決意と歩み寄り
ソレイユは、ゾーイが失踪した日から、時間を見つけては周辺の捜索に出ていた。
公開捜索が始まっても依然見つかることなく、失踪10日を過ぎた頃から、ソレイユの焦燥感は増していた。
何故なら、周囲からまことしやかに”ゾーイ死亡説”が流れ始めたからだ。
* * * *
公開捜索が始まった頃、ソレイユはクラスメイトの令嬢数人から、嬉々として話しかけられたことがあった。
「レフェーブル様、邪魔者がいなくなったそうですね?」
「伯爵様も清々しているのではなくて?」
「良い嫁ぎ先も見つからなかったとか…!消えたくもなりますよねぇ。」
クスクスと笑いながら話すその令嬢たちが醜悪に見えた。
一方で、彼女たちがそう感じる原因の一端が自分にあるのだと、ソレイユは痛いほど感じていた。
「貴族であれば、言葉には気を付けた方が良いですよ。」
「え?」
「僕も父も、義姉様を必死に捜索しています。本当に邪魔な人間を、公開捜索までして探さないでしょう。あなたたちの言葉は、レフェーブル伯爵家への侮辱になりますが。」
「え?あ、いえ…。失礼しますね。」
令嬢たちはそそくさと教室を後にした。
それ以降表立ってゾーイに関する話をする者はいなくなったが、ゾーイの失踪を面白おかしく噂する人間は絶えないようだった。
* * * *
相変わらず寮には戻らず、レフェーブル邸から学園へ通うソレイユは、日が傾き始めた頃屋敷に着いた。
(あり得ない…。義姉様が死ぬなんて…。)
足を踏み入れた屋敷の中はとても静かだった。
クロエが亡くなった頃から静かな家ではあったが、ここのところはまるで幽霊屋敷のようだ。
トボトボと玄関正面に設置された大階段を上り始めた時、幾人かのメイドが、お茶やお菓子を持って使用人通路に向かうのが見えた。
(お客様か…?)
ソレイユは何となく気になり、アーサーの書斎へ向かった。
アーサーの書斎の前に到着すると、丁度メイドが退室してくるところだった。
メイドに手振りで合図し、扉を少し開けたまま行くよう指示を出した。
扉に背を預け、中の声に耳を傾ける。
「それで、話というのは?ゾーイの消息が掴めたのだろうか?」
アーサーの声が聞こえた。
「ええ、念のためご報告をと。ゾーイは無事ですよ、多少ケガもしましたが。」
間違いなく、ヴァレンティンの声だった。
「それでは!今すぐ連れ戻してください。もしくは、居場所を教えてくれ。」
「それは出来ません。」
端的に答えるヴァレンティン。
「何故だ?」
「ゾーイの意思です。彼女はあなたに居場所を知られたくないと考えています。それでも伯爵の精神衛生を慮って、安否だけでも知らせようと思ったのですよ。」
「ゾーイが…?」
アーサーの声がかすれた。
「ええ、目的があるから戻れないと。その目的を果たすまでは帰るつもりはないようです。」
「目的…?やらなければいけない事…か…?」
「居場所を知られれば、あなたに連れ戻されると考えているようですよ、伯爵。」
部屋がシンと静まり返った。
「そうか…。」
ポツリと、落ちるように声が聞こえた。
「ゾーイの安全は僕が見守ります。しかし伯爵は関わらない方が良いでしょう。彼女がまた、無謀な事をしないように。」
再び部屋に沈黙が落ちた。
「分かった。ゾーイはロッシュ教授に任せます。但し、ゾーイに何かあったら、私はあなたを許しませんよ。」
「あなたが言えた立場ですか?まぁ良い。分かりました。それでは本日はこれで。」
立ち上がる気配がして、ソレイユは慌てて近くの部屋へ身を隠す。
静かに扉を閉め、扉に両手を付いてヴァレンティンが立ち去る気配を伺った。
(先生は義姉様の居場所を知っている…。)
ソレイユは閉めた扉を再び開け、ヴァレンティンの後を追った。
ヴァレンティンは、玄関を出た所でポツンと立つ扉を開いているところだった。
「え?扉?」
ソレイユは素っ頓狂な声を出した。
「レフェーブル君、立ち聞きは良くないね。」
ヴァレンティンがほの暗く笑った。
どうやらソレイユが聞いていた事に気付いていたようだ。
「せ、先生、義姉様の所に、僕を連れて行ってくれませんか。」
ソレイユの言葉を聞き、ジッと見つめるヴァレンティン。
「何故、君を?」
「ぼ、僕…、私は、義姉様の…力になりたいんです。今…今まで見当違いな…」
言葉の途中でグッと唇を噛み、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「け、見当違いな行動を取ったせいで、義姉様を孤立…ぐっ…させてしまったから…。」
俯いたソレイユを見ながら、ヴァレンティンは黙ったままだ。
「義姉様の邪魔をするつもりはありません!連れ帰るつもりもありません!ただ…!手伝えることがあるなら…、いえ一度顔を見るだけでも…。」
しばらくその様子を見ていたヴァレンティンが、ふぅ、と息を吐くのが聞こえた。
「分かりました。しかし僕が案内するのは一度だけだ。ゾーイが拒否するのなら、それ以上は後を追わないんだよ。わかったかい?」
先生らしい口調に戻ったヴァレンティンに向け、顔を上げるソレイユ。
「あ、ありがとうございます!」
再び頭を深く下げたソレイユの顔から、ぽたぽたと涙が零れた。
「ゾーイは今療養している。しかしいつ回復し、またいつ発つかは分からないから、明日訪ねよう。」
「は、はい!あ、あの先生。」
扉を開けていたヴァレンティンは振り返り、ん?と首を傾げた。
「その…、療養というのは…?」
「ああ、粗暴な輩に攫われてね。幸いすぐに助けられたが、かなりケガを負った。今はそのケガの治癒に努めている。」
「そ…粗暴な…?なぜ…?」
「君はもう後悔したくないんだろう?きちんとゾーイと話しなさい。」
ハッとするソレイユは唇を噛んだ。
「分かりました…。明日…、どこに行けば良いでしょうか。」
「明日夕方、こちらを訪ねよう。準備をしておいてくれ。」
そう言ったヴァレンティンは、扉の向こうへ消え、扉は閉じると同時にその姿を消した。




