ソレイユと再会の約束
ゾーイの発した言葉を受け、一瞬部屋が静まり返る。
ゾーイは蒼白な顔を伏せた。
(や、やっぱり…!違ったんだ…!バカな私…!何回間違いを犯すの…!)
そう思ったゾーイの耳に、はぁ、と複数のため息が聞こえた。
ビクッと肩を震わせるゾーイ。
「何を当たり前な事を言っているんだ。友人のこんなにも切実な訴えを、聞かないはずないだろう。」
カーラの言葉に、恐る恐る顔を上げる。
「ゾーイ、何度も言っているだろう。今更一人で抱え込もうなんて思わない事だよ。人間が一人で出来ることなんて、限られているんだ。」
ヴァレンティンは酷く不満そうな顔で言った。
「義姉様…。僕も何か手伝わせて下さい。」
今にも泣きだしそうなソレイユは、声を震わせた。
「私もまあ、乗りかかった船ってことで、力を貸しましょう。」
飄々と言ってのけるフィリップ。
(この手を取って、またもし離された時、私は耐えられるかしら。)
「わ、私…。」
「ゾーイ、ここに君を傷付ける者はいない。それに言ったろう。目的の為なら、嫌でもしなければいけないことがあるって。今は、そう思えばいい。」
カーラの言葉にハッとする。
(そうよ、今は、目的のために…。)
コクリと静かに頷く。
「明日から、また聖人の地を巡ろうと思います。体もすっかり元気になりました。」
「そうか?それじゃ諸々準備しないとな。移動についてはどうしようか…。」
チラリとフィリップを見るカーラ。
「それなら、僕が移動の手助けをしよう。扉の魔道具があれば一瞬だしね。」
ゾーイはヴァレンティンの提案が、不思議と以前ほど恐ろしいと思わなかった。
「そうか?ゾーイがそれでいいなら。それと、うちの家族が何故か酷くやきもきしているんだ。今日の晩餐は、皆と一緒に食べてくれるか?」
「は、はい、分かりました。」
「それじゃあ、私も準備があるから、ちょっと席を外すよ。明朝には戻ろう。」
そう言ったフィリップは、颯爽と部屋を後にした。
「さてと、私は厨房に行かなければ。ゾーイの出立式だ。豪華な食事を準備してもらわなければな。それと、もう少し話をした方が良い人もいるようだ。」
カーラが出て行くと、静まり返る部屋に、ゾーイとソレイユ、ヴァレンティンだけが取り残された。
「ね、義姉様…、少しお話できませんか。」
口火を切ったのはソレイユだった。
「お話?構わないわよ。」
チラリとヴァレンティンに視線をやるゾーイ。
「ああ、姉弟水入らずの邪魔になってしまうね。僕は席を外しましょう。…ゾーイ、ソレイユ君との話の後、僕にも時間をくれますか?」
「は、はい。もちろんです。」
ゾーイの言葉にホッとしたヴァレンティンは、ドアの向こうに消えた。
ゾーイとソレイユは、ローテーブルを挟み向かい合うように座る。
「義姉様…。ぼ、髪の毛を染めたのですね…。」
「ええ、そうなの。でもカーラさんにはすぐに見破られてしまったけれどね。」
「そうでしたか。黒い髪もお似合いですがやはり義姉様はあの美しい赤毛が…。」
黙ったと思ったら、ブンブンと激しく首を左右に振るソレイユ。
驚きながらも、ゾーイはソレイユをジッと見つめた。
「僕は…、僕が言いたいのは…今も昔も、義姉様を尊敬しているし、大好きだという事です。」
ソレイユは目をギュっと瞑り、俯いた。
「昔から僕は義姉様に頼りっきりで、お義母様が亡くなった事で傷付いているはずの義姉様に、ずっとすがっていました。でもそれが義姉様の重荷になっているなんて思いもしなくて…。」
「重荷に?何故そう思ったの?」
確かに母の死後、ゾーイは落ち込んでいた。
それでも、一心に頼ってくるソレイユが、ある意味救いだったと言えなくもなかった。
「べ、ベラさんが言ったんです。お義母様が亡くなって落ち込んでいるのに、頼りっきりでは重荷になるって。少し距離を置いた方が良いって。」
ゾーイは僅かに疑問を抱いた。
(ベラが…?)
