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銀の指輪と集いつつある仲間

カーラ・ドニエが抱いたゾーイの初対面の印象は”憂い”だった。


一見何でもないというように笑う彼女は、時折深淵を思わせる瞳の色を浮かべていた。


2度目に会ったのは、バラトの図書館。


たまたま時計台に関する魔道具の調査のために、自宅へ戻ろうとバラトの街を歩いていた時、見覚えのある姿を見た。


明らかに訳アリといったふうで、不完全な変装をしている。


彼女には良くない噂が付き纏っていた。


”何を思って我が街に足を踏み入れたのか。”


気になったカーラは後を追った。


彼女と接した時間は、ほんのわずかだ。


しかし、ゾーイがドニエ邸で食事をし始めた頃、否。図書館を後にする頃には、彼女に対する疑心は消えたと言って良かった。


(ゾーイに何があったのかは知らないが、この子は人を傷付けられる人間じゃない。)


まるで自分を殺すように生きるゾーイを放っておけなかった。


「君の家出にとっても役に立つであろう魔道具を授けよう。」


時計台の魔道具を参考にした試作品ではあったが、これほど今のゾーイに役に立つものはないと思った。


”魔力を選ばない魔道具”


(実現したならば、途中私の魔力が切れたとしても、ゾーイの魔力で持続できる。)


それは恐らく実現した。


”7回も飛べる魔力は込めていなかった。”


ゾーイが魔力を失ったなど“所詮噂に過ぎなかったのだ”とカーラは思った。



ゾーイから護衛についての突拍子もない報告を受け、仕事を終えた夕刻、ドニエ邸へ急ぐ。


カーラは研究所と、バラトにあるカーラ所有の無人の家屋を転移の魔術で繋いでいた。


ドニエ邸内に作ってしまった場合、万が一どちらかが侵略された時に、取り返しのつかない事態になりかねないからだ。


無人の家に転移し、慎重に玄関を開けて外に出る。


(何もヴァレンティンがいる場で言わなくとも…、いや、あそこにヴァレンティンがいたなんて知らなかったし、そもそもヴァレンティンの気持ちにこれっぽっちも気付いていないゾーイは悪くないか。)


眉間を拳でグッと押しながらドニエ邸を目指し、真っすぐゾーイの隠し部屋へ向かう。


ノックをするとゾーイの返答が聞こえ、扉を開いた。


そこにはソファに座るゾーイと、向かいには茶髪の若い男が座っている。


「ああ、ドニエ辺境伯令嬢。こんばんは。」


茶髪の男フィリップは、我が家のように寛ぎながら言った。


カーラは、何か違和感を覚えた。


「こんばんは。失礼ですが、どこのご子息でしょう?」


「フィリップで構いませんよ。」


そう言って笑ったフィリップの表情は、有無を言わさぬものがあった。


「そうか、それではフィリッ」


コンコン。


部屋の扉が唐突にノックされ、カーラは扉越しに用件を聞いた。


「申し訳ありません、お嬢様、ロッシュ公爵子息がお見えです。」


「は?いや待て。ん?えっと…応接室へ…。」


そうカーラが言うが早いか、扉が開く。


そこには、扉を開けたヴァレンティンと、後ろに隠れるようにソレイユ、所在なさげにリナが立っていた。


「あぁ…、お前…。」


当初の計画が粉々に砕け散った瞬間だった。


カーラはもはや、諦念の境地に達していた。


(ゾーイを遠くから見守る約束は、3日と続かないのか?)


