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ゾーイの危機と七色の魔道具

ゾーイは真っ暗な視界の中、目を覚ました。


厳密にいえば、目隠しをされているため真っ暗だ。


何がどうしてこうなったのか。


痛む後頭部を気にしながら、ゾーイはそろそろと起き上がった。


後ろに手を縛られていて身動きが取りづらい上、体が痛い。


どうやら硬い床に寝転がっていたようだ。


「ここは…どこ?」


(確か私は、あの夫婦のような二人のお家にお邪魔して夕飯をご馳走になっている時…。)


ハッとするゾーイ。


ご飯を食べていると、突然後ろから何かで殴られたのだ。


(それで気を失って…。)


その時、どこからか小さな声が聞こえた。


ドアの向こうから聞こえるような、はっきりしない声。


「見ろよ、この金貨!信じられねぇ。やっぱりあの女、やんごとなきご令嬢だぜ。」


「運がよかったわね。街の入り口で待っていて正解だった。あんなにも簡単について来るなんて、どうしようもない間抜けだわ。」


その言葉を聞き、ゾーイは心底自分に失望した。


(あれほど他人に気を許さないようにと思っていたのに。何てバカなのかしら…!)


グッと唇を噛む。この後自分はどうなるのか。


殺されるのか。そう考えていたゾーイの耳にまた声が聞こえた。


「おいこの袋、中が見えるけど取り出せないぞ。アイツ、魔力持ちか。これ、魔道具だな。」


「チッ。生意気な。面倒だね。取り出させよう。」


そう聞こえた直後、ドアが乱暴に開く音がした。


「おや、起きているみたいだね。好都合だ。アンタ、この袋から金貨を取り出しな。それが出来たら、逃がしてやるよ。」


(嘘だ。きっと殺される。だって彼らの顔を見ているから。)


「出来ません。」


端的に答えるゾーイ。その袋は母から受け継いだものだ。


ゾーイには取り出せるが、どのような仕組みなのか、他人には取り出せないようなのだ。


バンっと何かが乱暴に落とされる音がした。


「舐めんじゃないよ!アンタ、助けが来るとでも思ってるのか?これっぽっちを差し出すだけだ。簡単だろう。さっさとやれ!」


その時、腹部に強烈な蹴りが入った。一瞬呼吸が出来ず勢い良く床に転がった。


ゲホゲホとせき込むゾーイ。更に頭に足が乗せられ、ぐりぐりと踏みつけられる。


(痛い…!)


