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ゾーイの魔力とアンナの機転

自室に戻ったゾーイは、まだ正午にもなっていないにも関らず疲れ切っていた。


ベッドに座り、ため息を吐くと、アーサーとの会話を思い出す。


「いつもはどんな噂が広まろうが気にも留めないじゃない。」


ポツリと呟いたゾーイは、頭を振って気を取り直した。


(アンナにお茶でも入れてもらおう。)


ゾーイはベッド横チェストの上に置いてある水晶型の魔道具に手を触れた。


これはアンナの付けているピアスと通信できるように特注したものだ。


水晶に魔力を込めようと意識を集中するが、違和感を覚えた。


いつもなら内側から湧いて来るように魔力を感じるのに、何も感じない。


ゾーイは慌てて左手人差し指に付けている金の指輪に魔力を込めようとした。


しかし何の反応もない。


「魔力が…使えない?」


枯渇であるはずがない。


魔力が枯渇したのであれば、回復まで意識が戻らないはずだし、そもそもそんなに魔力を使った記憶もない。


はた、と考えを止め、銀の指輪を見る。


「この指輪…。この魔道具を使ったせいで、魔力が無くなった…?」


そんなことがあるのだろうか、とゾーイは居ても立ってもいられず、足早に書庫へ向かった。


読書好きであった母を喜ばせる為、アーサーは立派な書庫を作り、せっせと蔵書を増やしていた。


その為、レフェーブル家の書庫には、ありとあらゆる書籍が揃っているのだ。


カテゴリ別に収納されている本棚の間を縫って、魔道具専門書、魔力関連書、歴史書、偉人に関する書物、果てはアンデットに関するオカルト本にも手を伸ばしたが、元々知っている知識以上の事は書かれていなかった。


「やっぱり、魔力枯渇では無いわ。だからと言って魔力が無くなるなんてことも、歴史上、起きた記録は無い…。」


ベラの殺害疑惑、取れない指輪、魔力消失。


何からどうすれば良いのか、ゾーイには全く分からなかった。


(とにかく魔力が無くなったことについて、お義父様に言わなければ…。)


よろよろと書庫を後にし、義父の書斎に足を向けた。


「お嬢様?いつお戻りに?申し訳ありません。気が付きませんでした。」


慌てたアンナが駆け寄ってきた。


「あぁ、ごめんね。お義父様から緊急で呼び出しがあって、急きょ戻ったの。」


「旦那様が。そうでしたか。お嬢様と入れ違いに戻られましたからね。でも、良かったです。少し早いお帰りでしたから。」


ゾーイは違和感を覚えた。学園に通学した直後に、学園長を動かしてまで呼び出したことも。


(何故あんなに慌てて呼び戻したの…?)


ゾーイは、魔力の件はひとまず言わないでおこうと考えなおした。


「アンナ、お茶を入れてくれる?」


ゾーイは踵を返し、自室へ向かった。


自室でアンナのお茶を飲みながら、ゾーイは考えを巡らせていた。


(魔力が使えない以上、授業にも参加できないし…。こんな状況で周囲に魔力が使えないことを知られたら、またきっとおかしな疑いの目が向けられる…。)


ゾーイはおもむろに立ち上がり、再びアーサーの書斎に向かった。


ノックし用向きを伝えると、入室の許可が下りた。


伯爵は顔も上げずに黙々と書類と向き合っている。


「まだ何かあったか。」


「伯爵様。しばらく学園は休学しようと思います。」


グシャッと書類を握りしめたアーサーは、額に深く皺を寄せ、顔を上げた。


「…。何故だ…。」


「考えてみたのですが、私の噂は学園にいるほど広がるでしょうし、伯爵家の不名誉につながるのは本意ではありません。私は体調不良とでもしておけば…。」


「そう…ではなく…。いや…。そうか。」


言葉を飲み込むように黙り込むアーサー。


「分かった。休学の手続きはお前がしなければならない。学園のしきたりだからな。」


「分かっています。明後日学園に行ってまいります。それでは失礼します。」


王立ジルメーヌ魔術学園は、貴族であっても自らの事は自ら行うようにという校風から、あらゆる手続きを自身で行う必要がある。


早々に退出しようと立ち上がるゾーイを、アーサーが呼び止めた。


「安置室でトーマス・マイヤーと口論になったと言ったが、何かされたのか。」


思わず張られた頬に手を当てそうになり、拳を握った。


「いえ。何も。」


そう言って書斎を後にした。


自室に戻ると、ゾーイは大きな掃き出し窓のそばに置かれたアンティークな一人がけソファに腰を下ろし、ふう、と天井を見上げた。


(突然何?私に何があろうと、目も合わせなかったくせに。)


心底訳が分からず、グッと目をつぶる。


「お嬢様、お茶を入れ直します。ご希望のお菓子はありますか?」


いつの間にかそばにいたアンナが、優しく声をかけてきた。


アンナはゾーイの小さな変化を見過ごさない。


ゾーイが伯爵家に来た時から仕える侍女だ。クロエを看取る際、ゾーイと一緒にいたのもまた、彼女だった。


ゾーイはアンナを見つめた。


「アンナ。あなただけに言うのだけど。」


「はい、何でしょうか。」


「私、今何故か魔力が使えなくなってしまっているみたいで…。その、今までのように水晶で呼ぶことができないの…。」


(アンナは不審に思うかしら。)


「それで…、この事は…お義父様にも言わないで欲しいのだけど…。」


尻すぼみになってしまった言葉が、静かな部屋に溶け込んだ。


「承知いたしました。それではベルを準備いたしますね。このことは、口外致しません。」


自分で言ったことだが、信じられないようにアンナを見つめる。


「何故か聞かないの。」


「私はお嬢様の侍女でございます。お嬢様の不便を取り除き、一切の不安を抱かせないのが私の役割です。」


ニコリと笑ったアンナを呆然と見つめる。


「そう。それなら、よろしくね。ベルを持ってきたら、夕食まで下がって良いわ。」


何故か落ち着かない気持ちになったゾーイは、そう言ってごまかしたのだった。

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