ヴァレンティンはフィリップを一瞥し、ゾーイに視線を移した。


「ゾーイ、君の義弟が、君に会いたいというので連れて来たよ。」


状況が理解しきれないゾーイは、ヴァレンティンの言葉で弾けるように立ち上がった。


「ソレイユ?どうしてここに!?」


「義姉様!よ…良かった…!無事で!」


ゾーイに駈け寄るソレイユ。


「ぼ…僕…すみません。義姉様…!何もかも…僕のせいで…。」


ぽろぽろと涙を流すソレイユを一瞬呆然と見たゾーイは、慌ててソレイユを抱きしめた。


「ど、どうしたの?何かあったの?」


ぎゅっと抱きしめられたソレイユは、ゾーイを抱きしめ返した。


「義姉様が無事で嬉しくて…。」


ソレイユを抱きしめていたゾーイの顔が強張ったのが、カーラには分かった。


「はぁぁ、諸君、注目してくれ。この状況を、一旦整理しようじゃないか。」


降参、というように両手を上げたカーラが言った。


「リナ、人数分のお茶を、あ、一つはぬるめで。」


そうリナに指示したカーラは、再び振り返り、肩を竦めた。


「まぁみんな、座れば?」


そう言ったカーラの顔は、2,3日は寝ていない人間のそれに近かった。



お茶が到着し、皆が着席した時、カーラは口を開いた。


「まず、フィリップ。君とルー侯爵がゾーイを訪ねた理由を聞いても?」


全員に視線を向けられ、フィリップは肩を竦めた。


「いいよ。ゾーイからの補足は必要だろうけど。ことの発端は、5年前のレジスタンス襲撃事件だ。」


そう言ってフィリップは、答え合わせをするように話し始めた。


「エリックは5年前、王都を襲撃してきたマルア教の残党であるレジスタンスを一掃した、という伝説は記憶に新しいだろう。しかし、実際は一人、取り逃がしたらしいんだ。彼はその者を取り逃がす直前、ある魔力を感じた。それが、先日ゾーイに触れた時に感じた魔力と酷似していたという。」


フィリップは言葉を切り、ゾーイを見た。


「学園長が言うには、私に残党に似た魔力を感じたと同時に、この指輪が見えたと言っていました。」


そう言ったゾーイは、右手の甲を前に向ける形で見せた。


「指輪?見えたって、君はずっと…。あれ、右手にも指輪をしていたのか。気が付かなかった。」


カーラが言った。


「エリック曰く、これは”そこにある”と自覚して見なければ見えない魔道具では、と。ゾーイ、指輪について彼らに話しているの?」


「い、いえ…。」


ゾーイが口ごもった。


「そうか。それは君からきちんと話した方が良いかもしれないね。」


「は、はい…、黙っていて申し訳ありません…。私は、ロムール教会の牧師にこの指輪を託されました。ベラがこの世を去り、それを悲しむ人々を救えると言われました。その言葉の意味は、その時は分かりませんでしたが、ただ、これは魔道具だという事は分かって。それで…無意識に、この銀の指輪の魔道具を行使してしまったんです。」


その後は話した通り、命と引き換えに蘇りを願ったことを付け加えた。


部屋に沈黙が落ちる。


「つまりゾーイは、夢などとは比べようもない危険な魔道具と取引したという事だな。」


カーラは何度か温度の低くなった声で言った。


「ま、魔道具と取引…ですか?」


「魔道具は人間の作り出すものだ。人間には意識がある。つまり、人間の作り出す魔道具には、意識が乗る可能性があるというのは、古くから言われている事だよ。」


ヴァレンティンは、俯きながら言った。


「意識を持った魔道具と取引をした可能性がある、と言う事だ。」


ゾーイはとんでもない事をしでかした可能性に、蒼白な顔で黙り込んだ。


「話を戻していい?」


まるで空気を読むつもりのないフィリップは、明るい声で切り込んだ。


「エリックはゾーイに触れた時、残党と酷似した魔力を感じた。そんなわけで、ゾーイと5年間のレジスタンスの関与を疑っているってわけ。」


「ゾーイの関与?5年前、彼女は12歳だぞ?12歳の少女に、何が出来るというんだ?」


ヴァレンティンは鬼の形相で言った。


「落ち着いて。事実疑っているわけでは無いよ。多分ね。彼女にレジスタンスの一件を話していたし。とはいえ、指輪について不可解過ぎて、エリックは疑いを消せないんだろう。」


「あ、あの…。」


ゾーイがおもむろに口を開いた。


「私の話を、聞いていただけますか。」


部屋にいる全員の目が、ゾーイを向けられた。

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