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牧師の行方とベラの思惑

カーラの助言通り、ヴァレンティンはゾーイが倒れたという聖ロムール教会を訪れるため、馬を走らせていた。


初めて訪れる場所だったし、頭を冷やすためにも珍しく馬を使ったのだ。


ゾーイが失踪した日から断続的に降る雪が、溶け切ることなく積もっている。


積雪した道では馬の足を取るため、ヴァレンティンは魔道具の保温蹄鉄を履かせていた。


これは馬の足を暖かく守ると同時に、蹄鉄に触れた雪を瞬時に溶かす効果がある。


教会周辺もかなりの積雪で、車輪が雪に埋もれた馬車も何台かあったが、ヴァレンティンは難なく到着することが出来た。


真っ白な教会は真っ白な雪に覆われ、不明瞭な輪郭になっている。


教会の中に入るとほんのりと暖かく、何より人の多さに驚いた。


王都近郊とは言え、それほど規模も大きくない素朴な教会だ。


しかし8列ほどあるベンチの過半数が埋まっているような状況だった。


(聖人の誕生した地ということで、礼拝に訪れる人が増えたのか。)


「加護をご希望ですか?献金?懺悔でしょうか?」


突然かけられたあまりにも直接的な言葉に、ヴァレンティンは面食らった。


「は?」


「失礼。教会に御用では?」


声をかけて来たのは、青みがかった黒髪短髪で、小ぶりな青い目に眼鏡をかけた若い牧師だった。


「あぁ、どれでもないんだ。」


ヴァレンティンの言葉を聞き、あからさまにガッカリする牧師。


「そうでしたか。それではどのような目的でこちらへ?」


「先日この教会で、レフェーブル伯爵令嬢が倒れたのは知っているか。」


「レフェーブル…。あぁ、例の赤毛のご令嬢ですよね。いえ、私は…あれ、ん?そう言えばあの時来たのも…。」


“例の”とは、王都での噂だろう。なんと俗世的な事を言う牧師だろうかと、ヴァレンティンは不快感を露わにした。


「何だ?」


「い、いえ、少し前、この教会を辞めた牧師を訪ねに、そのご令嬢が来たなと。すみません、私はご令嬢が倒れたというのは知らないんですよ。最近配属されたもので。」


ヴァレンティンの鋭い視線に、牧師は目を泳がせた。


「その牧師は何と言う?どこへ行った。何のために、彼女はその牧師を訪ねて来たんだ。」


「えっと、名前は…クリストフ…、クリストフ・モレー牧師です。」


「モレー?王都の大神殿の主任牧師と何か繋がりが?」


「ご子息です。確か3人目の。」


「そうか、それでその牧師はどこへ?」


「ご家族に不幸があったとかで、実家に帰ったと聞いていますが…。」


その言葉を聞き、僅かに眉間に皺を寄せるヴァレンティン。


この国の聖職者は、敬虔であればあるほど、自身を俗世から切り離して過ごす。


(モレー主任牧師の子息ともあろう人が、家族の不幸だけで任務を外れるものだろうか。)


「ゾ、レフェーブル伯爵令嬢は、どのような用だったか聞いたか。」


「いえ、辞めたと聞いてすぐに帰りましたよ。」


「そうか、時間を取らせたね。失礼する。」


「いえ、リネー様のご加護があらんことを。」


そう言って両手を胸の前に組んで目を瞑った牧師に背を向け、ヴァレンティンは教会を出た。


「彼女はまだ、全てを話してくれてはいないようだな…。」


ヴァレンティンはアタッシュケースを扉に変えた。


(王都のモレー主任牧師を訪ねよう。その後にカーラの所へ行ってゾーイの近況を聞かなければ。)



―――――――――――――――――――――――――――――



ベラ・デュポンは、現状に概ね満足していたが、物足りなさも感じていた。


学園での勉強に加え、王宮での皇妃教育で、これまで経験したことのない忙しさだったが、聖人という立場が彼女を大いに守ってくれた。


ロッシュ公爵家の庇護に入ったとはいえ、元子爵令嬢という低い身分のせいで嫌がらせされることもなければ、時間が足りないと言って厳しい教育を与えられることも無かった。


「第二皇子殿下は、なかなかお戻りにならないわね…。」


皇妃教育の休憩中、王宮に与えられた一室でベラは独り言ちた。


その部屋は、デュポン子爵家の小さな屋敷にあるどの部屋よりも大きく、内装も洗練されていて、文句のつけようもなく完璧だった。


しかし婚約者候補となった第二皇子、フィリベール・ド・フェンテは、婚約内定発表がされた舞踏会以後、再び隣国へ旅立ってしまったのだ。


「第二皇子殿下は、幼い頃から勉学に励んでおられました。留学を終えられた後は、ゆったりと過ごす時間も得られるかと存じます。」


そう言ったのはベラに付く専属侍女で、フィリベールの乳母でもあった人物だ。


制服に身を包んだ50歳前後の侍女は、茶色い髪を後ろでお団子し、ソファに座るベラの横にシャンと立っている。


「あ、嫌だわ。口に出ていたかしら。ありがとう。」


ベラは顔を赤らめ、広げた扇で口元を隠した。


(そうよ。今はお互いお勉強ばかりでも、また会えば素敵な関係になれるはずだわ。)


フィリベールはサラサラとした指通りの良さそうな茶髪に青い目の、目鼻立ちのハッキリした甘いマスクを持つ、万人が認める美男子だった。


5つ離れた兄である皇太子とよく似ていて、幼い頃から聡明で武術にも秀でていたという。


舞踏会で初めてフィリベールと顔を合わせたベラは、一目で彼を気に入った。


ベラは扇をパンと閉じる。


(それにしても、最近ヴァル様との個人指導を出来ていないわ…。どうしてヴァル様は、私につれないのかしら?やっぱりゾーイと深い仲にあるというのは、本当なの?)


ソファに座りながら大きな窓に視線を向けたベラは、不愉快そうに眉を寄せる。



(そう言えば、ゾーイはどうしているのかしら。………そうよ、ゾーイ。)


ベラは耐え切れず、口元に笑みを浮かべた。


(私にはゾーイが必要だわ…。)


ベラの隠し切れない笑みを、侍女は無表情で見ていた。

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