ゾーイは隠された目から生理的な涙が流れた。


その時、足が頭からフッと離れ、もの凄い衝撃音が聞こえた。


「ゲホッ!!なん…!誰だ!?」


慌てた男と女の声に、重ねるようにして重低音が響く。


「死ね。」


踏みつぶされるような声が聞こえ、部屋は静まり返った。


混乱して硬直しているゾーイの顔に、そっと手が触れた。


ビクッとするゾーイ。


「大丈夫、目隠しを取るだけだから。」


この声は…。


シュルっと目隠しが外され、一瞬眩しさを覚悟して目を細めたが、どうやら薄暗い。


一拍置いて恐る恐る目を開いた。


目の前には、しゃがみこんでゾーイの顔を見るヴァレンティンの姿があった。


開いた扉の向こうの部屋は明るく、その光を背にしたヴァレンティンの顔は陰って見えにくい。


「せ、せんせ…。」


声を遮るように、ヴァレンティンがゾーイを抱きしめた。


体中痛いが、何が起こったのか分からないゾーイは、ただされるがまま、瞬きばかりを繰り返した。


「大人しくしているように、言ったよね?」


地を這うような声が耳元で聞こえ、ゾーイは身を竦めた。


明らかに怒っている。


「あ…。」


ゾーイは短く声を発した。何を言えば良いか全く分からない。


ヴァレンティンの手が背中から離れ、頭をポンとした時、鋭い痛みを感じた。


「いっ!!」


その反応に慌てたヴァレンティンは、すぐさまゾーイを離し、顔を覗き込んだ。


「頭が痛むのか?他に痛むところは?こめかみから血が…。」


グッと眉間に皺を寄せるヴァレンティン。


そんな彼を見て、ゾーイは素直に答える。


「お腹を蹴られたので…、頭と。でも大丈夫です。痛みも引いてきましたし、どこか折れたような感じはしませ…。」


「ゾーイ!!!」


突然名前を呼ばれ、ビクッと肩を竦ませる。


「…はい?」


恐る恐る返事をする。


恐ろしい形相のヴァレンティンは、乱れた呼吸を落ちつけようとしていた。


「君はケガをしている。手当をしたい。家に帰ってくれるね?」


「いえ…。自宅には…。」


「いい加減にしなさい!命の危険があった事を、自覚してくれ!」


怒鳴られたゾーイは戸惑った。


何故こんなにも怒っているのかさっぱり分からない。


ゾーイはアンクレットの魔道具を使い逃げようかと考えたが、少ないが大事な荷物が扉付近に散らばっている。


それを回収せずに逃亡するのは得策では無い。


「まあまあ。レディにそう怒鳴るものではないだろう。」


突然声が聞こえた。


ヴァレンティンは振り返り、ゾーイはそちらを見上げた。


そこには見知った銀髪の女性が立っていた。


「カーラ…。」


ヴァレンティンは呟いた。


「ロッシュ教授。もう少し落ち着きたまえ。」


そう言ったカーラは、ニヤリと笑った。


スタスタとゾーイに近付くと、しゃがみこみ、間近でゾーイを覗き込んだ。


そんなカーラから隠すように、ヴァレンティンはゾーイを引き寄せた。


「取って食いやしないよ。はは、随分ケガしたもんだ。深窓のご令嬢としては一生分ケガしたんじゃないのか。」


そう言って可笑しそうに笑うカーラを、ヴァレンティンは睨みつけた。


「ゾーイの状況が分かっていたのか?なら何故、助けなかった?」


「状況は知らないよ。ただ、この魔道具は私が作ったんだ。居場所くらいは特定できるさ。しばらく全く動きが無かったんで、気になってね。」


睨むヴァレンティンと、ほほ笑むカーラを見ながら、ゾーイは意識を失いかけた。


辛うじて正気を保ったゾーイだったが、体を支えることまでは出来ず、派手に倒れてしまった。


「ゾーイ!」


慌てたヴァレンティンがゾーイを助け起こす。


「兎にも角にも、ここから出なければいけないな。」


カーラはそう言うと、扉付近に散らかる荷物を乱暴にリュックに詰め、首元からペンダントを取り出し、ぎゅっと握った。


その瞬間、3人は奇麗でシンプルな部屋にいた。そこはカーラの自室だった。


「さあ、そのソファに座って。今リナと侍医を呼んでくる。そこにいなさい。」


カーラはそう言い残すと、さっさと部屋から出て行ってしまった。


部屋がシン、と静まり返る。


ゾーイは居心地が悪くなり、一旦座ったソファから立ち上がろうとした。


しかし隣に座るヴァレンティンが、その手を取った。


「どうしたの?けがをしているんだ。座っていなさい。」


ぎゅっと手を握ってジッと見上げてくるヴァレンティンは、放してくれそうもなく、渋々とソファに座り直した。


太ももの上で組んだ両手を見つめる。


「そういえば、あの人たちはどうなったんですか。」


ぽつり、と疑問を呟く。


「ん?君は気にしなくていい。どの道犯罪者だ。何かしらの刑罰が下るのは当然だろう。」


何かしら、なんていう曖昧な言い方が気になり、不安になった。


「まさか、殺したわけでは…。」


隣に座るヴァレンティンを横目でそっと見る。


「…はぁ。君を殺そうとした連中だよ。」


「それでも…。嫌なんです、私のせいで誰かが死ぬのは。」


意味が分からないという顔をするヴァレンティン。


「どうして私の居場所が分かったんですか。」


ゾーイは話題を切り替えることにした。


「あぁ。君のリュックに入っていたんだろう、ティカップの魔道具。それが奴らに奪われて、何かの拍子に蓋が開いたようだ。それで移動出来たんだよ。」


「そうでしたか…。」


(次に逃げる時には、あの魔道具は処分しなければ…。)


「また逃げようなんて思わないことだね。あの魔道具がなくたって、簡単に君を見つけるよ。」


ギョッとするゾーイ。


この人も心が読めるタイプの人間だ。


「に、逃げていません。私は目的があって…。」


「それならどうして僕が一緒ではいけないの?待っていれば良かっただろう。」


「それは…。」


俯いて口ごもるゾーイの口の端に、血がにじんでいる。


ヴァレンティンは再び沸々と怒りが湧いてくる。


「ふぅ。まあ良い。今はとにかく手当と休養を。ここにいれば、安全だから。」


そう言って怒りを落ち着かせるヴァレンティンだった。

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