何か違和感がある。
何かが決定的に食い違った状態で、天秤が釣り合ってしまっているような。
「そうだったのね?」
「うっ…。寮に入ったのも、傍にいてはどうしても甘えたくなってしまう自分を律する為で…。そうしているうちに、義姉様との距離感が分からなくなってしまって…。」
ポロポロと涙を流すソレイユを見つめるゾーイ。
「そう。」
そう言ったきり、言葉を発しないゾーイに不安を覚えたソレイユは、ゾーイの目を真っすぐに見た。
「い、今更こんなこと、信じられませんよね。当然です。でも僕はいつでも義姉様が大好きで、尊敬していて、あ、だから信じてもらえなくても、信じてもらえるようになるまで…。」
しどろもどろに言い募るソレイユを見て、フッと笑うゾーイ。
「ソレイユ、覚えている?初めて二人で話した時の事。」
「初めて…ですか?」
「ええ、私が伯爵邸に来た時、あなたは伯爵の後ろに隠れていて、満足に顔も見えなかったわ。でも、ある時伯爵邸の庭園で、泣いているあなたを、私が見つけたのよ。」
ゾーイは過去を懐かしむように、遠くを見つめた。
「あの時のあなたは、今みたいにポロポロと、真珠のような涙を流していたわね。」
「僕が泣いて…?」
「あなたは、お庭で一番きれいな花を探しているって言っていたわ。新しく出来たお義母さまと、お義姉さまに渡して、ご挨拶するつもりだったのに、見つからないって。その時は今みたいにとっても寒くてお花は咲いていなかったのよね。」
「そ、そんなことがあったんでしたか…?」
「ふふ。ずっと小さい頃よ。その時“あぁ、この子はなんて心根の優しい子なんだろう”って思った。そして、守ってあげなきゃって。」
そっと立ち上がったゾーイは、ソレイユの隣に座った。
「あなたと私は血の繋がりは無いけれど、あの時から、私にとってあなたは、かけがえのない弟なの。」
ソレイユの顔が目に見えて歪み、零れるように涙が溢れた。
「あんなに無礼な態度を取っていた僕を…?」
ゾーイは困ったように笑い、ポリポリと頬を掻いた。
「書庫で、子育てに関する書物を見つけたの。お母様が集めたのかしらね。そこには、子どもは10歳を迎える頃、家族に対して反抗的な態度を取る事があるって書いてあったわ。だからソレイユも、今心が成長してるんだって自分に言い聞かせていたのよ。」
グッと息を飲むソレイユ。
「少し寂しかったけれど、あなたにとってそれが必要なら、私がどうこう言うものではないから。もちろん、そうじゃない可能性も考えたけどね。私が何かしてしまって、ソレイユに嫌われた、とか。」
ゾーイの言葉を聞き、ソレイユは蒼白な顔をした。
「そ、そんなはずありません!義姉様はいつでも僕を…!そうです。いつも僕を大切に…!それなのに僕は…どうしてあんなふうな態度を…!」
「話してくれてありがとう。すっかりあなたのことを知っていたつもりだったけれど、家族でも、きちんと向き合わなければ分からない事があるものね。」
「ぼ、僕は、義姉様の家族…ですか…?」
俯くソレイユを、そっと抱きしめるゾーイ。
「当然でしょう。あなたは今も昔も、私の大切な弟よ。」
ゾーイを強く抱きしめ返し、ソレイユは崩れるように泣いた。
しばらく抱き合った姉弟は、ソレイユのパンパンに腫れた目をどうにかするために離れた。
「侍女に氷を持ってきてもらいましょう。目を冷やさないと、戻った時に伯爵が心配するわ。」
その言葉を聞き、ソレイユはハッとゾーイに目を向ける。
「ね、義姉様…、僕も、一緒に行ってはいけませんか?僕は…、邪魔になりますか?」
「そういう意味ではないのよ。あなたは学園に通い始めたばかりでしょう?きちんと勉強しなければ。魔力制御はソレイユを守ることにも繋がるの。分かってくれる?」
唇を噛むソレイユは、俯きながら言った。
「わ、分かりました。でも、時々でも、会いに来て良いですか?ロッシュ先生を通じて…。」
「分かったわ。でも…、伯爵には、私の居場所を伝えないで。どのような意図であれ、今連れ戻されるのは、少し問題があるの。」
「もちろんです。お父様に拷問されようと、僕が真実を口にすることはありません。」
「ご、拷問されたらさすがに言っていいけれど…。とにかくあなたは、何も知らないような顔をして、学園に通って。それが私の助けになるの。」
キッと真剣な表情になるソレイユ。
「分かりました。それが義姉様の為になるなら。それでは、僕は伯爵邸に戻ります。必ずまた会いましょう。」
「ええ、必ず。」
ゾーイは、自然と口から出た自分の言葉に驚いた。
数日前までは、再会を願う言葉が信じきれなかった。
しかし今は、心からソレイユとの再会を願うのだった。




