後ろから小声で聞いた。


「…あぁ。バラトの教会で。」


「なるほど。今回もまた、聖人の誕生した場所で、ね。仕方ない、ゾーイが意識を取り戻すまでここにいてくれ。私は少し部屋を見て回ろう。」



―――――――――――――――――――――――――



ゾーイが目を開けたのは、明るい陽の差し込む部屋のベッドの上だった。


横になるゾーイは、手足はおろか、顔の向きさえ変えられない。


「お嬢様のご遺体、一体いつまでこの部屋で保管なさるつもりかしらね。」


「しっ!どこで誰が聞いているか分からないわ。旦那様はお嬢様をとても愛していたんだから、ご遺体すら離れるのが辛いんでしょう。」


「でも…、教会に連絡したらすぐに葬儀をするようにって言われるはずでしょう。」


聞こえてきた声の方に視線だけ動かすと、メイドが二人部屋を掃除しているようだ。


(あ…。)


声すら出せないゾーイは、この状況に理解が全く追い付かなかった。


その時ドアの開く音がした。


「旦那様、おはようございます。」


「あぁ。お前たち部屋から出ていてくれ。エントランスの掃除でもしていてくれればいい。」


「畏まりました。」


再びドアが開き、二人が出て行く気配がした。


「アメリー…」


ゾーイの横たわるベッド脇にその人物が歩み寄った事で、その顔が初めて見えた。


その男は40歳前後のようで、アーサーと同年代に見えた。


夜空のような濃紺の髪は、手入れを怠ったようにボサボサとしている。


一重の瞼を伏せ、澄んだ水色の瞳は憂いをはらんでいた。


「アメリー、マルア様は君をまだお見捨てにならなかったよ。君を生き返らせる事ができるんだ。」


ゾーイはその男の言葉を聞きギョッとした。


(マルア教?今は信仰が厳しく制限されているのに…。それに生き返らせるということは…。)


ゾーイがその男の手に視線をやると、左手の人差し指に銀の指輪が見えた。


男が横たわるゾーイの左手を持ち上げ、両手で包むと自分の額に当てる。


「マルア様、娘をお助け下さい。この子の人生はこれからだったのです。どうかこの子の人生が、幸多からんことを。」


ゾーイは胸を締め付けられるような気持ちになった。


「ずっと一緒にいようって約束を、守れなくてごめんな。」


ゾーイの左手を握る男の両手から僅かに光が漏れ、次の瞬間男がベッドに倒れこんだ。



―――――――――――――――――――――――――



ハッと目を覚ますゾーイ。


「ゾーイ?大丈夫か?頭痛は?」


「ロ、ロッシュ先生。私…。」


こめかみを押さえながらゆっくりと起き上がる。


「この部屋の前で突然倒れたんだ。ここがどこだか覚えている?」


言われて周囲を見回したゾーイは一点に目を止め、ゆっくりと瞬きをひとつした。


「はい。ここは1200年前、聖人が蘇ったベジェのお屋敷。ファルマン男爵家の一人娘アメリーのお部屋です。」


「ん…え?そこまで?よくわかったね。」


「アメリーはこのベッドで亡くなり、ここで蘇りました。父であるファルマン男爵の手で。」


ゾーイの視線の先には、ソファに寄り添って座る3人の親子の写実画があった。


濃紺の艶のある髪をオイルできちっとなでつけ、シンプルながら伝統的な礼服を着こなす男性と、ピンクの髪を緩く編み、濃紺のドレスを着た優しげな女性、真ん中にはピンクのフワフワした髪にカチューシャをし、ピンクのフワフワしたドレスを着た笑顔の可愛い10代前半の女の子。


(あれが、アメリーと男爵ね。)


「この指輪と繋がっているからなのか…、亡くなった男爵の断片的な記憶…のようなものを、夢で見ました。」


「男爵の?」


「はい。正確には、私の意識がここに横たわるアメリーの遺体の中にあって、男爵がアメリーの手を握っていました。そして指輪に魔力を込めた所までです。」


「つまり、男爵は令嬢の失踪を受け、失意の末に死んだのではなく、令嬢を蘇らせた直後に死んだ、ということだね。」


ヴァレンティンは腕を組んで近くにあった椅子に腰を下ろす。


「おや、お目覚めだね、お姫様。」


ドアを開けて入ってきたフィリップは、カーテンの布のようなものをグルグルと巻いている。


「あの…フィリップその恰好は…。」


「ああ、地下があってそこを見に行くのが寒そうだったから、ちょっと拝借したんだよ。おかしいだろう?いくら何でも1200年前の建造物が、内装も含めここまでしっかりと残っているなんて。」


言われてみればおかしい、とゾーイは周囲を見回す。


ホコリの蓄積は数年分といったところだが、建物や家具に劣化が見られない。


「地下を探ってみたらビンゴ!建物全体を保護する魔術が半永久的に続くよう、魔道具が設置されていた。男爵の仕業だろうね。死ぬ前に設置したのだろう。彼は相当優秀な魔術師で、かなりの魔力量だったことは間違いない。」


「魔力が強いことが、この指輪行使の条件なんでしょうか。」


「その可能性が、高いかもね。」


「随分手がかりが掴めたな。一旦出よう。ゾーイは宿で休まないと。」


促され立ち上がろうとしたゾーイは、柔らかい何かに触れた。


(これはフィリップの…!だからカーテンを巻いていたのね!)


「ごめんなさい!私がフィリップのローブを下敷きにしていたから!」


慌ててローブを持ち上げ、パンパンと叩く。


その拍子に、ローブを止めるための小さなボタンが目に入った。


次の瞬間、その手からローブは消えていた。


「ありがとう。」


フィリップは満面の笑みを向け、ローブを羽織る。


「え、ええ。」


(あの紋章は…。どこだったかしら…。確かどこかの公爵家の…。)


「ゾーイ、それでは行こうか。歩けるかい?」


「はい。ロッシュ先生。」


ゾーイは記憶の糸を必死に手繰り寄せようとしていた。

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