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牧師の秘密とヴァレンティンの心配

ヴァレンティンは授業を終えた夕刻、王都の大聖堂を訪れていた。


王都の大聖堂はかなりの規模を誇っていて、ロムール教会の優に3倍はあったし、訪れる人も絶えない。


(主任牧師に聞けば、クリストフ牧師がどうしているかわかるだろう。)


「失礼します。ロッシュ公爵子息でいらっしゃいますか?」


祭壇に立つリネー像に視線を向けていると、後ろから声をかけられた。


「モレー主任牧師ですか。初めまして、ヴァレンティン・ロッシュと申します。」


「息子について聞きたいとの事ですが…、ここでは人の往来が激しく落ち着いて話も出来ません。場所を移しましょう。」


そう言ったモレー主任牧師はゆっくりと歩き出した。


連れて来られたのは告解部屋だった。


向かいに座るモレー主任牧師の表情は、木の格子のせいで伺えない。


「それで、聞きたい事とは?」


モレー主任牧師は前置きせず話しかけてきた。声色に僅かに焦りが感じられる。


「最近クリストフ・モレー牧師が、聖ロムール教会を辞められたと聞いて。以前お世話になったものですから、どうしていらっしゃるかと思って。」


ヴァレンティンはいけしゃあしゃあと嘘を吐いた。


「あぁ、そうでしたか。彼は今大けがを負って療養しているのですよ。」


「大けが…ですか?」


「えぇ、ロムール教会からの帰路、魔物に襲われたようでかなり負傷したのです。」


主任牧師の声には抑揚が感じられない。まるで他人事だ。


「そうでしたか。お見舞いに伺いたいところですが、かなりの負傷とあっては、却ってご迷惑になるでしょうね。」


「突然いなくなった牧師にも関らず、随分と心配して下さっているようで…。ええ、おっしゃるように、今はそっとしておいて頂きたいのです。」


話の着地点が見えたためか、主任牧師の声が落ち着いてきた。


「分かりました。それでは本日は失礼しようと思います。」


そう言って立ち上がり、主任牧師に一礼した際、着ていたローブの裾からごく小さな爬虫類がスルリと這い出て、ポトリと床に落ちた。


その爬虫類は、ヴァレンティンのいる告解部屋から静かに出て行った。



――――――――――――――――――――――――



ヴァレンティンは大聖堂からの帰路、その足で魔道具研究所のカーラを訪ねていた。


ゾーイを遠くから見守ることにした手前、迂闊に近くに寄る事も出来ないが、安否については常に気になっていた。


カーラの応接室のソファに座って待ちながら、初めてゾーイとここに来たことを思い出す。


(あの時のゾーイは、クルクルと表情を変えていたのに。)


ヴァレンティンの胸がグッと詰まるように痛んだ。


「ゾーイと別れてまだ数日だが、随分過保護ではないか?或いは過干渉だ。」


後ろから聞こえたカーラの声に振り向く。


「あんなケガを負ったんだ。心配して当然だろう。彼女は僕の生徒だよ。」


「ふうん?それで…、あ、待て。丁度そのゾーイから連絡が来たぞ。」


カーラはポケットに入れていた小ぶりなオレンジ色のブローチを取り出した。


『カーラさん、ゾーイです。突然申し訳ありません。』


「あぁ、構わないよ、どうした?体調に変化でも?」


カーラはチラリとヴァレンティンに視線を向ける。


ヴァレンティンは、先ほどまでの憮然とした表情を僅かに穏やかに変化させ、ゾーイの声に耳を傾けていた。


『いえ、その…、いくつか承諾を得たい事が出来まして。まず、検討すると言って頂いていた護衛についてなのですが、立候補者が…出てきました。』


「立候補者?いや待て、ゾーイは外出を?」


(そんな報告は受けていない。外部との接触も出来ないはずだ。)


