エリックの苛立ちと過去
ゾーイの元を訪れた後、屋敷に戻るや否やエリック・ルーは、家令から手紙を渡された。
「王宮から、至急…ね。」
雑多に散らかった書斎で、書斎机に頬杖を突きながら、エリックは呟いた。
至急というからにはすぐ行かなければと考えたエリックは、たっぷり2日後、王宮を訪れていた。
「エリック・ルー、君は随分と忙しくしていたようだな。」
高座から、ルシニョール王国国王であるジェラール・ド・フェンテは不敵に言った。
本来なら側近なり宰相なりが後ろに控え、謁見の間の大きな両開きのドアの両側に近衛騎士が立っている。
しかし今日に限っては、謁見の間にはエリックと国王の二人のみだ。
国王はサラリとした肩まである茶髪を片耳にかけ、面倒くさそうに青い目を眇めた。
50を目前にした年齢を思わせない若々しさと威圧感がある。
ボリュームのある深紅のマントを肩にかけ、王座のひじ掛けに頬杖をついていた。
「申し訳ありません。学生教育に忙しく、学園に寝泊まりをすることも多いものですから、手紙を受け取るのが遅くなってしまいました。」
エリックは右手を胸に当て、左手を腰の辺りに回して会釈しながら、飄々と嘘を吐いた。
「ふん。まぁ良い。今回はお前に任せたい任務があってな。」
後ろで手を組み、国王を見上げたまま黙っているエリックは、一切表情を変えない。
「知っていると思うが、学園の生徒であるゾーイ・レフェーブル伯爵令嬢についてだ。」
エリックは僅かに眉を動かした。
「もちろん存じています。彼女ほど優秀な学生を、学園長である私が知らないはずがないでしょう。」
「優秀だったとて、聖人に害を与える可能性のある人物だ。そして今は逃走中ときている。」
「逃走?彼女は正規のルートで休学届を提出しています。学園外での事まで、さすがに関与できませんしね。」
「ふん。聖人であるベラ嬢が、彼女の安否を気にしている。行方不明という噂を聞き、大層心配しているというのだ。何とも崇高な女性だろう。」
得体のしれない不快感が、エリックのみぞおち辺りにじわじわと溜まってくる。
「それで、私の任務というのは何でしょう?」
「話は簡単だ。レフェーブル伯爵令嬢を王宮へ連れてこい。ベラ嬢も顔を見れば安心するだろう。その後は、害を与えられないよう、地下にでも拘束しておけばいい。」
「彼女は優秀な魔術の使い手です。そう簡単にはいかないでしょう。更に言えば、ベラ・デュポンを害するという噂の事実確認もせず、そのような王命を出すのは些か…。」
「黙れ。事実などどうでも良いのだ。しかしまぁ、小娘一人捕まえられないとあっては、爵位返上も考えた方が良かろう。」
「…。欲しいと言って賜ったわけではない爵位です。いつでもお返ししますよ。それでは御前失礼致します。」
そう言って素早く謁見の間を退出した。
(彼女を拘束…?事実などどうでも良いだと…。)
エリックは帰路につく馬車の中で、眉間に皺を寄せ、舌打ちをした。
エリックは、王宮が嫌いだった。
そもそも貴族社会が性に合わないと、マルシャン男爵子息だった頃から感じていた。
マルシャン男爵は元商家で、いわゆる成り上がり貴族だった。
経済的に落ち目になっていたとある街を、その地を治めていた強欲な男爵に変わり、商売で復興させたのだ。
その褒賞として男爵位を賜り、復興した地を治めることとなった。
男爵位を賜ったのはエリックが15歳の頃。
父であるマルシャン男爵は、自身の価値を過大評価している面があったし、母の男爵夫人は貴族の仲間入りを果たし、有頂天になっているようだった。
二人は人脈を広げようと、様々な舞踏会や茶会に参加し、その度に引きずられるようにエリックも参加したものだ。
そこで、男爵が如何に低い身分か、また“成り上がり貴族”に対して、他の貴族がどのような視線を向けるのかを、嫌と言うほど知ることとなった。
高位貴族と顔を合わせる事はほぼ無かったが、子爵、男爵、時には伯爵と言った面々と顔を合わせれば、必ずと言っていいほど同年代の令息たちに絡まれた。
