不穏な動きと忍び寄る魔の手
ヴァレンティンは、ドニエ邸でのゾーイの快気祝いという名のどんちゃん騒ぎを終えて、一旦学園の研究室に戻っていた。
ゾーイと一緒に行動すると決めたが、学園の授業も行わなければいけない。
(半年は滞りなく出来るよう、完璧なプランを立てなければ。)
研究室の簡素な書斎机で一心不乱に準備をしながら、ふと晩餐中のゾーイが頭に浮かぶ。
突然無表情になり、胸騒ぎを覚えたヴァレンティンだったが、心配する言葉に返って来たのは見たことも無い自然で美しい笑顔だった。
思い出すだけでもヴァレンティンの動機と頬の赤みが増した。
(あれには驚いた。あんなふうに笑うなんて。な、なぜ急に僕に笑ったんだ?まさか安心させてまた…。)
途中まで考えたヴァレンティンは、頭をガシガシと掻いた。
ローブから杖を取り出し振ると、本棚から本が数冊フワリと浮き上がり、デスクに静かに着地した。
(僕はゾーイを信じよう。)
パラリと資料を開き、黙々と作業を再開した。
その晩徹夜をしたヴァレンティンは、明朝学園長室を訪れていた。
何故か研究室にいる事を知っていた学園長は、日が昇り始めた頃、通信具を使い呼び出したのだ。
「おはよう、ロッシュ教授。随分教育熱心なことだ。徹夜で仕事とは。」
「おはようございます。全てご存じなのでは?」
ヴァレンティンにとって、むしろ呼び出しは好都合だった。
エリックの行動には不可解な点が多い。
重厚な書斎用椅子に腰かけたエリックと、書斎机の前に姿勢を正して立つヴァレンティンは、一時にらみ合った。
「お呼びになった理由を伺っても?」
「私の調べている事と、君の調べている事が繋がったのでね。」
「調べている事とは、レジスタンスについてですか。」
「そう。フィリップからも聞いているだろう。あの生き残りを、私は探している。」
「そして今回、レジスタンスの残党と酷似した魔力を纏うゾーイの指に、突然指輪が現れ、それが聖人に繋がっている可能性がある、と。」
エリックの言葉を引き継いだ。
「その通りだ、レフェーブル君の推測は、昨日フィリップからも聞いている。益々怪しいではないか。聖人、もとい、死人を蘇らせる指輪など。」
「フィリップとは誰なのですか?全く素性が知れません。見覚えがあるような気もしますが、記憶に引っかかってきません。あの男に危険はないのですか。」
「フィリップについては、心配する必要はない。彼の安全性は私が保証しよう。」
エリックが紫色の鋭い目を眇めれば、ヴァレンティンはそれ以上追及する事が出来なかった。
「まあ、レフェーブル君に同行すると独断で決めたのはアイツだから、真意は分からんが。」
「…分かりました。しかし私に同行の許可を。複数人を同時に遠くに移動するなど、僕の魔道具でなければ、簡単にはいかないでしょう。もちろん授業についてはきちんと準備を…」
「授業は教員方にも協力するよう私からも言っておこう。」
ヴァレンティンは僅かに片眉を上げ、言葉を切った。
「状況が変わったんでな。私はこのような立場で、容易に動けない。この件に関して信頼して動かせる者は少ない。」
ヴァレンティンはひそかに驚いた。
エリックの下で働いてずいぶん経つが、エリックに信頼されていたとは。
この数分の火花が散るようなやり取りを一瞬忘れ、ヴァレンティンの心は踊った。
「私も出来るだけ調べるが…そうだ一つ忠告しておこう。」
エリックは、書斎机端に置かれたスズラン型通信具の、小さな花の一つに触れた。
「はい、学園長お呼びですか。」
聞いただけで寝起き不満げと分かる女性の声が聞こえる。
「トーマス・マイヤーの様子は。」
「えぇ?まだ見張りだして間もないですけど…。しばらく放浪していたみたいですが、ここ数日は学園に来ていたようですよ。昨日2名の学生と接触しています。でもあの人大丈夫ですかね?ほんの少ししか見ていないですけど“私が好きなゾーイ”とかブツブツ言っててすごく怖いです止めて良いですか?」
「2名とは?」
「1年のソレイユ・レフェーブルと、3年のドミニク・ガルシアです。」
「ふむ。ガルシアねぇ。分かった。引き続き見張るように。」
「止めたいですけど…。」
「こうなる事は予想できたが、暴走した人間の行動というのは今ひとつ分からない。彼だけではなく、周囲の人間に被害が出ないよう、見張っていてくれ。」
「はぁ、分かりましたよ。それでは。」
リンとスズランの花が小さく鳴り、部屋が静かになった。
「聞いた通り、マイヤー君がレフェーブル君を探しているようだ。弟君に接触したのもそういう事だろう、あまり良い予感はしない。」
「はい。」
「それから先日、ゾーイ・レフェーブル伯爵令嬢を王宮へ連れてくるよう王命を受けた。」
「…!それは本当ですか!」
バンッと書斎机に両手を付き、エリックに詰め寄った。
「ベラ・デュポン君が彼女をとても心配していると。顔を見せて安心させてやりたいだなんて、国王陛下はまるで我が子のような溺愛ぶりだと思わないか?」
「ベラが…?」
「そしてデュポン君に危害を加える可能性のあるレフェーブル君は、その後地下に監禁すると宣った。」
「なんっ!そんなことが許されるはずがないでしょう!国王陛下は一体どうしてしまったのですか!」
「私に怒鳴ったところで分からんだろう。しかしそうだな。王宮には気を付けた方が良い。昔からあそこは、きな臭い。陛下も私を信じていないだろうから、近衛を使って捜索に乗り出しているだろうな。」
エリックは書斎用椅子を180度クルリと回転させ、ヴァレンティンに背を向けた。
「さあロッシュ先生。レフェーブル君を守りたければ、気張りたまえ。」
背もたれから黒い手袋をした右手だけがヒラヒラと覗いていた。
「情報ありがとうございます。それでは失礼します。」
背もたれに向かって一礼したヴァレンティンは、足早に学園長室を後にした。
(予想していた最悪の事態だ。ベラはどういうつもりで…。マイヤーも、ガルシア…ガルシア伯爵子息か…?ただの友人だろうか。)
学園長室を出たヴァレンティンは、杖を足元に向け、フワリと振るとその姿は消えた。
次回は7月22日(月)8:30に投稿します。