『私が外に出たのではなく、学園長先生が伴って来たのです。』


「…エリック・ルー侯爵が来た?」


『はい、話せば長いのですが、…え?会ったら直接話す?分かりました。フィリップさんが、カーラさんに直接事情を話すと言っています。』


「「フィリップ?」」


カーラとヴァレンティンの声が重なった。


『はい。それで、フィリップさんが護衛になるにあたり、隣の部屋で寝泊まりするというので、辺境伯邸を使う以上カーラさんにご報告をと。』


「な…っ!」


声を上げようとしたヴァレンティンを、カーラは制した。


「ゾーイ、君ちょっと…。いや、あぁ、もう仕方ない。明日一度戻るから、そのー、フィリップには別部屋を用意しよう。私から執事には連絡をしておく。」


『はい、分かりました。』


体調についてや、辺境伯邸での待遇についていくつか問答があり、通信は切られた。


ポケットにブローチを戻したカーラは、頭をポリポリと掻く。


「カーラ・ドニエ。」


「ん?どうした、ヴァレンティン・ロッシュ。」


「俺の考え方が間違っていたら指摘してくれ。未婚女性が個室に、しかも夕刻、男を入れるのは褒められたことなのか?隣の部屋を使うというのは、結婚した夫婦くらいでは?学園長が連れて来たというその男が、本当に危険が無いと、言いきれないと思うのだが?」


ヴァレンティンの表情は無だった。


「概ね、間違いないだろう。ゾーイは少し…抜けている。だが、どんなやり取りがあったのか、私たちは知らないし、ゾーイなりの考えがあってのことかもしれない。」


自分の言葉で自らを説得するように、うんうんと頷きながらカーラは言った。


「学園長が何を考えているか知らないが…。そもそもその人物は学園長だったのか?」


「我がドニエ邸の隠し部屋を見つけられるのはエリック・ルー侯爵くらいだろう。窓を開けようが窓ガラスが粉々に割れようが、隠蔽魔術は切れることは無いし。」


ヴァレンティンは腕を組みソファの周りをグルグルと回りだした。


(こいつ…久しぶりに見たな。思考が滞ると回る癖。)


「生徒…ねぇ。」


未だ回っているヴァレンティンを眺めながら、カーラは呟いた。



――――――――――――――――――――――――――



帰宅したヴァレンティンは、真っすぐに寝室へ向かった。


部屋の窓を薄っすらと開け、仰向けにベッドに倒れこむ。


(ゾーイの周囲が騒々し過ぎる。まるで何か大きな渦に巻き込まれているような感じだ…。)


フィリップと聞いて一瞬頭が熱くなったが、ルドルフの一件を思い出して冷静になった。


「ゾーイもそこまで無防備ではないだろう。」


その時薄っすらと開けた窓から小さな生き物が侵入してきた。


スルッとベッドに昇ってきたその爬虫類は、ヴァレンティンの手に乗るとおもちゃのように動かなくなった。


ヴァレンティンは、その生き物だったものの頭から尻尾にかけて指を伝わせた。


すると爬虫類は両目をパチッと開き、しゃべり始めた。


『ただお前を信頼する信者のようだったが。』


聞こえて来たのはモレー主任牧師の声だ。


『ヴァレンティン・ロッシュと言いましたか?覚えが無いのですが…。』


もう一人の男の声が聞こえる。


『お前が今もあんな者たちと関わっていなければ、こんな風に頭を悩ませずに済んだんだ!』


『…。父上。リネー教を信じてはいけません。あれこそ、真の異端なのですよ。』


言葉から推測するに、男はクリストフ・モレー牧師だ。


『バカな…!はぁ、代々リネー教に仕えるモレー家の人間が、異端に傾倒するなど…。お前はいましばらく、療養という形でこの部屋から出る事を禁ずる。』


『父上…。』


『大主教様が未だ療養から戻られない。主任牧師たちの責任は重いのだ。お前のことが明らかになっては、国家的混乱を招くのは火を見るよりも明らかだ。』


そこでヴァレンティンは爬虫類の目に触れた。


すると爬虫類は両目を閉じ、沈黙したのだった。


「なるほどね。」


(クリストフは、異端であるマルア教の隠れ信者か。彼との接触で、ゾーイに何かあったのか…。)

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