(今日感じた不快感は、あの頃を思い出させるものだったな。)
腕を組んで、背もたれに背を預け、スッと目を閉じる。
エリックは、自分の魔力が規格外であることが発覚したある舞踏会に思いを馳せていた。
* * * *
その日行われた舞踏会は、春と秋の年に二度開かれる、王家主催の舞踏会だった。
そこでも例にもれず、会場端で数人の令息に絡まれていた。
「やあ、マルシャン男爵子息!噂には聞いていましたが、まさか本当に会えるとは思いませんでした。爵位を賜った途端、まるで古株のような顔で社交界に足しげく通っているとか。」
「元平民とあっては、マナー云々もご存じないでしょう。私で良ければ、ご教授しましょうか?」
彼らはみな一様に、皺ひとつない礼服に身を包み紳士然としていたが、表情からは誠実さのかけらも感じられず、不愉快な笑みを浮かべていた。
確かにマナーなど付け焼刃だったし、エリックの意思はどうであれ、足しげく通っていることは間違いなかった。
しかし身なりにおいては、元商家の手腕で質の良い礼服を準備できたし、それを着こなすエリックは当時既に180㎝を超える高身長で、会場にいるかなりの人間を見下ろしていた。
「ご心配ありがとうございます。仰る通り私は新参者でして、社交界のマナーについては疎いのです。あなた方を見習うとすれば、その滑稽な表情と、ゴミの掃きだめのような腐り切った性格でしょうか?」
エリックは、ただでやられる性格ではなかった。
淡々とした言葉と、物理的にかなり上からの鋭い視線に動揺した令息達は、ワタワタとし始めた。
「さ、さすがは元平民ということですね。マナーどころか、言葉遣いも下品だ。商売で取り扱う商品も、それ相応に粗悪品ばかりだったんでしょう。」
「街を復興させたなどと、まさか詐欺まがいな事をしわたけではないでしょうね。」
その言葉は、エリックにとって聞き捨てられなかった。
エリックは商いが好きだった。
父の後ろについて幼い頃から学び、自身も商いの道で生きていくものとばかり思っていた。
じつのところ、男爵位を賜るきっかけとなった、街を復興させた一件はエリックの発案だった。
手柄こそ父に持っていかれたものの、業績を認められた事には興奮を禁じえなかった。
しかしその褒賞が貴族の仲間入りとは、エリックにとって全く予想外なものだった。
「親の脛齧って生きている商売のしの字も知らねぇションベン小僧が、知った口きくんじゃねぇよ。」
エリックの口から、流れるように下町口調が飛び出した。
「な、なんて…!教養の無さも…!」
男子一人が何か言いかけたが、最近の不自由と、プライドを傷つけられた苛立ちがエリックの内側に火をつけてしまった。
軽く見積もってエリックの周囲半径約50メートル、つまるところ会場中にある複数の魔道具が誤作動を起こし始めたのだ。
魔道具はその魔力との相性により円滑に作動する。
その為全ての魔道具が反応したわけでは無かったが、半数以上の魔道具がエリックの魔力に反応したと、後に明らかになった。
会場に設置された電灯具が一斉に燃え上がり、ダンスの曲を演奏していた楽器類が不協和音を奏で始めた。
参列者がそれぞれ身に付けていた様々な魔道具がカタカタと振動し、シャンデリアのかかった高い天井へ向けて飛び上がった魔道具も複数あった。
エリックの前にいた令息の1人が耳に付けていたピアス型魔道具が、前方にはじけ飛びエリックの頬を掠めて行った。
「な、なんだ!?状況を確認しろ!」
会場を警護していた騎士たちが右往左往しているのが目に入る。
苛立ちに任せて、目の前にいる令息数人を睨みつけていたエリックは、この状況が自分の仕業などと露ほども思わなかった。
その時エリックの腰のあたりを、トントンと叩く人がいた。
エリックが後ろを振り返ると、目線の先に人はおらず、次の瞬間下から声が聞こえた。
「落ち着きなさい、こちらを見て。」
声を頼りに下を向くと、エリックの背丈の半分しかない白髪に白濁した目の老人が立っていた。




