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ゾーイと義父

突然の学園長の登場に、教室中がざわめいた。


35歳という異例の若さで学園長に上り詰めた彼、エリック・ルーは、現代最強の魔術師と言われている。


元々は男爵家の出だが、個人の業績が認められ、現在は侯爵の爵位を受けている。


この国でゾーイを越える魔力量を持つ唯一の人物だ。


190㎝はあろうかという長身で、黒い髪を無造作にオールバックにしている。


少しこけた頬が不健康感を醸し出しているが、紫の瞳に宿る威圧感は、猛獣を彷彿とさせた。


黒の魔術師ローブを羽織り、中は黒いシャツに黒いスラックスという、真っ黒な装いだ。


「が、学園長。この女は、聖人であるベラ嬢を殺害した容疑がかかっているんです。今すぐ学園を…」


エリックが黒い手袋を嵌めた右手の人差し指をトーマスに向け、左から右へ動かした。


トーマスの口がまるで結い付けられたように閉じた。


「容疑がかかっている?君は保安隊なのか?聖人の殺害?一般人であったデュポン君が死んで蘇り、聖人となった。順序を間違えてはいけないし、憶測で真相を捏造してもいけない。」


トーマスが口をモグモグとさせながら顔を顰めた。


「真実はいずれ明らかになるだろう。マイヤー君は教室に戻りなさい。」


エリックは、黙って成り行きを見守っていたゾーイに視線を向ける。


「レフェーブル君、伯爵から緊急の連絡が入っている。付いて来なさい。」


(お義父様が?まだ、ベラに会えていないのに…。)


「はい…。」


ゾーイはエリックの後に従い、教室の外に出た。


エリックはそこで立ち止まると、おもむろにゾーイに右手を差し出してきた。


意味が分からず、その手とエリックの顔を交互に見る。


「歩くのが面倒だ。手を添えてくれ。」


言われるままに右手をエリックの手に乗せた。


一瞬エリックが眉を顰めたように感じたが、次の瞬間視界が曲がり、直後見知らぬ部屋にいた。


「ここは学園長室だ。至急帰して欲しいとの伯爵からの要求なので、この移動具を使うように。」


指さされた先には、非常にシンプルな姿見があった。


真っ白の壁に埋め込まれた鏡の枠も白く、一見壁に長方形の穴が開いているように見えた。


「君の屋敷のどこかに鏡くらいあるだろう。その鏡を頭に浮かべながら姿見に触れるんだ。少し使いにくいだろうが、私の魔力で動くから。」


「す、すご…。わかりました。」


ゾーイは自室のドレッサーの鏡を頭に浮かべ、姿見に触れた。


すると手が水の中に入っていくように、トプンと吸い込まれた。


驚いたゾーイだったが、慌てて振り返り、エリックを見た。


「学園長先生、先ほどはありがとうございました。」


「…。いや。今日、ベラ・デュポン君は王宮に呼ばれていて欠席だ。またすぐ会えるだろう。さあ行きなさい。」


僅かに眉を上げたエリックは、肩を竦め、さっさと行けとばかりに手を振った。


ゾーイの考えなどお見通しだったようだ。


お辞儀をし、姿見の中に入って行った。


抜けた先は自室のドレッサー前だった。振り向くといつものドレッサーだ。


「凄いわ。もう一度見たかった。いえ、お義父様の所へ行かなければ。」


ゾーイは、元来の性質である好奇心に火が付きそうだったが、戻った目的を思い出し慌てて部屋を出た。


アーサーの書斎はゾーイの寝室と同じ階にある。


広い伯爵邸の廊下をひたすら歩き、書斎の前に立った。


ノックをすると中から入るよう声が聞こえた。深呼吸をし、入室する。


アーサーは正面の大きな掃き出し窓を背に、重厚な書斎机で仕事をしていた。


書斎机の前には、応接スペースとして立派な革張りのソファと長ローテーブルがある。


ゾーイはそこに腰掛け、アーサーの仕事が終わるのを待った。


「何故勝手に学園へ行ったのだ。」


地を這うような声が聞こえ、ゾーイは肩を震わせて驚いた。突然アーサーが口を開いたのだ。


「は、はい。勝手に行動し申し訳ありませんでした。ベラが蘇ったと聞き、その…。」


「会いに行ったのか。愚かな…。己の置かれた状況を理解しているのか?」


義父すらもゾーイを信じていないと感じ、胸がズキズキと痛み吐き気がした。


「私はやっていません。お義父様が信じようと信じまいと。」


ゾーイの言葉に、アーサーは僅かに眉を顰めた。


「聖人の殺害容疑で捕まえるよう、国王陛下から指示でもありましたか。」


「何を…。」


「引き渡して頂いて構いません。拷問されようと真実は変わりませんから。」


「馬鹿を言うな。拷問など。」


「伯爵家の汚点になるようでしたら、問題になる前に縁を切って下さい。」


その言葉を聞いた直後、アーサーは書斎机を強く叩いた。


「そんなバカげた事は起こらない!」


大きな声に驚いたゾーイは両手で口元を覆い、僅かに震えていた。


その様子を見てアーサーはハッとし、おでこに手を当てた。


「お前は伯爵令嬢だ。もっと自覚を持ちなさい。たかが噂だ。その程度で伯爵家に手を出そうなど、誰も考えん。」


「は、はい。申し訳ありません。」


「それで…、はあ、そうだ。倒れた日のことだ。何があったか話しなさい。」


「あ…。」


ゾーイは瞬時に考えを巡らせた。


「あの日…、あの日はベラの遺体安置室で、その…マイヤー伯爵子息と会って、少し言い合いになったものですから、空気を吸いに外に出ました。それで、何となく景色を眺めていたんですが…。」


ゴクリ、と喉を鳴らす。


「そこからの記憶がありません…。」


ゾーイは一旦、あの出来事を丸ごと隠すことにした。


“死人を蘇らせたかもしれない”など、奇跡と取られるか、奇人の妄言と取られるか、はたまた悪魔の所業とでも取られるか、分かったものではない。


しかもあの牧師がいない今、指輪について証明する人もいない。


「記憶がない?倒れた理由が分からないというのか。」


アーサーは額から手を離し、心底不快そうに眉をひそめた。


「はい…。景色を見ていたことまでは覚えているのですが…。」


アーサーは黙り込み、ゾーイは居心地悪そうに手をモジモジさせながら待った。


「もういい。戻りなさい。明日は侍医に再診してもらい、学園は欠席するように。」


「…、分かりました。」


立ち上がり、ドアノブに手をかけたゾーイの背中に向かい、アーサーは声をかけた。


「お前はクロエが残した唯一だ。縁を切る事などないと思え。」


ノブをグッと握り、何も言わず退室した。


クロエとは、ゾーイの実母でありアーサーの後妻だ。


ゾーイが5歳の頃、アーサーとクロエは再婚し、8歳の頃クロエは病死した。


アーサーはクロエをとても大事にしたが、ゾーイからは明確に距離を置いていた。


同じ屋敷に暮らしているだけで会話も無く、視線を向けられる事もなく、まるで自分は幽霊のようだと感じていた。


しかし今の言葉で理解した。


(私はおまけ。遺品というわけ。お母さまの存在証明だけの為に、ここにいる。)


「そういえば、こんなに会話をしたのは初めてかもしれないわ。」


苦笑して、自室へ向かった。


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